第5話 いきなり撃たれるんですか

 閏は学校の敷地内に迷わず足を踏み入れた。キャンドルの炎のような曲線を描いた黒い鉄柱が重なり合う柵のような校門を抜けると、一面ガラス張りの巨大な校舎が見えてくる。


 童話に出てくる魔女の城を囲むような校門のデザインと近代的な校舎のデザインの雰囲気が一致しておらず、閏は内心舌打ちをしていた。


「ここのインテリアもいまいちだな」


 しかし、文句を言う閏は校門を通り抜け校舎に向かう道すがら、学生服の生徒たちに不審な眼を向けられていた。


 閏は私服なので当然ともいえるが、無駄に目立っていたからだ。


 それでも平然と閏は自動ドアの正面玄関を抜けて一面ガラス張りの一階のロビーに入っていく。


 床一面、白亜の大理石。吹き抜けの天井を見上げればやはりガラス張りの、クリスタルのように輝く日の光を浴びた屋根が見える。


 雨の日は曇天を楽しめ、ということだろうか。ロビーには学校案内の掲示板や、カフェのようなテーブルセットも設置されているし、立ち止まる者も多いと思うが、日影が欲しい場合に隠れる場所は教室しかない。


 とはいえ、学校と言えば校舎の中は教室だらけである。部屋と呼べる場所は各階に八カ所以上存在する。

 

 ロビーの壁に備え付けられていた学校案内図を見ながら、閏はため息をひっそりと零した。


 広いロビーの中とはいえ、私服姿で深いため息を零す少年はひたすら目立つ。


 その様子を正面玄関に入ってきたときから見つめていた女子生徒が一人、閏に声をかけた。


「そこの私服姿のあなた、もしかしてお困りごとですか?」

「ん……?」


 振り返った閏は、ロビーの方一面の壁に仮設ショップが設けられていることに気が付く。


 商品が数多く陳列された商品棚も多く見られた。


 中にはガラス張りの冷蔵庫の中に飲食系のサンドイッチや飲み物も見られる。


 カフェのテーブルセットはこのためのようだ。


 カウンター越しから女子生徒がにこやかな笑みを見せていた。


「売店?」


 店員と思われる女子生徒は自身の頭上を指さした。『御式ごしき商店出張所』と書かれた看板が見えた。


御式ごしき商店の看板娘、御式ごしき美也みやと申します。さてはあなた、学生服を一式お忘れでございますね?」


 そんな学生がいるだろうか。しかし、看板娘、御式美也はにこやかな笑顔で話を続けた。


「今なら体操服も一式学生服にお付けしまして、二万ジェリーでお買い得でございます」


 おまけの規模がでかい。見知らぬ人と話すのは苦手だが、思わず閏の足はカウンターへ引き寄せられた。しかし、財布の中を見て顔をしかめる。


「しまった。ここって銀行はない……ですよね?」


「ご安心ください。デビットカードにもキャッシュレス決済にも対応しております」


「安心だ。それじゃあ学生服と、洗顔料は置いてないですか? ストライプ柄で泡がもっちりの」


「ございます」


 素早くカウンターに置かれたのは閏が探し求めていた洗顔料だった。


「凄いな。どこを探してもなかったのに」


「当店で揃えられない商品はございません」


 ありがたくて洗顔料を持つ手が震える。


「それじゃあ、この学校に関する詳しい資料とかも置いてないでしょうか?」


「さてはあなた、生徒IDの使い方をど忘れしましたね?」


 それはつまり、学生証に記載されている生徒IDというものがあれば学生専用の端末などにアクセスできるということだろうか。


「あ、ああ。これから先一生思い出せない気がするから、説明をお願いできないか?」


「お任せください。ところでお名前と学年とクラスと性別をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 どうして性別までお伺いされたのだろうか。


「時十閏、十六歳。出来れば今日欠席者のいるクラスに行きたい。見ての通り男だ」


 美也はカウンターの上に置いてあるキーボードで何かを入力すると、ディスプレイ画面を見つめて困ったように首を傾げた。


「うーん、本日一年のクラスでは欠席者はいませんね。ですが、代わりと言ってはなんですが、出席者の中に教室へ出席していない生徒がいらっしゃいます。そちらの方のクラスではいかがでしょうか?」


 自分で言っておいてなんだが、不審に思わないのだろうか。


「素晴らしい。そのクラスにするよ」


 携帯端末でIDを入力して学校の情報を閲覧する手段も教えてもらえた。


「助かったよ。ところで着替えは」


 しかし、言い掛けたところで発砲音が響きわたる。


 ヒュゴッ! 向かってくる銃弾が見えたので首を傾けて避けたが、地面には穴があいた。


 角度からして二階の階段付近から撃たれたものだと思われる。敵の襲撃かとも思ったが、美也はにこやかにしていた。


「本校は召喚士専門学校ですので、たまに威嚇射撃も撃たれます」


「貴重な情報に感謝するよ。でもなんで撃たれたんだろう?」


「あなたが女性であると答えていれば、きっとことりちゃんも姿を見せてくれました」


 どうやら性別の質問は重要だったらしい。というか、盗聴と盗撮は既に始まっているようだ。


 そもそも精神ネットワークへの介入の網が三重に張られている時点で、誰かが監視していることはわかっていたが、御式商店の買い物客を男性限定で狙う狙撃者は三重の網とあまり関係がないような気がする。


 つまり、盗撮盗聴の犯人は二人以上いるということだ。魔導具を盗んだ犯人とは別の事件が発生している可能性が強まる。


 デビットカードで支払いを済ませた閏は気の重たくなる足取りでトイレへと向かった。


男子トイレの個室で男子用の制服へ着替えを済ませると、着ていた私服を鞄に詰め込み教室へと向かう。


 二階の教室へ向かいながら携帯の端末で一年四組の情報を開くと、美也の言っていた通りの情報が出てきた。


 携帯のディスプレイ画面に映し出されるのはクラスに所属している生徒の名前と顔写真。


 さらには教室での席の位置や出席、着席、外出中など、生徒がどこにいるのかも表示される。

仁科にしないつき、出席、保健室か)


 不在の生徒はどうやら保健室でお休み中らしい。これなら教室で席をお借りしても問題ないだろう。


 まずは情報収集。ハンチング帽をかぶった男の話では部屋がどこにあるのかわからないと言っていた。網の存在が無くても魔導具のブービートラップには元から隠ぺいの魔法が働いている。普通に教室を一つずつ見て回ったところで見つからないと思われた。


 一年四組の教室前で足を止める。


 各教室ごとに月の満ち欠けがドアのガラス部分にデザインされていた。


 四組はちょうど半月らしい。そこの窓から覗いてみると、生徒が大勢いる。


 黒板に向かって生徒の机がびっしりと縦五列、横に六列、計三十名分の机が並んでいた。


 別のクラスの生徒である美也が普通に店員をしていたので今は休み時間かと思ったが、教室では授業中であった。


 もう一度携帯の端末で学校の情報を閲覧して確かめた。


 どうやら、この学校では全ての授業が選択制であり、自身が伸ばしたい科目以外の授業が行われている場合は基本的に学園の敷地内のどこにいても構わないようだ。


 単位さえ取れば卒業できるのかといえば、そうでもない。卒業試験に合格すれば誰でも卒業できる。


 つまり、一つも単位が取れていない場合でも最後の試験さえ突破すればいいのだ。


 ただし、預かる生徒は全員未成年のため、欠席だけは退学など重いペナルティーが課せられる。そのために、この広い学園都市のどこにいるのか生徒の位置を把握しているのだろう。


 閏は暫く考えて一年四組の次の授業を確かめた。


 普通の学校であればどう侵入しようが怪しさを拭えないのでいっそ堂々と侵入するつもりだった。


 しかし、誰がどの授業に参加しているのか生徒の間でも不確かなこのカリキュラムであれば、授業の開始と同時に参加すれば怪しまれずに済むだろうと考える。


(召喚の実技演習。外か)


 どうやら着替える服を間違えたらしい。次の実技演習に備えて体操服に着替えるため、再び閏は男子トイレに戻った。



☆☆☆

ようやく女子が出てきましたね。もう少しでむさ苦しくて窒息するところでした←


次回から授業が始まります。


美也の愛くるしさにやられちまったという方は♡や☆で応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)



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