第6話 冒頭の真相編
やがて着替え終わり、校庭と呼ぶにはかなり広い芝生地帯にやってきた。
授業開始前であるが、それなりの人数の生徒が校庭に集まってきている。
携帯の端末で調べた情報によると、この授業は四組、五組、六組の三クラス合同授業らしい。
生徒たちに混ざって芝生の上で座っていると、教師らしきジャージ姿の大人の女性がゆったりとした足取りでやってくる。そして、女性は辺りを見渡すと声を張り上げた。
「それでは召喚の実習授業を始めます! まずは軽く召喚術の基礎から教えますので先生の声が聞こえる位置まで集まって座ってねー!」
遠くにいた生徒たちもぞろぞろと集まってきた。
女性教師は集まった生徒たちを確認すると精神ネットワークの共有を宣言する。
「エデン思考回路ミネルヴァに回線を繋いで」
脳内でエデン思考回路へ生徒IDを使ってアクセスを開始。
その後教師ごとに分かれている授業用思考回路、今回はこの女性教師の思考回路であるミネルヴァへアクセスする。
すると目の前の空間に授業用のディスプレイが現れた。これは回線に繋がっている者にしか見えない幻の画像である。
同じ思考回路で映像を共有して眼ではなく脳で感知している映像だ。
「召喚士というのは物質で構成されたこの地上界に、魔力というエネルギーのみで構成された魔界から魔族を召喚する術者のことを言います」
ディスプレイには魔族とは何か説明する種族別のツリーが映し出された。
魔界の統治者である魔人を筆頭に強いもの順で種族が並べられている。
魔族の有名なところで言えばドラゴン族、巨人族、精霊族、悪魔族、魔女族、妖精族、それらに属する魔獣といったところだ。
ただし、と女性教師は強調して続けた。
「召喚をされなくても自身の持つ高魔力量を物質に構築させて単独で地上界に肉体を持って現れる魔族もいるわ。言うまでもなく、丸腰の人間族ではまず勝ち目はない。私たち人間族は精神に感応する魔法には長けているけれど、言ってしまえばそれ以外の魔法は脆弱だもの」
人間族は精神攻撃や精神防御系の魔法を得意としているが、魔族の多くは攻撃魔法を得意としている。閏は単独で地上界に降り立っている魔族である。
魔人の息子である閏は基本的にどの属性の魔法も使用可能であるが、得意かと聞かれるとそうでもない。出来ることがあまりにも多すぎて、器用貧乏の状態だ。
「魔人様は凶悪な犯罪者は魔界から部隊を送って退治してくださるけど、日常に潜む魔族は私たち地上界に住む人間族が対処しなければならない。自衛の手段を学ばせることも魔人の正義よ。人々を守る召喚士になるためにあなたたちも頑張りなさい」
ディスプレイには召喚できる魔族というものが注意書きで載っている。
【人間族に好意的であり、自ら人間族との契約を望む魔族】
閏にしてみれば絶望的な一文だ。
「それでは早速実習を始めましょう。初心者は一番人間族に友好的な小精霊や妖精族にコンタクトを取ってみるといいわ。お願いするときは丁寧な言葉で、絶対に嘘をついたり攻撃的な命令口調で怒らせてはだめよ。彼らだって怒ると怖いのよ」
生徒たちは返事をするとそれぞれ立ち上がり、仲のいいもの同士、あるいは個別に校庭へ散らばっていった。
情報収集がしたい閏としては、授業に参加している様子を生徒たちに見てもらい、この学校の生徒であると認識してもらいたい。
その上で休み時間や自由時間により多くの生徒と自然な形で会話に参加し、『見ると死ぬ部屋』の噂を集め、魔導具『ガフの部屋』の回収を行いたい。
まさか生徒全員が美也のような反応をするとは思えないので、ここは真面目に授業に取り組む生徒を演じようと決めた。
まずは自身の精神ネットワークを魔界の広域ネットワークに繋げる。電子ネットワークの世界で言えば掲示板みたいな場所だ。今回も目の前にはディスプレイが映し出されている。
手のひらを掲げディスプレイに触れると、自身の魔力がネットワーク上に開示される。
魔力を開示するのは魔族との相性を測るためである。火炎属性に特化した召喚士と水の属性を持つ魔族が契約しても十分な力は発揮できない。魔獣としては思う存分に暴れられない。
しかし、不得意な属性など一つも無い閏の手のひらの周りは黒い靄がかかっている。
(……やはり誰も寄ってこないか)
他の生徒たちの様子を見てみると、閏と同じ態勢で手のひらを空間に掲げている生徒たちの手のひらの周りには二つ、三つ、多いもので白い光が集まりすぎて輝きを放つものまでいる。
暗黒の手を掲げているものなど一人もいない。
「ぎゃははははは! おい見ろよこいつ! 誰一人召喚獣が寄ってきてねぇぞ!」
隣で大声で笑われてふと横を見れば、大柄な男が目の端に涙を浮かべて大笑いしていた。
「うわマジだ! だっせぇ!」
「ここまで才能無い奴初めて見たぜ!」
ぞろぞろと、大柄な男の仲間と思われる男子生徒たち四人に囲まれてしまった。
「お前誰だぁ? 見ねぇ顔だな」
話しかけてきた大柄な男は運の悪いことに一年四組の生徒だ。先ほど生徒名簿で見たばかりの顔である。名前は
「時十閏です。よろしく」
にやにやと笑う志島は大振りの手つきで閏の肩を叩いた。少し、体がよろめく。
「誰がお前みたいな落ちこぼれとよろしくするかよ! よろしくされたかったら召喚獣の一匹くらい召喚して見せな!」
「ぎゃはははは! 無理じゃね!」
「久志くんきっつー! こいつ無能なんじゃねぇの?」
「ありえる! もしくは臭いとか!」
あながち臭いという表現は間違ってもいない。魔人の息子が公共のネットワークで使える下僕を探しています、なんて行いをしていたらヤバい事件のにおいがぷんぷん漂っていることだろう。絶対に誰も近寄りたくないはずだ。
「すみません、俺は才能が無いみたいなのでお手本を見せてもらえますか?」
歯を見せて笑った志島は盛り上がる右の上腕二頭筋を見せながら力強く手を掲げた。
「いいぜ、見せてやるよ! 召喚! ウォーターフォース!」
幾何学模様の魔方陣が空中に展開されたかと思うと、魔方陣の中から肉体が水で構成された巨大な馬が現れた。
溢れだした魔力の迸りが水しぶきとなって辺りに舞った。
ひんやりとした空気の中にウォーターフォースの研ぎ澄まされた殺気が混じり、攻性魔力に耐性の無い生徒たちの間には緊張感が広がる。
閏も、視線だけはウォーターフォースの魔力量を推し量るように鋭く眼光を細めて向けていた。だが、それも一瞬の間だけだ。閏は両手を合わせて軽快な音を響かせる。
「おお、凄い。妖精の中でも上位クラスのやつですね」
実際、ウォーターホースはB級の魔族と言われている。C級悪魔よりも力が強いので、志島は召喚士として才能があるのだろう。
しかし、にやりと笑った志島はウォーターホースを閏に仕掛けてきた。
馬に体当たりされ、閏の体は紙屑のように軽く宙を舞って地面に落とされる。
草を自身の体で潰してしまい緑の匂いが体に染み付くように感じた。
顔をゆがませた閏は観衆の生徒たちにも聞こえるように呻く。
「うぅ、痛い……」
さらに土まみれでボロボロに見える体を一トン近くある重たい馬の足で背中を踏まれた。
「ぐえっ」
「ぎゃははははは! 聞いたか! カエルみたいな鳴き声だぜ!」
潰されながら下品な笑い声を聞いていると、落ち着いた思考の声が混ざりこんできた。
『はぁああ、なんちゅう情けない姿だ……』
とことこと、軽快な足取りで閏のそばにやってきたのは、先ほど出会った黒猫だった。
『黒一色の美しい猫。こんなところで何をしているんだ?』
まさか魔獣だったとは思わず目を見開いた。肺は圧迫されているが念話であればスムーズに会話ができる。
黒猫は優雅な仕草で顔を洗いながら答えた。
『世界の果ての結末を見届けようと思って貴様を追いかけてきたのだが、この街は妙なことになっているようだな』
『ほとんど真実であるガフの部屋の噂を広めているハッカーがおそらくこの学校の内部にいる』
どうやって『ガフの部屋』の真相にたどり着いたのか。閏にはそこが気になるところだ。
頑丈な魔人の体は、染み付いた草と土の匂い以外はさして気にしていない。
「おい、起き上がれよ。お前も召喚獣を出してもいいんだぜ」
「それ召喚できたらの話だろ」
「ひっでー! つーかウォーターフォース以上を出せるわけねぇって」
黒猫の目が憐れみを帯びて閏に向けられている。
『これが貴様の思う魔人の正義か?』
『計画に支障はない。俺は今目立っている』
事実、多くの生徒の目が閏たちに向けられていた。
『礼代わりに助言をしてやろう。貴様のキャンパスは真っ白ではない。見えていないのは、貴様がキャンパスと向かい合っていないからだ』
黒猫の言葉で思い出したのは部屋というトラウマと向き合おうとしない弱い自分だった。
「こらぁ! 志島久志! 誰が実戦の許可を出したって言うのよ!!」
女性教師の目も向けられたようで、ジャージ姿の教師がこちらに走ってくる。
「っち。おい時十、もう実習授業に顔出すんじゃねぇぞ」
背中に感じていた重さが消えた。というより、召喚獣を魔界に帰したようだ。
志島たちはそのまま去っていった。
☆☆☆
学園に着くなりいじめられる閏。でも黒猫が可愛いからなんでもいいよね←
次回、保健室に向かうようです。
保健室と言えば……と、気になった方は♡や☆で応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)
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