第14話 はじめてのものたち4

廃れた飲み屋、もう経営はしてないであろう

外観に埃をかぶり蜘蛛の巣の張っている内装。

そこには、正道を進んではいないことが一目でわかる男たちが集団となって居座っている。

その飲み屋に不揃いの黒い髪と長い耳を

フードで覆い隠した子供が入ってくる。

「おう、クソガキやっと帰ってきたか!」

「ちゃんと金は集めてきたかァ?」

部屋の真ん中にいるリーダーらしき男が目を

見開いて高圧的に子供に話しかける。

「...ごめんなさい。...言われた通りおばあさんから盗もうとしたけど、途中でバレちゃって...」

子供は怯えた様子で命令を遂行できなかった

ことを伝える。

「カッ!どうせそんなこったろーと

思ったぜ。」

「じゃあパパとママにはあなたたちの

子供は言うことの聞けない悪い子でしたって

伝えておくぜ。」

「や、いや...やめてください...お願いします。」

子供は消極的でありながらも

己の意思をリーダー風の男に伝えた。

「あ?」

しかしそれが、男の逆鱗に触れた。

「言うこと聞けねぇ悪い子なお前が

悪いんだろうがぁ!」

男は百九十センチ百三十キロはあるだろう

かというその体躯を大きく広げ子供に

殴りかかった。

子供はわかっていたかのように体を小さく

丸めて、その後来るであろう痛みに備える。

だが、いつまで経っても痛みは

やってこなかった。

子供が丸めた体を起こして前を見ると

そこには殴りかかった男とは別にもう一人の

男の姿があった。

その男が振りかぶられた拳を止めて

子供を守っていたのだ。

「やれやれ、子供に手をあげる大人には

なりたくないもんだなシディよ。」

「まったくその通りだよ、父さん。」

と言いながら子供の後ろから同い年くらいの

少年が歩いてくる。

拳を振りかぶった男が怒りに体を震わせる。

「てめぇ、何者だ。」

拳を握り止めていた男は相手の腹を蹴り上げ

部屋の奥へと飛ばした。

「俺の名前は、デアル・レント王宮の衛兵だ!

 盗賊集団のリーダーレイゲル・サムス

 及びその仲間を捕まえにきた!」

「死にたくなかったら誰も逃げるなよ!」

男は自分の名前、役職、ここにいる

理由を高らかに宣言した。

「大丈夫?怪我してない?」

デアルと共に来たシデアが子供に近づいて

声をかける。

「う、うん...ありがとう。

でもどうしてここがわかったの?」

どう説明したものか。これからこの子が

知ることはおそらくこの子を深く傷つける。

二度と立ち直れないかもしれないほどに。

「なぁんだよぉ!クッソバレてんのかよ!

だからあれほど顔隠せって言ったんだよ

クソガキが!」

あいつあんな吹っ飛ばされたのに

まだ動けるのか!?

「あー?強めに蹴ったんだがな

お前結構タフだな。」

デアルが立ち上がってくる

レイゲルを睨みつける。

「はぁ、てめぇ俺の正体を知ってるってことはそのガキのことも知ってるんだろ?

 なんでわざわざ助ける価値もねぇ

そんなガキを助けるんだ?王宮の衛兵は

王族を守るのが仕事なんじゃねぇのか?」

レイゲルはため息混じりにそう言った。

「確かに俺の仕事は王族の安全を

確保することだがな。子供を食い物に

するような奴らはどうも

許しておけねぇんだよ。」

デアルは怒りをあらわにし腰の剣を抜いた。

「てめぇ王宮の衛兵だからって調子に乗んなよ俺だって伊達に盗賊団の

リーダーやっちゃいねぇ。」

そう言ってレイゲルはバーカウンターの

裏から自身の身長ほどある大剣を取り出した。

なんでサイズの剣だ。大丈夫なのか?デアル。

そんな俺の心配とは裏腹に両者の勝負は

デアルの勝利という形で一瞬にして終わった。

最初レイゲルが大きく踏み込み間合いを

詰めると同時に大剣を振りかぶった。

だが、その大剣が降り始めるより

先にデアルの踏み込みが終わり

レイゲルは右肩から左脇腹にかけて

斬り伏せられた。

あまりの早業に呆気に取られてしまったが。

俺はすぐにほかの仲間たちを逃さないように

するという役目を思い出した。

だが、あたりを見渡すとほかの仲間たちは

リーダーが圧倒的力でねじ伏せられたのを

見たからか瞳に反抗の意思が

一切見られなかった。

おそらく、全身で感じているのだ

この男には勝てないと。

デアル、強すぎるだろ。

思わず俺も苦笑いをしてしまった。

「グハァッ!!」

デアルに敗れ、床に大の字に倒れている

レイゲルが血を吐く。

「ハハッ、クソッタレがお前強すぎるだろ。」

「死にはしねぇ。

そういうふうに斬ったからな。」

「ちゃんと罪を償ってもらうぞ。」

デアルは倒れているレイゲルの顔をさっきより一層鋭い目で睨みつけた。

「罪を償う?」

「そういえば、おい!クソガキ」

レイゲルはフードを被った子供に一方的に

押し付けるように話し始めた。

「え...はい?」

子供が怯えた様子で返事をする。

「おまえいったい何を言う気だ?」

デアルが怪しむ。

「お前とパパとママだけどな...」

「おいやめろ!それ以上言うな!」

デアルが声を荒げて止めようとするが

間に合わなかった。

「もうとっくの昔に死んでんだよ!!!」

その言葉はしっかりとその子供の耳へと届いてしまった。

クソッ。あいつ本人にあんな風に...



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「レイゲル・サムスの盗賊団がエルフと人間の家族を襲ったっていう話が数年前にあった。

 だからもしあの子の言うレイゲルさんって

のが奴のことならおそらくご両親はもう...」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



クソッ。俺がもっと注意を払っていればもっと傷つかない形で...

「それをてめぇはよ!!親が死んじまった

ショックから捨てられたと

勘違いしてやがんだ、傑作だったぜ!」

「お前で遊んだこの数年間は楽しかったぜ!

パパとママに迎えに来てもらえるようにって

せっせこ働いてよ!」

「親が迎えにくるわけねぇのにな!

ハッハッハッハッ!!!」

「っ。」

あの野郎。

「じゃ...じゃあ最近いい子にしてたから...

迎えに来てくれるってのは...」

「そんなもん嘘に決まってるだろ!!

ハハハッ何言ってんだてめぇ!」

「そんなのはあくまでお前をからかって

面白がるための嘘だよ!!」

「...え?...嘘......?」

「じゃあ、パパとママは来てくれない...」

涙も枯れたような赤い瞳がその心を

表すかのようにカタカタと震える。

「あたりめぇだろ!だからいつも言ってんだろてめぇは天涯孤独。

誰にも愛されないってな!」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「お父さんもお母さんもいない...天涯孤独。」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「っ。」

ピキッ

その時俺の中で何かが切れる音がした。

「そんな天涯孤独のお前をせっかく面白がってやってたのに、その俺にこんな

仕打ちをしやがってこのクソ...」

「「母なる精よ 怒りの精よ  今一度世界のために 貫くために  従い導け」」

「お前はもう黙れ!」

ドガンッという重い音がすると

同時にレイゲルを覆うほどの岩が雷を纏い

レイゲルを押し潰した。

俺は怒りのあまりこの魔術で出せる

最大の威力でレイゲルを攻撃してしまった。

奴の生死なんか考えられないほどに

俺は頭に血が昇っていたのだ。

「いい判断だシディ、あと少しでもあいつの

声が聞こえたらお前たち子供の前で

人を殺すところだった。」

「安心しろ、あの巨体だ死んじゃいない。

 ただしばらくは目覚めないだろうから

 そのうちに牢屋に運んでおこう。」

「お前らも大人しく着いてくるよな。」

デアルはそう言ってレイゲルの仲間達を威圧した。もちろん逆らうものは一人もいない。

バタッ

後ろで何かが落ちるような音がした。

振り返ると倒れている少女の姿があった。

あれだけのショックなことがあったんだ

気を失っても無理はない。

他人の俺だって正直今からでもレイゲルを

殺してしまいたいほどだ。

彼女の精神への負荷は計り知れないだろう。



こうして、レイゲル盗賊団は一掃された。

後々わかった話によると問題になっていた

馬の盗難事件も奴らの仕業だったらしい。

それが解決したことによりデアルの馬も

返ってきた。全てはとんとん拍子に

解決していった。だが、彼女の両親を

奪われたことによる心の傷は簡単に

癒えるものではない。

一生癒えることはないのかもしれない。

「...。」

「おい、シディ一人で考え事か?」

俺が一人くらい顔をしているとデアルが

やってきて話しかけてきた。

「ねぇ、父さんって冒険者だったんでしょ?」

「あぁそうだぞ?」

「あの子みたいな状況の子って

今までにもいた?」

デアルは真剣な顔をしてしばらく黙った後に

口を開いた。

「数え切れないほどな。その度に吐き気を

催し、やった奴をぶっ殺したくなったよ。」

「もう何人そんな子供を

見てきたかもわからないさ。」

デアルはとても悲しそうな顔を

してそう語った。

俺はあんなクズは初めて見た。

俺のいた世界には日本にはあんな人間のクズ

いなかった。だからこそ許せない。

そんなことを平然とやってのけるあいつらを、異世界ライフなどと甘い考えを持っていた

俺自身を。俺はデアルの方を向いた。

「父さん、俺はあの子みたいな子がこれ以上

 生まれない世の中を作りたい。

 誰も辛い涙を流さなくていい世の中を。」

「だからもっと、もっともっと強くなる。」

自分で子供のの言う絵空事のようだと思った。

それでも、あの子の顔を思い出すと

そう宣言したくなったのだ。

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