第50話 杖について

 俺とシエラフィルはあの男から研究所までの

大雑把なルートや研究所の内部構造について

聞いた後到着時怪しまれないように

牢屋に入って待機していた。

「そういえばアンタあの杖なによ。」

暇を持て余したシエラフィルが

そういえばといった風に

俺の杖について聞いてきた。

「あぁ。」

どうしたものか普通に話してもいいが

俺だけの秘密にしておきたいという

気持ちもあるが、

「なに!言えないの!」

「んー...。」



遡ること数週間前。

俺は理事長に紹介状をもらって翻訳魔道具の

製作者に会いに行っていた。

「ささ、座って座って好きにくつろいで

いいからね。」

そう言って俺をソファに座るように促したのは

ネイデル・グランツェ。

あの魔道具の製作者でありラグナ

魔術大学の講師だ。

「で、今日はあの翻訳魔道具について聞きに

 来たんだってね、遠慮なく聞いてくれ。」

ネイデルさんが向かいにどっしりと座る。

「じゃあさっそくなんですけど、

 あの魔道具は存在しない言語なんかも

 翻訳できますか?」

「ほう、と言いますと?」

「俺は魔術を複合させて使うんですが、

それには詠唱にとても

時間がかかるんですよ。」

「魔術を複合!そんなことできるのかい!?」

やっぱり魔術の複合はあまり知られていない

技術なのか。

「二つの魔術の詠唱を一節毎に交互に詠唱することで魔術を複合させることができるんです。」

「たとえば水に雷を纏わせたりなんかね。」

「ほぉーそんなことができるのか。

初めて知ったなぁハハハー。」

ネイデルさんは腕を組んで興味深そうに

頷いている。

「もちろんこの方法を使えば魔術の威力は

 爆発的に上がります。」

「ただ、詠唱に時間がかかる。」

「そうでしょ?」

さすがあの魔道具を作った天才だ話が早い。

「その通りです。」

「そしてここからはあくまで俺の予想なんですけど魔術の詠唱ってのは何か世界のエネルギーみたいなものに接続して魔術を行使するための

合図のようなものなんじゃないかって

思うんです。」

「もしその理論が合ってたらこの魔道具を

使えば新言語として登録さえすれば

詠唱を省略して魔術をウォーターや

サンダーなんかの一言で使えるん

じゃないかって。」

俺はそう言ってポケットから

翻訳魔道具を出した。

「なるほど。」

ネイデルさんが腕を組んでうーーん。

と悩んでいる。

「新しく言語を登録することは可能だし

君の言うように新しい言語としていれれば

サンダーの一言で詠唱全部の

意味を担うこともできる。」

「そして君の魔術に対しての考えに近しい

文献は実際にある。」

「ただ、魔術の数も少ない大昔の文献で

ありかなり信憑性は低い。」

「じゃあやっぱり...」

「でもね、正直僕は君の理論に興奮したよ!

 それだけで試す価値はある!」

ネイデルさんは顔を突き出して興奮している。

「ほんとうですか!」

「うん!試してみよう!」

そう言うとネイデルさんは

書斎に入って行った。

しばらくすると一冊の本を持って

俺の元に戻ってきた。

「これがさっき言っていた文献に

関する本だよ。」

「これによるとその時代には人間が魔術を使えるのは魔力をエネルギーにして精霊が

術式を構築してくれているからと

考えられていたみたいなんだ。」

「確かにそう考えると本来どこにも存在しないはずの魔術式を人間が詠唱するだけで

行使できるのにも説明はつく。」

「ただ仮にこれが本当だとして僕の魔道具は

 相手の言語を翻訳するのと同時にこちらの

言語を相手に合わせて翻訳する

機能があってね」

「対象を指定しなければいけないんだ。

 問題は存在が見えない精霊をどうやって

対象として選ぶのかってことなんだよ。」

確かに視認できない以上対象にはできない。

「うーーん。」

俺たちはそれぞれ腕を組んで考えていた。

「そうだ!普段は人間が対象なんだから

対象を人間以外の全てに

すればいいんじゃないか!」

「そんなことできるんですか!?」

「やったことはないけど多分できる。」

「それにもしこれが成功したら君のネーミングにもよるが敵が魔術師でも詠唱でなんの魔術か

バレることがなくなる!」

「おぉーーー!!!

盛り上がってきたァァア!!」

そう言ってネイデルさんは魔道具を持って

工房に潜ってしまった。

「ふぅう、出来たよ。」

二、三時間もするとネイデルさんが

工房から出てきた。

「ここに魔力を込めると

言語の新登録ができる。」

そう言って元の形より少しゴツくなった

魔道具をネイデルさんは俺に渡してきた。

俺は普段つけているように耳の後ろのあたりの髪に挿すようにして取り付け魔力を込めた。

「新言語の名称を決めてください。」

魔道具から声が聞こえる。

言語名か。別になんでもいいんだろうがこう

パッと思いつかないよなぁどうせなら

カッコよくしたいし。

あっそうだ。

「言語名"日本語"」

日本語ならこの世界の人間にはなんの

魔術かまずバレないしな。

我ながらなかなか頭が冴えている。

「に..ほ...ご?なんだいそれは?」

ネイデルさんが不思議そうな顔をする。

「いやぁー今テキトーに考えた名前です。」

そして俺は手始めに水魔術の詠唱を日本語で

"水球"で

登録してみた。

「登録も済んだことだし

早速やってみてくれよ。」

「はい。」

「よしっ。」

俺は右手を前に突き出しいつも通り

魔力の流れを作る。

「「"水球"」」

俺が力強くそう言うと同時に俺の手のひらから

水魔術が射出された。

「おぉおぉぉお!!!!!」

実験大成功だ。

「やっったぁぁあ!!!」

俺とネイデルさんは抱き合って喜んだ。



その後ネイデルさんが最良の形にすると言うので、一度預かってもらい最終的に

魔術師らしさや威嚇の意味を込めて

杖の形になった。

まあ確かに髪につける形だと手のひらで魔力を込める以上常に魔力を持った状態にすることはできないが、杖ならば手で持っているから

常に魔力を流せる。

それにかっこいい!!

「ねぇアンタ!聞いてるの!!」

シエラフィルが少し怒った顔で俺の方を見る。

「言ーわないっ。」

せっかく異世界に来たのになんのチートもない

俺だ少しくらい特別感は欲しい。

「はぁ!?アンタ私のこと舐めてるでしょ!」

そういったシエラフィルが

俺に襲い掛かろうとする。

「おいお前らそらそろ着くぞ大人しくしろ。」

先ほどまでふざけていた俺たちの元に

赤髪の男がやってきて忠告する。

「港に着いたらお前たちは商品だ

 絶望しきった顔でついてこい。」

「そのあとはお前らは好きに暴れろ。」

「あぁ。」

俺の態度を見て落ち着いたのか先程まで

怒っていたシエラフィルも大人しくしている。

ギゼルアまったくの未開の地だ。

気を引き締めていこう。

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