第30話 湯煙の向こうが……見える!!

 忠國の馬鹿でかい声は仕切りを挟んだ向こうの女子風呂にまで届いたようだ。


「閏! 目玉焼きの卵が盗まれたって!」


「調理後の姿はどうでもいい。ユナたちも風呂から……」


 そこまで言いかけて閏は声を潜めた。


「能三先生、卵のことは後回しでも大丈夫です。犯人の目星はついていますから。それよりチャンスですよ」


「うむ、何がチャンスなんだ?」


 ひそひそと話し合う男たちは閏の提案を聞いていた。


「約束したでしょう。『ガフの部屋』を検分すると。それに、男たち全員で露天風呂に入る意味なんて一つしかないでしょう。隣の女子風呂を覗くことですよ」


「ちょ、まて、待てぃ!! 覗きはまずいだろう!!」


「そうだぜ! ことりちゃんにバレたら顔面に岩を投げられるぞ!!」


「問題ない。ことりと美也の裸は見なければいいんだ。検分するのはあくまで女子型の部屋だ」


 こそこそと仕切りの前まで歩みを進めた男たちは止める声とは裏腹に行動は速やかだった。


「つかなんでオレまで!?」


「ミミズクの悪魔に言われただろ。露天風呂に行くのは男全員だ」


 閏の足元にはしっかり麦虎もついて来ている。


「ねぇ閏う? 目玉焼きやぁあああん! ユナのおっぱいは閏のものなのぉ」


「いいじゃない、ちょっとくらい♪ はぁああ、すべすべだわ♡」


「うふふ、ことりちゃんにもまれると大きくなりますよ」


 湯けむりの向こうから女子たちの声が聞こえてくる。ごきゅり。男たちの喉が鳴った。


「そ、そういえば、美也ちゃんの、その、あれは、なかなかの大きさだよな」


「馬鹿め。将来性を考えればことりが一番だろう」


「俺はユナくらいのサイズでちょうどいいけど……」


 露天風呂の物理的な壁となっているベニヤ板に張り付く男たちは、穴が無いか探していた。


「って、違う! 覗きなんて正義じゃねぇよ!」


「いいや、これは正義なんだ。犯人の行動がわかるヒントならばセツナも取り戻せる」


「ひや、ま、待つんだ! 確かに『ガフの部屋』は検分したいのだが……」


 閏の考えとしては、任務の遂行さえできればやましい気持ちもないし正義なのだが、全員の納得が必要だろう。


「積極的に覗きをしなければいいんですか? 例えば、事故とか?」


 閏の言葉に忠國は真剣に悩んだ。


「うーむ、そうだな。事故であれば仕方ないであろう」


 積極的に事故を起こすことは正義だという大人の意見に疑問が残る。


「では、こうしましょう。俺も精神感応系はあまり得意ではないので、脳三先生にお願いしたいのですが、みんなの視覚をパズルのようにバラバラに分散させて、誰が何を見ているのかわからない状態で、視界の中を全員で共有するんです」


 唸る脳三は考えている。


「それは、ここにいる全員の精神ネットワークに介入して、全員の視覚をいっぺんに共有するということか?」


「そうです。ただし、一人につき共有できる人数は三人に抑えてくじ引きのようにしましょう。ランダムで共有することで不正は限りなく薄まる。それに今女子たちがお互いの体を見ているとも限りません。運よくユナの体を脳三先生が見れたら、これは覗きではなく魔法の事故です」


 限りなく薄まろうが覗きは犯罪である。しかも事故ではなく故意に引き起こしている。


 だが、この極めて暴論をさも正論のように言い放つ閏が堂々としていたためか、忠國の理性というタガが外れた。


「よぉうし! 運を天に任せた事故なら仕方あるまい!」


「何も仕方なくねぇっすよ!!」


「いざ! 発動!」


 聞いちゃいない忠國は精神ネットワークへの介入を開始した。


 すると、視界の中にトライアングルのような形で三つの映像が浮かんでくる。


 閏が見たのは自分の足元を見ている映像。これは視点の低さから考えて麦虎の視覚だろう。


 続いて湯船に浮かぶ胸とお湯をすくう手のひら。胸の大きさから考えて美也だと思う。


 そしてベニヤ板を見ている光景。と、ここまで見ていて閏の中でパズルのピースが埋まった。


「そうか! これがブービートラップを突破した方法だ!」


『なるほど。確かにこれは見てはいるけれど、全体像が目に映ってはいない』


 麦虎にも答えがわかったらしい。


「ぶほぉおおおお!! だ、だ、だめだあああああああ! 生徒たちにこれを見せるわけにはいかあああん!!」


 急に視界が元に戻った。忠國が鼻血を垂らしながら閏と優太の腕を引っ張る。


「未成年の教育によろしくない! 帰るぞ!」


 その言葉を聞いて閏は喜んだ。


「素晴らしい! 脳三先生! 未成年の健全な精神を守る! それこそ正義じゃないですか!」


「え……?」


 閏の思ってもみない言葉に固まった忠國だったが、直後──


 ドゴオオオオオオオオオオッン!!


 ベニヤ板は破壊され、美也の剛腕な召喚獣と、ことりのライフルを構えた召喚獣が閏たちを見下ろしていた。


「ちが、オレは何も見てねぇって!!」


「こんの変態どもがああああああああ!!!」


「やっておしまいなさい!」


 ドゴンッ! ズダダダダン! ドゴッ! バキッ! 召喚獣から繰り出される打撃と銃撃の乱舞は男性陣の意識を奪った。






「あんたたちのせいで卵の捜索が遅れたじゃない!」


 過剰な叱責のせいです、とはさすがに言えなかった。


『閏、魔眼を使え。この部屋にわずかに残る気配。魔女だ』


 慌てて魔眼を発動させた。魔力の流れや魔法の効果など視覚で読み取れる魔眼に映るのは、床から窓に向かって残されたウジ虫のような黒い気配。


「やはりこの間の魔女ですね。追いかけます!」


 閏と麦虎は気配をたどって窓から飛び出す。


「なぁあああにいいい! 魔女様と連絡先を交換するチャンス! 行くぞ生徒たち!!」


「なんであんたの婚活に付き合わなきゃいけないのよ!!」


 とは言うものの、ことりも含めて全員が閏たちの後を追った。


 庭園の中をひた走り、橋を通過して敷地内の森の中へ足を踏み入れた時、逃げるつもりもなかったのか魔女は黒い気配を強めて木のそばに立っていた。


「遅かったやないの」



☆☆☆

脳内なら光る線も仕事を放棄するはずです(*'ω'*) お楽しみいただけましたか? 笑



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