今日もきみのことが好き

「瑞貴、あのね……放課後、時間ある?」

「うん、あるよ。なくても、芙結のためならいくらでも時間作るよ」

 リサと別れ、教室に入って瑞貴の前に立つ。

 恐る恐る紡いだ言葉に、返ってきたのはいつも通りの瑞貴だった。きっと、作業か何かを手伝わせるつもりだと思っているに違いない。

 少し遅れて教室に入ってきたリサが、私を見て笑う。そして、こちらに手招きをしてきて、私は瑞貴から離れた。

 今でも、ふたりの赤い糸が繋がっているところを目の前で見るだけで、胸が痛くなるけど……。

「芙結ちゃん、伝えた?」

「う、うん、放課後に……って」

「よかった。絶対に大丈夫だよ。梨沙子のお願い、ちゃんと聞いてね」

 不思議。リサは、私が好きな人と繋がっている、張本人なのに。そう言われるだけで、本当に、大丈夫な気がしてきた。

「……うん。頑張る」

 放課後になって、かばんに荷物を詰めて帰り支度をする。

 今までにないくらいにドキドキと胸を叩いてくる心臓の音に、負けてしまいそう。

 うつむいて、何度もスーハーと深呼吸をして、心を落ち着かせようとすると、目の前がフッと暗くなって、顔を上げて噴き出しそうになってしまった。

「芙結、どの教室でやるの? どんな手伝い?」

 すっかり支度を終えた瑞貴が、そこにいた。しかも、案の定勘違いをしていた。

「違うよ、何かの作業を手伝って欲しいわけじゃないから」

「え? そうなの? あ、買い物か。おひとりさま何個限り? 荷物持ちするよ」

「それも違う……」

 出鼻をくじかれてしまって、ガクッと頭を落とす。

 私から告白されるなんて、微塵も想定していないんだろうな。

 無理もない。瑞貴からの「好き」を、いつも受け流してきたのは私自身。

 だって、私たちは、お互いに運命の人が別にいるから。

 不思議そうな顔をしている瑞貴を、真っ直ぐに見すえる。

「大事な話なの。……聞いてくれる?」

 少しベタかもしれない。そう思いつつ、瑞貴についてきてもらったのは、体育館裏の中庭。

 もう部活が始まっているのか、バスケ部の掛け声が聞こえる。

「あ、あの、来てくれて、ありがとう」

「なにそれ、他人行儀だよ。芙結が言うなら、俺はどこにだって行くし」

 今から告白をするのは私の方なのに、サラッと告白めいたことを言われて、顔が熱くなる。

 瑞貴の返事は、正直分かっている。だけど、こうやっていざ自分の気持ちを伝えようとすると、とても緊張する。

 いつも、こんな気持ちで「好き」って言ってくれていたのかな……。すごいな。

 後回しにすればするほど、きっと言えなくなる。覚悟を決めて、すうっと空気を吸い込む。

 まっすぐ見つめた先にあった顔はどこか悲しそうで、息を飲みこんでしまった。

 どうして、そんな顔をしてるの?

「瑞貴?」

「俺、芙結が話したいこと、分かるよ」

「え?」

 ドキッと胸が大きく跳ねる。

 告白を、見破られていた……!?

「瑞貴、それって……」

「わざわざ、人のいないところに呼び出して、改まって言いたいんでしょ? 分かるよ」

 その口ぶりだと、本当に……?

 分かっていて、その調子なの? その表情なの?

 少しも、嬉しそうじゃない。

 あれ? これって、告白してもいいのかな。

 今さら怖気づいて、言葉を出すのをためらっていると、

「芙結、義理のお兄さん……、赤い糸の人と付き合うことになったんじゃないの? だから、わざわざ呼び出して報告してくれたんでしょ?」

 予想もしていなかった言葉が、耳を通り抜けた。

「な……何言ってんの!?」

「違うの?」

「違う!」

 発想がさすがにななめ上すぎて、つい大声で反論してしまった。

 この場面を他人に見られたとして、愛の告白5秒前だと説明しても、きっと誰も信じてはくれないだろう。

「え? じゃあ、なんでわざわざここに呼び出したの?」

 本気で分かっていない瞳が、首をかしげて斜めに並ぶ。

 何かがブチッと切れる音が響いた。それはきっと、自分の頭の中から。

「そんなの! 瑞貴のことが好きだからに決まってるでしょっっ!!」

 感情を爆発させて、運動をしたわけでもないのに、ハアハアと息切れがする。

 目の前には、唖然として立ち尽くす瑞貴。

 少しだけ冷えた思考で、我に返る。

 ……やってしまった。

 怒鳴りつけるみたいに、好きって言った……。

 これって、告白? どっちかって言うと、果たし状に近くない?

 今すぐ他人の記憶を消す方法ってない? ありませんよね。

「芙結」

「ご、ごめん、今の待って! やり直しさせて!」

「俺、熱あるのかも」

「はい?」

 ひとりで騒いでいる私をよそに、瑞貴はほぼ放心状態で、目もうつろ。

「都合のいい聞き間違えしてる。芙結が、俺を好きって言ったみたいに聞こえた。多分、熱あるからだ」

 言葉とは裏腹に、瑞貴の顔は青ざめている。

 そうきたか。

 上手くいかない。もっといい雰囲気で、顔を赤らめて、可愛く告白して……なんて、全然思い通りにならない。

 当たり前だ。私が見えているものは、赤い糸だけで、心の中まで見えているわけじゃないんだから。

「聞き間違えじゃないよ。私は、瑞貴が好きって言ったの」

 パカッと口を開けて、瑞貴はゆっくりと自分の頬に手を持っていった。

 そして、ぎゅっと指でつまんで、

「……痛い。夢じゃない」

 そんな古典的な。

 一連の流れが何だかおかしくて、ずっと緊張していたはずなのに、力が抜けて笑ってしまった。

「うん、夢じゃないよ。私、本当はずっと瑞貴が好きだったの」

 これ以上大きくならないだろうってくらいに目を見開いた瑞貴は、ガバッと体を覆うように抱きついてきた。

「ひゃあ!? ちょ、瑞貴……!」

「本当!? 芙結って俺が好きなの!?」

「ま、待って、苦し……っ」

「俺も、芙結のこと大好きなんだけど!」

 幼い頃から何百回と言われてきた、その言葉がすごく染み込んでくる。

 瑞貴の体温が温かくて、じわっと涙がにじんだ。

「本当はね、瑞貴の小指にも、赤い糸が見えてたよ」

 今もまだ。それは、相手を間違えることなく、迷わず校舎へと繋がっている。

「私も、学さんと繋がってる。でも、それでも……、瑞貴が好きなの」

 瑞貴は私を好きだと言ってくれる。だから、もしかしたら若菜の時みたいに、この先赤い糸がほどける日が来るのかもしれない。

 それでもまだ、繋がっている。

 抱きしめている腕から、私の震えを感じ取ったのだろうか。瑞貴が体を離して、自分の右手を見せた。

「見える?」

「うん……」

 こくんとうなずくと、不安を打ち消すように、瑞貴はいつものようにニッコリと笑った。

「そっか。じゃあこの糸は、どれだけ時間がかかっても、いつか絶対に芙結に結ぶから」

 その笑顔のまま、瑞貴は大きく腕を広げた。

「だから安心して、こっちおいで」

 ずっとずっと、隠してきた気持ち。この恋を打ち明ければ、きっとお互いに幸せにはなれない。そう思ってきた。

 だったら、この気持ちはなんだろう。幸せ以外の名前がついているの?

 大きく広げられた腕の中に飛び込む。

「好きだよ、芙結」

「私も」

 その瞬間、赤い糸はスーッと消えて、全て見えなくなった。

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