今日もきみのことが好き
「瑞貴、あのね……放課後、時間ある?」
「うん、あるよ。なくても、芙結のためならいくらでも時間作るよ」
リサと別れ、教室に入って瑞貴の前に立つ。
恐る恐る紡いだ言葉に、返ってきたのはいつも通りの瑞貴だった。きっと、作業か何かを手伝わせるつもりだと思っているに違いない。
少し遅れて教室に入ってきたリサが、私を見て笑う。そして、こちらに手招きをしてきて、私は瑞貴から離れた。
今でも、ふたりの赤い糸が繋がっているところを目の前で見るだけで、胸が痛くなるけど……。
「芙結ちゃん、伝えた?」
「う、うん、放課後に……って」
「よかった。絶対に大丈夫だよ。梨沙子のお願い、ちゃんと聞いてね」
不思議。リサは、私が好きな人と繋がっている、張本人なのに。そう言われるだけで、本当に、大丈夫な気がしてきた。
「……うん。頑張る」
*
放課後になって、かばんに荷物を詰めて帰り支度をする。
今までにないくらいにドキドキと胸を叩いてくる心臓の音に、負けてしまいそう。
うつむいて、何度もスーハーと深呼吸をして、心を落ち着かせようとすると、目の前がフッと暗くなって、顔を上げて噴き出しそうになってしまった。
「芙結、どの教室でやるの? どんな手伝い?」
すっかり支度を終えた瑞貴が、そこにいた。しかも、案の定勘違いをしていた。
「違うよ、何かの作業を手伝って欲しいわけじゃないから」
「え? そうなの? あ、買い物か。おひとりさま何個限り? 荷物持ちするよ」
「それも違う……」
出鼻をくじかれてしまって、ガクッと頭を落とす。
私から告白されるなんて、微塵も想定していないんだろうな。
無理もない。瑞貴からの「好き」を、いつも受け流してきたのは私自身。
だって、私たちは、お互いに運命の人が別にいるから。
不思議そうな顔をしている瑞貴を、真っ直ぐに見すえる。
「大事な話なの。……聞いてくれる?」
*
少しベタかもしれない。そう思いつつ、瑞貴についてきてもらったのは、体育館裏の中庭。
もう部活が始まっているのか、バスケ部の掛け声が聞こえる。
「あ、あの、来てくれて、ありがとう」
「なにそれ、他人行儀だよ。芙結が言うなら、俺はどこにだって行くし」
今から告白をするのは私の方なのに、サラッと告白めいたことを言われて、顔が熱くなる。
瑞貴の返事は、正直分かっている。だけど、こうやっていざ自分の気持ちを伝えようとすると、とても緊張する。
いつも、こんな気持ちで「好き」って言ってくれていたのかな……。すごいな。
後回しにすればするほど、きっと言えなくなる。覚悟を決めて、すうっと空気を吸い込む。
まっすぐ見つめた先にあった顔はどこか悲しそうで、息を飲みこんでしまった。
どうして、そんな顔をしてるの?
「瑞貴?」
「俺、芙結が話したいこと、分かるよ」
「え?」
ドキッと胸が大きく跳ねる。
告白を、見破られていた……!?
「瑞貴、それって……」
「わざわざ、人のいないところに呼び出して、改まって言いたいんでしょ? 分かるよ」
その口ぶりだと、本当に……?
分かっていて、その調子なの? その表情なの?
少しも、嬉しそうじゃない。
あれ? これって、告白してもいいのかな。
今さら怖気づいて、言葉を出すのをためらっていると、
「芙結、義理のお兄さん……、赤い糸の人と付き合うことになったんじゃないの? だから、わざわざ呼び出して報告してくれたんでしょ?」
予想もしていなかった言葉が、耳を通り抜けた。
「な……何言ってんの!?」
「違うの?」
「違う!」
発想がさすがにななめ上すぎて、つい大声で反論してしまった。
この場面を他人に見られたとして、愛の告白5秒前だと説明しても、きっと誰も信じてはくれないだろう。
「え? じゃあ、なんでわざわざここに呼び出したの?」
本気で分かっていない瞳が、首をかしげて斜めに並ぶ。
何かがブチッと切れる音が響いた。それはきっと、自分の頭の中から。
「そんなの! 瑞貴のことが好きだからに決まってるでしょっっ!!」
感情を爆発させて、運動をしたわけでもないのに、ハアハアと息切れがする。
目の前には、唖然として立ち尽くす瑞貴。
少しだけ冷えた思考で、我に返る。
……やってしまった。
怒鳴りつけるみたいに、好きって言った……。
これって、告白? どっちかって言うと、果たし状に近くない?
今すぐ他人の記憶を消す方法ってない? ありませんよね。
「芙結」
「ご、ごめん、今の待って! やり直しさせて!」
「俺、熱あるのかも」
「はい?」
ひとりで騒いでいる私をよそに、瑞貴はほぼ放心状態で、目もうつろ。
「都合のいい聞き間違えしてる。芙結が、俺を好きって言ったみたいに聞こえた。多分、熱あるからだ」
言葉とは裏腹に、瑞貴の顔は青ざめている。
そうきたか。
上手くいかない。もっといい雰囲気で、顔を赤らめて、可愛く告白して……なんて、全然思い通りにならない。
当たり前だ。私が見えているものは、赤い糸だけで、心の中まで見えているわけじゃないんだから。
「聞き間違えじゃないよ。私は、瑞貴が好きって言ったの」
パカッと口を開けて、瑞貴はゆっくりと自分の頬に手を持っていった。
そして、ぎゅっと指でつまんで、
「……痛い。夢じゃない」
そんな古典的な。
一連の流れが何だかおかしくて、ずっと緊張していたはずなのに、力が抜けて笑ってしまった。
「うん、夢じゃないよ。私、本当はずっと瑞貴が好きだったの」
これ以上大きくならないだろうってくらいに目を見開いた瑞貴は、ガバッと体を覆うように抱きついてきた。
「ひゃあ!? ちょ、瑞貴……!」
「本当!? 芙結って俺が好きなの!?」
「ま、待って、苦し……っ」
「俺も、芙結のこと大好きなんだけど!」
幼い頃から何百回と言われてきた、その言葉がすごく染み込んでくる。
瑞貴の体温が温かくて、じわっと涙がにじんだ。
「本当はね、瑞貴の小指にも、赤い糸が見えてたよ」
今もまだ。それは、相手を間違えることなく、迷わず校舎へと繋がっている。
「私も、学さんと繋がってる。でも、それでも……、瑞貴が好きなの」
瑞貴は私を好きだと言ってくれる。だから、もしかしたら若菜の時みたいに、この先赤い糸がほどける日が来るのかもしれない。
それでもまだ、繋がっている。
抱きしめている腕から、私の震えを感じ取ったのだろうか。瑞貴が体を離して、自分の右手を見せた。
「見える?」
「うん……」
こくんとうなずくと、不安を打ち消すように、瑞貴はいつものようにニッコリと笑った。
「そっか。じゃあこの糸は、どれだけ時間がかかっても、いつか絶対に芙結に結ぶから」
その笑顔のまま、瑞貴は大きく腕を広げた。
「だから安心して、こっちおいで」
ずっとずっと、隠してきた気持ち。この恋を打ち明ければ、きっとお互いに幸せにはなれない。そう思ってきた。
だったら、この気持ちはなんだろう。幸せ以外の名前がついているの?
大きく広げられた腕の中に飛び込む。
「好きだよ、芙結」
「私も」
その瞬間、赤い糸はスーッと消えて、全て見えなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます