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浴衣姿。
完全に丸腰としか見えないその姿。
男なら、すれ違いでもしようならつい二度見してしまいそうな愛らしい目もと、すっと通った鼻筋に、凛とした唇。つまりは美少女である。
女性はしばらく床に目をやっていたが、暫くして不敵な笑いと共に男たちを順に見据えた。
「なんだこのアマっ! バカが、弱腰だ、テメェら、やっちまえ!」
ただ、瘴気とすら形容できそうな気迫に、手を出そうとする者がいない。少女は続ける。
「おいお前ら、ちびっこ相手にこんなことしてタダですむ思てへんやろなぁ?」
男のうち一人が応える。
「てめぇ、学生だな? 学生風情が何のつもりだ」
少女は再び声を出す。その、ぽッとするような、ドスの効いた凄艶な声色!
「一度ならず二度までも富を掠め穫ろうとするその見上げた根性、見過ごすわけには行かんで」
フルフェイスの男が言う。
「し、知ったことか! 俺等は命令されただけで…」
「バーロー、指示役すら黒幕は知らねぇのに、俺等を挙げてどうするつもりでぇ」
「暴れても構わねぇって言われてんだよ。…この際だ、身内か何か知らんが、殺すぞ」
ここで男たち四人がほぼ同時に、
「おうっ」
言った瞬間だった。バールを持つ男その一を、その手持ちのバールで頭を打撃するモネ。
「!?」
脳震盪を起こしたのか、その場にくずおれる男その一。
「やるな…だが俺にはこれがある」
巨大なサバイバルナイフを取り出す男その二。
「ふっ、あんたのイチモツはそれよりデカいって言うんかい!」
「な、何を…! 舐めてっとぶっ殺すぞこのガキ!」
見ていると、モネは帯のどこかに指していたのか、ドスを取り出す。
「残りの四人、よお見とけ。このドスがだんだん怖なってくんで」
「そ、そんなちっけぇドスで何ができる」
「そうだそうだ」
「やっちまえ!」
☆☆☆
サイレント・キリング手法のひとつで、実の父に教わった暗殺術。そのバリエーションである技、もとい、『甲賀流幽凶斬り』という秘技を体得していたモネに、そんな野次馬の脅しは効かない。
これから行われようとしている術は、一撃必殺の秘術であるからだ。
「じゃ、行くで」
ドスを斜め上に掲げ、ささっと腰を動かし、しゅッと一撃。
峰打ちでうずくまる男その二。
男その三があたふたと口を開く。
「く、黒幕なんか知らんぞ! お前も知ってるだろうが、俺たちは雇われただけだ! 俺等を痛めつけたって何の証拠も掴めねぇよ!」
「黒幕だぁ? その黒幕さんも、お前らがいなきゃ困るんや。曲りなりにもお前らの御主人様に奉じる命を無駄にするつもりかいな? この、吟さんの左肩に咲いた、幽冥境を分かつ八分咲きの梅の華、落とせるっちゅーんやったら」
右手を左手の袖にあてがい、浴衣の袖をまくってゆくモネ。
そして、梅文様の巨大な彫り込みを見せつける!
満開間近な梅が、これでもかと幽美に、艶やかに描かれたタトゥーだった。
「落としてみいや」
男どもが呆気に取られているのがヘルメット越しにでもわかるようだ。
バールで殴られていた男が、意識を取り戻したのか、再びモネに近づいてきて、バールを頭上高くに振り上げ、正面から叩きつけてくる。それを僅かな瞬間でヒュンッと脇に避けるモネ。
「避けただとっ!?」
男の真横に居たモネは、今度はドスの柄で肋骨の間の急所を狙う。
「いてぇっ」
「そんな大それた技が効くかいな、バカが」
地面に這いつくばる男。
今度は先程から様子を伺っていた三人のうち二人が、同時にサバイバルナイフを持って左右からモネを狙う算段を始めた。モネは三人目を目の前に睨みつけつつ、左右180度に目をやりながら、間合いを取る。
いつの間にかモネもまたもう片方の手にドスを装備していた。
だが、何かがおかしい。
「こいつ、まさかこんなときに」
モネは目を閉じていたのだ!
ナイフとドスの切っ先が触れ合うか触れ合わないかといった瞬間、金属音がけたたましく響く。
ナイフが二本、天井に突き刺さった。残るは二人。
「て、てめぇ! 妙な真似を」
モネが大声で、
「宏斗君、大丈夫? もうすぐ警察が来るわ。それまでの辛抱よ」
ちょうどその時、サイレンの音が邸宅近くまで近づいてきた。
「くそっ、この野郎…このボウズの命が惜しくないのか」
隠れろと命じたはずだが、宏斗が現場に連れ出されてきていた。その首筋にはナイフがあてがわれている。
「たわけッ! そんな虚仮威しが決まると思うかッ!所詮人一人で大騒ぎしよってからに」
「こ、こいつを殺されてもいいのか、人が一人死ぬんだぞっ」
「構ぁへんわ。お前も一緒に速やかに逝ってもらうで」
言い終わるや否や、ダーツの要領でモネはドスを投げつける。
喉への峰打ちが見事に決まった。
ぐぅ、というくぐもった音を出して男は倒れ込む。
同時に宏斗も跪き、
「あ、あなたは…?」
「聞いてたやろ? 吟さん、やで」
最後の男が首をうなだれて立ち尽くしている。どうやら観念したようだが、そこで安心しているモネではない。瞬間、間合いを詰めると、鳩尾に肘鉄を食らわし、意識を亡きものとさせた。
すると、玄関近くから声がしてくる。
「北町警察だ!」
モネは、着崩れした浴衣を正して、そんな存在は無かったと言わんばかりの逃げ方でその場を後にした。
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