第4話 黒猫と『見ると死ぬ部屋』

 もう少しで目的地に着こうかという場所で道路に横たわるボロボロな黒猫に出会う。


 朝も早い時間なので他に道路を行き交う車もない。


 しかし、閏はバイクを脇にとめて黒猫を抱きかかえると、まだ息があることを確かめて、道路わきの草むらにおろした。


 鞄から紙皿を取り出し、ソーセージと水を与える。黒猫はよろよろと起き上がったかと思うと、勢いよく水を飲み、ソーセージに噛り付いた。


 この世界に完全な『黒一色』の黒猫はいないと言われている。


 しかし、この黒猫は金色の瞳以外は黒一色に見える。完璧な構成。

 しばし、見惚れていた。


 黒猫の食いつきがいいので朝食の残りのチキンと追加のソーセージも空っぽになった紙皿に乗せ、水の入ったペットボトルも一つ皿の脇に置いた。


 これで街まで動けるくらいの体力も回復するだろう。

 黒猫と別れてバイクにまたがった。


 海に囲まれた浮島が見える。浮島の一大学園都市エデンに向けてアクセルを踏み込んだ。


 中央大陸の北端に位置するここは海に向かってダイヤの形に突き出した人口の浮島が存在する。


 浮島の全てが召喚士専門学校の占有地となっており、基本的には学園の関係者以外は住んでいない。


 とはいえ、浮島にもレストランや遊戯施設など商いをする場所は多くあり、特に部外者を排除するような規制も設けられていないことから観光客も多く訪れる。


 特に今は『世界の果て』という人々の関心が多く集まるスポットとして有名になっており、浮島に通じる唯一の陸路である大橋は車やバイク以外にも列車を使って徒歩でやってきた通行人が列をなしていた。


 のろのろと減速して列を進む中、聞こえてくるのは観光客というより、旅人たちの期待に満ちた声だ。


「ここが世界の果て」

「ようやく終着点に着いたのね」

「世界の果てには何があるのだろう?」

「果ては果てだ。その先には何も無いさ」


 閏にはよくわからない心情だ。果てには何も無いと思うのならば、なぜここにやってくるのか。


 しかし、旅人たちの会話はどれも似たり寄ったりだ。果てには何があるのかと期待する者と、果てには何も無いからこそ行くべきだと言う者。


 ここが終着点だということは誰も疑いのない感情らしい。


 人生を旅路だと表現する者は多くいる。だとすれば、ここに集まった者たちは皆、自殺志願者ということか。旅の終わり。閏には死と終わりになんの違いがあるのかわからない。わからないが、勝手に終わられても困る。


『ガフの部屋』に仕掛けられたブービートラップのことを考えれば旅人たちの目的と結末はさして変わらないものだと思えた。


 一刻も早く魔導具を回収しなければ、エデンと呼ばれるこの場所が冗談ではなく死体置き場に変わるだろう。いや、昨日のニュースで見た内容を考えると、既に二万人の死体が転がっている可能性すら浮上した。


 閏の額に玉の汗が浮かぶ。閏はバイクを大橋の脇にとめると鞄を掴み、人々の合間を縫うように走って学園都市エデンの内部へと急いだ。


 しかし、ようやく大橋を渡り終えたと思い、片足が都市の入り口に入ったその瞬間、頭が揺らぐような妙な違和感を感じた。


 人の波に押されながら辺りを見渡したが、上は青空が広がるばかり。中に入れば屋台の建ち並ぶ大通りとなっている。これといって不自然なところがあるわけでもない。


(……気のせいか?)


 だが、やはり街の中の雰囲気は大橋を渡っている時と違い、街の明るさに反して妙に人々の顔色が悪かった。


 中世フランスの街並みを彷彿とさせる茶色いレンガを敷き詰めた大通り。  


 その上では、いくつもの紐が電信柱や街灯から伸ばされ、各国の国旗のようにカラフルな旗が道沿いの天井で風に揺れていた。


 甘い香りが漂う白い屋台では風船の中にパチパチと弾ける綿菓子が詰められ、軒先にぶら下げられている。


 隣を見れば木の青い香りが鼻孔をくすぐり、ギザギザの歯の奥からキャンドルの炎が揺らめくかぼちゃのランタンを並べたおもちゃ屋の木製ワゴンが建ち並んでいた。


 屋台は他にも軽食や飲み物を置いている店など、飲食系の他に、単純な魔法で浮かぶ本の数々や、ピアノの音色を奏でるワイングラスに、街の歴史を語るフクロウの置物などが並び、多様な店構えとなっていた。


華やかな街であるからこそ静けさが余計に不気味なものに感じられる。


 とはいえ気後れしている場合でもない。今は魔導具回収の任務中。再び街の中を慎重に見渡す。


 通りに面した店の構成自体は華やかであるし、人の多さから見ても写真で見ればここの風景は賑わっているように見える。


 しかし、現実に動くこの場所は異様なほど静かだ。話し声も多少は聞こえてくるが、皆声を潜めて囁き合っていた。


「……怖いわねぇ」

「……また人が消えたって」

「……早く帰りましょう」

「……嫌な時期に来ちまったもんだ」


 閏は声を拾うと眉をひそめた。


(なんなんだ……?)


 大橋を渡るときは早く街の中に入りたいと列をなしていた人々が、街を一周すると帰っていく。しかし、帰った分だけ同じ量の人々が大橋から渡ってくる。


 ところが、街に入った途端に旅人たちの顔は暗くなる。あとは街から出たり入ったりを繰り返しているように見えた。


 気になった閏は帰ろうとしている旅人の男に話しかけた。


「すみません、あなたはここに『世界の果て』を求めて来たのではないのですか?」


 ハンチング帽をかぶった男は帽子の下で目を丸くした。


「世界の果て? いや、おれはここに『見ると死ぬ部屋』があるって噂を聞いて来たんだ」


「見ると死ぬ部屋?」


 おかしい。父上の話では部屋は盗まれたと言っていたのに、部屋の噂だけ広まっているというのか。


「どこにあるのかはわからねぇんだが、部屋自体の外観はなんでもねぇ普通の部屋だっていうんだよ。だけど、部屋の中身を見たら最後、殺されちまうって聞いたから不気味でな。おれはもう帰るよ」


 そういうと、男は閏にも用が無いなら帰った方がいいと帰宅を促して大橋の方へ去っていった。


 閏も確かめるためにもう一度、大橋の方へ足を向けた。


 そして、街から橋の方へ出ようとするとまた頭が軽く揺らぐ。ふらつく頭を押さえて大橋の上で列に並ぶ女性に声をかけた。


「すみません、あなたはここに『見ると死ぬ部屋』の噂を確かめに来ましたか?」


 薄い桃色のストールを羽織る女性は怪訝な表情を浮かべた。


「なぁにそれ? ここは『世界の果て』よ。そんな怖いこと、もう何も起こらない終着点よ」


「……ありがとうございます」


 礼を言うと女性は優し気な笑みを浮かべていた。閏はそのまま女性のそばで、列が前に進むのを待っていた。


 やがて女性の並んでいた列も街の中へと足を進める。すると、目の前にいた女性は寒そうにストールを体に巻き付けて恐る恐る辺りをうかがいだす。


「どうかしましたか?」


 もう一度、声をかけてみた。


「……あなたは怖くないの?」


「何がでしょう?」


「何って、人が何人も消えているのよ。きっとみんな、『見ると死ぬ部屋』を見たんだわ」


 今度は礼を言うのもおかしいので、それは怖いですね、と返して閏は街の中へ足を進めた。 歩きながら魔眼を使って学園都市全体を見る。


 赤いドーム状の網が学園都市全体に張り巡らされていることにようやく気が付いた。


「精神ネットワークへの介入か。学園都市全体とは規模がデカい」


 学園都市に張られた精神ネットワークに介入する網の中へ入り込むと、人々の記憶から『世界の果て』の情報は『見ると死ぬ部屋』の噂に書き換えられる。


 ようするに人様の記憶に無断侵入して記憶を改ざんするハッカーが学園都市の内部にいるということだ。


 これだけの規模の網を遠距離から操作しているとは考えにくい。


 魔法は仕掛ける場所が術者と離れるほど魔力の消費が激しくなるものだ。


 魔人である閏には単に頭が揺れる程度の障害だったが、ここにいる旅人たちは情報に踊らされて学園都市に入れば噂に怯え、出れば『世界の果て』を目指してまた街に入り込む。


 どうやら増加傾向にある二万人の行方不明者の大半は大橋での行ったり来たりで時間を潰しているらしいので、焦るほどでもなかったらしい。


 まぁそもそも父上に何もツッコまなかった自分も悪いのだが、部屋という建造物の内部をどうやって盗み出すのか。


 武器と情報は現地で調達するのが魔人の正義とはいっても父上は学園に侵入できるように学生証は用意してくれた。準備をしてくれていたことが余計に前途多難な気がする。 

 

「二重の網か。随分と手が込んでいる」


 魔眼に映るのは真っ黒い網の上からさらに赤い網がドーム状に召喚士専門学校の校舎全体を覆っている姿だ。




☆☆☆


いよいよ次回、学園に潜入です!


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