第34話 前に進むために
翌日。閏たちは、バスの前で忠國の奮闘を見届けていた。
忠國の右手には炎を模ったような紋章が浮かび上がっている。
「魔女様が力を授けてくださったんだ」
「それは、魔女の紋章ですね。あの魔女は口約束には何も拘束力が無くて信用できないと言ってましたけど、その紋章だって単なる意志の提示なんです。魔女は能三先生を他の魔族に推薦できる信頼できる男だと意志を示した。能三先生、意志の力を俺たちに見せてください」
忠國が空中に展開した魔界の広域ネットワークに星のような輝きを放つ光が点滅を繰り返し、やがて大きく光は弾けた。
「教師として! 魔女様に愛を誓った男として! 未成年の健全な肉体と健全な魂と健全な精神を守るために力をお貸しください! 出でよ! アスタロト!!」
頭から足元までモノクロの人型の男性が、馬よりもでかいトカゲに乗っている。まぁ男の悪魔族だが、そいつが槍を構えて現れた。
黒炎を自身の周囲に展開させており、熱風で閏たちの体は熱いのに、放たれる威圧感がツンドラの風を浴びているように感じられて心底寒い。
上位悪魔を飛び越えて忠國が呼び出したのは高位の悪魔族だ。
「ふひゃひゃひゃひゃ! これはヤバい! 自分で呼び出しておいて身震いする! ひひゃは、ふへへへへへ……!」
身震いしているのは本当のようで、口も震えて変な笑い方になっている。
「さすがですね脳三先生。魔界でも有数の高位の悪魔族、S級ですよ」
「あ、ああ、やりましたよ魔女様……」
「…………」
(愛の力も本当にあるのかもしれないな……)
忠國の純粋な気持ちがアスタロトに届いたのなら、魔女の気持ちも報われる気がした。
「ですが、これで異空間の正面突破も可能ということですよね」
「うむ、それは問題ない。アスタロトには秘密の扉を設けられないという魔界のルールがあるのだ。簡単に言ってしまえばだな、私たちが非常に丁寧にお願いし、アスタロトが許可した場合に限り行けない場所はない」
丁寧の部分を強調して言う忠國の額には冷や汗が流れている。
「それって、先生お得意の高笑いとかしながら頼んだ場合はどうなるんすか?」
「君は私がひき肉になるところを見たいのかねっ!!?」
ヒステリックな声で優太は責められた。
「すんませんっした! 全員で頭下げて行きましょう!」
『まぁ、我の力が戻るまでは大人しくしておいた方が無難であろう』
『力が戻っても喧嘩しないでくれよ』
口角を上げる黒猫もなかなか怖かった。
「それじゃ、一気にここから行けるのね!」
「ことり、悪いが学校まではバスで帰りたいんだ。俺はすぐに異空間へ入ることが出来ないから、アスタロトに一日で二回も移動を頼むわけにはいかない」
首を傾げることりたちにユナが両手をわたわたと振りながら答えた。
「ユナが頼んだの! セツナを取り戻すための秘密の作戦! あとで話すから今は聞かないで!」
「大事なご家族を取り戻す作戦を無理強いして聞いたりしませんよ。みなさん、バスで帰りましょう」
美也の意見にみんな同意してくれ、忠國の運転するバスに乗り込んだ。
「ユナ、必ずお前にもセツナと話せるチャンスを作るから」
「うん。でもセツナの姿を見られるだけでもいいの。ユナたちはずっとそうしてきた。言葉が無くてもユナたちは感情を響かせられるから」
なんとなくユナとセツナの語り合いは小鳥のさえずりのような場面なんだろうと思えた。
響かせ合う感性。閏はユナとセツナの存在が絵画のように美しく感じられ、ユナのくせにこんちくしょうと八つ当たりに近い怒りを覚える。
やがて、バスは学校へと戻る。仲間たちは、魔女との戦いのために準備をしてくると言ってそれぞれ行きたい場所に向かった。
待ち合わせは一時間後。それまでの間に樹を説得しなければならない。
閏は麦虎すら連れて行かずに一人で保健室へ向かう。
保健室の扉を開いた瞬間、風が吹いた。
簡易ベッドを仕切っていた全てのカーテンは開かれており、いつもの場所で、いつものように上体を起こして文庫本を手にする樹は閏の姿を見て口を開く。
「来ると思ってたよ」
閏にとって最大の戦いが始まった。
☆☆☆
次回、最終章へ突入!
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