第31話 魔女と忠國
「少しアクシデントがあってな。しかし、なぜ俺たちにヒントを与えて能三先生を待ち構えていたんだ?」
閏が質問をしている間に忠國たちも追いついて来た。
「魔女様! 本日も麗しい!!」
ほぅ、と甘い吐息を零す魔女は忠國を見つめながら忠國の方に近寄っていく。
「……あんた、ほんまにあてを愛し抜く自信はおありですの?」
「ひゃう! も、もひろんれす!!」
近くに寄る魔女の甘ったるい気配に忠國は緊張していた。
「あてらが『ガフの部屋』を狙ったのは単純な話やで。魔人の正義なんて抽象的な心構えはなんも信用できひん。それならばあてらが戦争の火種を消してしまえばええんやと思うたのよ」
確かに魔人の正義には魔人の進化を止めるような確たる拘束力などはない。単なる心構えだと言われたら反論の余地はない。
「人間族が全て滅びてしまえば魔族は争う相手も居ないやないの。邪神だって滅ぼす地上界が無くなれば進化する理由すら無くなると思うやろ?」
「そ、それはその、」
しかし、閏は毅然とした態度で反論した。
「暴論だ! 魔界はそれ一つで存在できているわけではない! 地上界と魔界は表裏一体なんだ! どちらか一方が滅びればもう一方も存在できなくなる!」
人間族がもたらす想像力、地上界を構成する自然のエネルギーが魔界を支えるエネルギーとなっている。
「わかっておるよ、あてらは魔界も全てまっさらにしてしまおうと思っておったんや。それほどまでに邪神がもたらす力は恐ろしい。恐怖に怯えるくらいなら自分らの手で壊してしまおう。それに、あてらは人間族が裏切らないとも思えへんかった」
それならば、今は違うというのか。
「忠國、あては怖いんや。魔人にも人間族にも裏切られるのが体が震えるほど恐ろしい」
実際、魔女は怯えているようだった。忠國は肩を震わせる魔女の体をそっと抱きしめた。
「誓いましょう。私はあなたを裏切ったりしない。人間族を滅ぼそうとしたあなた様の悪意もすべて包み込み愛しましょう」
忠國なら魔女と分かり合える。閏には希望が見え始めた。
それは体を震わせた魔女も同じのようだった。
「ほんま、忠國は口がお上手やわ。なんや、あても信じてしまいそうになる。忠國とならあても手を取り合ってっぎあああ!!?」
「っうわああ!?」
突如、魔女の体を黒い炎が包み込んだ。魔女は忠國を巻き込まないように突き飛ばしていた。
「魔女様!?」
「裏切り者には粛清が必要ね」
森の中から唐突に姿を現したのは忠國のように白衣を着た女性。その手に宝箱のような金庫を持っている。
「貴様!! 誰だ!!」
髪の長い魔女は月明かりの下で不敵に微笑んだ。
「威勢のいい坊やだねぇ。だけど、勘違いするんじゃないよ。ケツァルコアトルの卵は元々あたいの物さ。その女は裏切り者の上に泥棒さ」
魔女の私物。閏の中で仮説が生まれた。『ガフの部屋』のブービートラップを突破する方法は、魔女もミミズクの悪魔の未来視で見つけたのではないかと。
「
「来てはあかん!! 忠國、これを……!」
炎に包まれた魔女は手を伸ばしてとんがり帽子を忠國の方へ投げた。
受け取った途端、忠國の体は魔女の気配に包まれる。
「……あんた、あてを追いかけてくるんじゃないよ……」
「魔女様!! 待ってください!! 私はあなたを!!」
「……ええ男やねぇ、あんたなら、あて以外の女も幸せに……してやれる……で」
魔女の体は炎の熱で炭化していき、伸ばした指先から炭のようにボロボロと崩れ落ちた。
「魔女様あああああああああああああっ!!」
「……生きな、ただ、く、に……」
魔女の体は真っ黒な煙となって消えていった。忠國はその場で膝をついて崩れ落ちる。
「そんな……そんな……魔女様が……」
「呆けた面しなさんなよ。あたいだって魔女だよ。あははははははは!」
不敵に笑い声をあげる魔女だが忠國はこの魔女の名前を知っていたようなので閏は驚いた。
「脳三先生、今は話を聞かせてください。この魔女とお知り合いですか?」
「あら時十さん、この学園で彼女を知らない人の方が珍しいですよ。この方は我が召喚士専門学校の保健教諭。古城マカ先生です」
思わず頭を抱えた閏は呻いた。
「どおりで、いつどの時間帯に訪れても出会わないわけだ……」
『これで樹の関与が深まったな』
『ああ。だけど今は樹の対策を講じるより、目の前の魔女だ』
しかし、保健の教諭として学園に潜り込んでいた魔女は、念話を見透かしたように笑う。
「無駄だよ。坊や一人ならあたいも遊んでやるけどね。『ガフの部屋』本体は分が悪い。あたいたちの協力者には気が付いているだろう? 今あたいに攻撃してごらん。異空間に捕らえた人間どもは魔女の鍋の中にぶち込んで骨まで溶かしてあげるよ! ひははははははは!」
学園都市全体に張られた精神ネットワーク介入の網は魔女の目を通して樹──ハッカーの元まで映像が送られているんだろう。
閏たちの行動は他の魔女たちにも樹のネットワークを通して筒抜けであり、ここで古城マカを攻撃すれば捕らわれた人間族は間違いなく殺される。
『人質は樹だけで十分だからな』
『なぜ俺はもっと強く課外授業に樹を誘わなかったんだ!!』
しかし、後悔先に立たず。今は魔女を前にしても打つ手がない。
「セツナを返してよ!!」
「いいや、ユナちゃんの方こそセツナのところにおいで。ずっとユナちゃんたちを閉じ込めていた魔人の言いなりになる必要はないんだよ。あたいたちはユナちゃんの本当の姿を世界中の人たちに見せてやりたいだけなんだ。ユナちゃんだって本当の自分をわかってもらいたいだろう?」
閏には止める言葉が見つからない。何千年と隠ぺいしてきたのは本当のことだし、これから先もユナの本当の姿を世界中の人たちに見せるつもりもなかった。
しかし、閏の葛藤を吹き飛ばすように、ユナはハッキリと声に出した。
「ユナは行かない。セツナのことはもちろん一番大切だけど、ここにいるみんなもユナのお友達だもん」
「ユナ……」
ふわふわとしているようで、ユナにはユナの意志がある。自分の存在をしっかりと理解しているのだと閏は気付いた。
「っち、まぁいいさね。もうすぐ全世界に張る精神ネットワークが構築できる。嫌がってもそのとき捕まえれば『ガフの部屋』は暴かれる。絶望の始まりだよ! ひははははは!」
黒い靄に包まれた古城マカは笑い声だけ残して消えていく。
「待て!! 古城マカ!! 許さんぞ!! 決して許さん!!」
「脳三!! 今は追いかけちゃダメよ!!」
ことりのエルボーが忠國のみぞおちに深くめり込んだ。こんな時でも忠國を止める方法が物理攻撃なのが恐ろしい。
「ぐぼおっ!!」
倒れた忠國はともかく、まずい事態になった。
☆☆☆
淡い恋心が踏みにじられた悲しみよ;つД`)
いつも応援ありがとうございます!
同時連載中の「ボスキャラ攻略☆~」もよろしくね(*´ω`*)
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