私とママとコーンスープ

ソウカシンジ

私とママとコーンスープ

 寝息を立てながら丸まった小さい身体。やっと寝てくれた。私は虎太郎(こたろう)の様子をうかがいながら、起こしてしまわないように敷布団から這い出る。そっと立ち上がり、最近覚えた抜き足と差し足を使って寝室を後にする。

 薄橙色の灯りがついたリビング。そのドアを開けると夫がコーンスープを机の上に二つ用意して待っていた。

「虎太郎寝た?」

「やっとね。」

「やっぱり華菜(かな)の方が寝かしつけるの上手いな。」

「ママって呼ぶ練習してよ。虎太郎に呼ばれたら困っちゃう。寝かしつけはパパも上手くなって下さい。」

「わかったよ、ママ。」

椅子に座って、スープの入ったマグカップを

手に取る。

「まだあったかいね。」

「見計らってたんだよ。ママが戻るタイミングをね。」

「できるパパですこと。」

ダイニングの机に座り、向かい合って話する。ただそれだけの時間が、育児を始めてからとても貴重になった気がする。

そして、私はこの時間によって不思議と報われていくのだ。一日の頑張りも気配りもなぜだかそれだけで。だからこそ、私は自覚できるほどにこの時間を欲しているのだ。そしてなぜかこのように物思いに耽ってしまう。

「飲まないの?コーンスープ。」

パパの一言で現実に引き戻される。

「ううん。いただきます。」

吐息でコーンが揺れている。私の口の中へコーンスープを流し込んでいく。行きすぎた温もりがマグカップを傾ける手を止めた。

「熱っ。」

「大丈夫?ほら、水。」

水を飲む。私はまた、コップを傾ける手を止めた。ただの水なのに、なぜ。わからない。私は話題を振ることにした。

「育休、次はいつ取れそう?」

「来週の水曜日か金曜日のどっちかかな。」

「じゃあ金曜日お願いできる?」

「オッケー。お弁当俺が作るよ、何がいい?」

「唐揚げ。」

「冷凍でいいなら。」

「お願いします。」

 ふと、宏樹(ひろき)の手に触れる。どうしたのだろう。急に。

「どうしたの急に。」

「ううん。何でもない。」

 ダイニングテーブルには空になったコーンスープと飲みかけの水が置かれていた。

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私とママとコーンスープ ソウカシンジ @soukashinji

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