ヒューマノイド
ボイジャーから出てきたのは旧型の家庭用アンドロイド。タイプは恐らく
『スーちゃん! やっぱり、無事だったのね!』
本来搭載されていないはずのスピーカーが胸部に取り付けられており、そこから女性の声が聞こえた。恐らく後付けで取り付けたのだろう。スーちゃんというのはスリーズの愛称みたいだ。
「……遅いよ、カグヤ」
スリーズが力なく微笑む。対するカグヤのディスプレイモニターも笑顔のままだった。ストレルカが困惑した様子で二人を交互に見ている。
「え? カグヤって、この旧型のアンドロイドのこと?」
「ストレルカ、きっとこれはウイルス対策だよ。生身で来たら感染してしまう。かといって、ウイルスを完全に防ぐための装備はすぐには用意できなかったんだと思う。だから、この殆ど骨董品みたいなアンドロイドでデブリボックスまで来たんだ」
「ええっ、こんな玩具みたいな手でボイジャーの操縦なんて出来るの!?」
『骨董品とか、玩具みたいとか、散々言ってくれるわね……このαモデルの開発には私のひいひいひいおじいちゃんが関わっているんだからね。それに、操縦ぐらい問題ないわよ」
カグヤのディスプレイモニターが怒ったような口が開いた顔になる。知らなかったとはいえ、少し言い過ぎてしまった。それにこのαモデルは僕らにとってもひいひいひいおじいちゃんのようなものかもしれない。
「ストレルカは知らないかもしれないけれど、二世代前のボイジャーなら、自動操縦の機能がある。ある程度は手動の部分もあるけれど、問題ないはずだよ。ただもちろん、帰りの操縦は出来ないからそこはスリーズがやるって感じかな」
『そうそう、君は賢いわね。っていうか、どちら様?』
ディスプレイがクエスチョンマークになっている。そういえば何も自己紹介などしていなかった。
「僕はベルカです。こっちはストレルカ」
二人揃って
「……カグヤ、ベルカとストレルカは密航船が捨てていた脱出ポッドに乗っていたの。それでここにいて、わたしの命の恩人」
『そういうことね。アストロノーツが開いたシグナルがきたときに、ひょっとしてと思ったけれど、一体どうやって開けたんだろうって思っていたのよね』
「……中から開けられるかどうかは分からなかったから、賭けだったの。ベルカとストレルカが居なかったらわたしは、アストロノーツの中で死んでいたと思う」
ディスプレイが、泣いている顔文字に変わった。エモート機能を使いこなしている。
『でも、本当に良かった。よくあの状況で、アストロノーツに入るって考えが浮かんだね』
「……だってカグヤが言っていたでしょ。わたしなら丸ごと入るんじゃないかって」
『そうだっけ』
「……なんかムカついてきたかも」
『ご、ごめんごめん』
ディスプレイが目をぎゅっと瞑るような顔に変わった。一体何通りのパターンがあるんだろう。
「……それで、カグヤ。そのボイジャーに全員乗れる?」
『これは二人乗りなの、最悪の場合私が操作しているこのアンドロイドをデブリボックスに置いていけば、スーちゃんともう一人乗せて帰れるわ。無理すればもう一人ぐらい入れるかもしれないけれど、その分燃料が多く減るし、酸素も薄まるから、現実的ではないわね』
「……全員で帰れないってこと?」
『最初はそう思ったんだけどね、そうでもなさそうね』
僕は驚いてカグヤを見る。ディスプレイは笑顔に戻っていた。
『ごめん、ちょっと画質が荒くてよく見えないんだけど、ベルカ。もっとこっちに来て』
スリーズを抱いたまま、僕はカグヤのアンドロイドに近づく。そして恐らくカメラが内臓してある位置に顔を寄せた。
『やっぱりね。
「僕とストレルカ以外にも二機、
『流石は、オペレートね。賢さは抜群! ちなみに君は私のおじいちゃんの
黙って聞いていたスリーズが僕の服の袖をめくって、肩を出した。そこには小さな外部ボタンがある。よほど使うことはないが、スリープモードから強制的に起動するときなどにも使われる。最後に押されたのは、ヴェスタ孤児院の中庭で、掃除をサボっていたときストレルカに起こされたときだっただろうか。
「……ベルカもストレルカも、人型のアンドロイドだったの?」
スリーズの問いにストレルカはさも当然かのように答えた。
「あれ、言っていなかったっけ。だって私もベルカも、お水飲んでいなかったでしょ」
「……そういえばそうかも」
テントから離れた場所に移動させたチャイカとリシチカも、足を怪我していたスリーズは見ていない。彼らの破損したボディを見ればすぐにアンドロイドだということには気づいただろう。よく見なければ分からないほど、
「……どうして、カグヤは分かるの?」
スリーズが率直な意見をぶつけると、ディスプレイモニターが笑顔のまま点滅した。
『言ったでしょ、私は元アンドロイド課。こっち方面は詳しいのよ』
「……カグヤのくせに、すごい」
『くせに、って一言余計なのよね。スーちゃんは』
スリーズは疲労もあるはずなのに、元気を取り戻しつつある。それだけ、カグヤが心強い存在なのだろう。
「……じゃあ、ベルカ。ヴェスタ孤児院にいたって言っていたけどみんなアンドロイドなの?」
「そうだよ、一度閉鎖してからは、アンドロイドだけを集めていたみたいだ」
『なるほどね……ウフルが、ヴェスタ孤児院は閉鎖されていたって言っていたけれど、こそこそとアンドロイドを集めていたわけね。ジオテールの計画の一端だ』
「カグヤはジオテールを知っているんですか!?」
ストレルカが声を荒げる。ディスプレイの表情が怒りの顔に変わった。
『知っているもなにも、ジオテールをとっちめるために動いているのよ。ストレルカたちもあいつのせいでここにいるんじゃないの?』
「そうなんです。資源採集だって捨て駒扱いされて……それも、ベルカが気付いていなければ、ただ利用されていたと思います」
『オペレートのAIは自己学習するからね。そこはジオテールにとっての誤算だったわけだ』
「私と、ベルカも一緒に連れていってくれますか?」
ディスプレイは再び笑顔になる。単調な映像だが、何だか気持ちが良かった。
『もちろん、記憶領域に関することは
「はい、大丈夫だと思います。ベルカも、大丈夫だよね?」
「うん、出来るよ。バッテリーは節約していたから、少し時間はかかるけど問題ない」
『じゃあ、よろしくね。取り出し方はスーちゃんに教えるから。あと、さっき言っていた二機の
テキパキと指示を出すカグヤに、スリーズは驚いた様子だった。それでも、抱えていた僕から離れて地に降りると、覚束ない足取りでカグヤのアンドロイドに抱き着いた。
「……ありがとう、カグヤ。わたしを、ベルカとストレルカを助けにきてくれて。でも、わたしはここのウイルスに感染していると思うの」
『それなんだけど……アイラスさんが色々調べてくれたんだけど、
「……え?」
『まだ確定じゃないけれど、今脈拍や網膜スキャンした感じだと栄養不足かなっていう感じね。足はひょっとしたら骨に異常があるかもしれないけれど、命に別状はないんじゃないかな』
スリーズが抱き着いたタイミングで色々と調べていたみたいだった。僕には出来ない芸当だ。
「……じゃあ、もしかしたら大丈夫かもっていうこと?」
『うん、もちろん精密検査はするから、戻ったら月面都市の病院に行かないといけないわね。あそこの病院食は不味いって有名よ』
そういうとカグヤの操作するアンドロイドが玩具のような腕を伸ばしてスリーズの頭を撫でようとした。しかしスリーズの足がもたついて体勢を崩したせいで、まるでげんこつのように玩具の腕がスリーズの脳天に直撃した。
「ふぎゃっ」
スリーズの情けない声に反応して、ディスプレイは笑顔のエモートを映し出していた。
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