終章

反デブリ派の影

 ボイジャーが無事にデブリボックスから飛び立ち、一気に肩の力が抜けた。ボイジャーにはスリーズと、外部メモリが四つ。それぞれベルカ、ストレルカ、チャイカ、リシチカのものだという。だがよくもまぁこれだけの数のアンドロイドをジオテールは所有していたものだ。

『こちら管制課、ツバサです。ヴァンガードさん、首尾はどうですか?』

『ああ、問題ない。計画通り、ヒナバチがうまくやってくれたさ』

 部下の働きを自慢げに答えると、ツバサが大きく息を吐くのが分かった。その反応をみて、くすくすとアイラスが笑った。

『ツバサくん、随分と彼女のことを心配するわよね』

『なっ!? そんなことありません! ただ僕は作戦が失敗したときクビになるんじゃないかってひやひやしてただけですよ、アイラスさんも同じでしょう!』

『うーんでも、それにしてはツバサくん顔が真っ赤だけど?』

『ちがっ、これは……って、これは音声回線しか繋いでいないですよ!』

 緊張感から解放されたからか、二人は何だか和気あいあいと話し合っている。

 デブリボックスからアストロノーツが開錠されたシグナルがきたとき、すぐに行動に移ったのはカグヤとツバサだった。きっとスリーズが生きているというカグヤの意見をツバサは素直に受け止めて、新型ボイジャーを手配してくれた。そしてカグヤの機転で、アンドロイド課で標本のように飾られている旧型のアンドロイドを拝借し、外部パーツを積んで救出作戦に向かった。二人の連携がなければ救助はおくれ、スリーズは栄養失調で倒れていたかもしれない。それに、ベルカたちもバッテリー切れを起こしてしまっていたら、足を怪我していたスリーズは一人では動けなかっただろう。

 これまで失敗続きだったが、今回の作戦は何とか奏功そうこうした。リモンチクに頼まれていた約束を果たせて、胸を撫で下ろす。だが俺がしたことといえば、ウフルを取り押さえたことぐらいだ。何とも情けない船長だ。

『――っと、ヴァンガードさん。所長からです、通信変わりますね』

『ああ、了解』

 オペレータールームのモニターの一部がノイズを発する。ややあって、明瞭な画面に切り替わる。そこには以前よりも頭の薄くなったタイロスがいた。

『よう、タイロス。こっちは忙しいってのに、散髪でもしてきたのか』

『黙れ、ヴァンガード。こっちだって死ぬほど忙しいっていうのに……おい、左腕はどうした?』

 ウフルとの攻防で、義手は使い物にならなくなっていた。一度スペースコロニーに戻ったときに修理に出していて、今は何もつけていない。

『色々あったんだよ。スペースコロニーに戻ったら、またくっつくさ』

『そうか。まぁお前は腕よりも、その舐めた態度をとる口を縫ったほうがいいだろうな。それで、スリーズは無事に回収できたんだな?』

『ああ、いまのところ感染しているとは思えん数値だ。そっちにも共有する。アイラス、頼めるか?』

「お安い御用よ」

 アイラスはそう言われると想定していたのか、ボタン一つでスリーズの生体情報を管制課に送る。タイロスの周りには何人か人がいるようで、囁きあう声が聞こえてきた。

『それでだ、タイロス。デブリボックスにはスリーズ以外にもアンドロイドが送り込まれてた。この間の違法投棄の脱出ポッドに入っていたらしい。密航船の所有者は特定できたのか?』

『アンドロイドか、やはりな』

 タイロスは画面の向こうで顎鬚をなぞる。すでに何か情報を掴んでいたようだ。だったら何か情報ぐらい寄越してほしいものだが、管制課には管制課のルールがあるのだろう。

『やはりってことは、何か知っているんだな?』

『ああ、お前がとっ捕まえたウフルがいたヴェスタ孤児院だが、別件で調査していたんだ。そこの司祭と、ジオテールが繋がった。そして密航船ともな』

『管制課ってのはそんな探偵めいたことまでやってるのか? しかし、ヴェスタ孤児院って、リモンチクのいたところだろ。なんでそこに?』

『閉鎖されていたんだが、秘密裡に廃棄予定のアンドロイドを改造していたらしい。もうすでに現場は取り押さえた。司祭も入れ替わっていて、ジオテールに協力していたのはオリオンって技術者でな、すぐに全部吐いたさ』

『なるほどな、アンドロイドを利用して一儲けしようってか。だがそれだけ大掛かりなことを二人だけでやっていたとは到底思えねぇな』

『その通りだ。背景に何らかの犯罪組織が絡んでいる可能性がある。ジオテールの身柄は確保できていないが、時間の問題だろう。見つけ次第拘束する』

『なんだあの野郎、なにか察して雲隠れしやがったのか。さっさと見つけ出して捕まえてくれ、そいつは疫病神だからな』

 タイロスが頷く。会話の切れ目とみたのか、白衣の男が何かタイロスに耳打ちしている。タイロスは再び何度か頷くと、こちらに向き直った。

『スリーズは念のために滅菌室で消毒したのち、栄養のある食事と水分を十分にとらせて一週間隔離してほしいとのことだ。身体データは二十四時間、こちらと繋いでくれ。信頼のおける医師たちで管理する』

『分かったよ、じゃあスペースコロニーについても暫くスプートニクは休憩だな』

『どっちにせよ、そのスプートニクはもうお役御免だ』

 聞き捨てならない一言だった。俺は身を乗り出して答える。

『おい、まさかまたスペースデブリ課の活動を休止するんじゃないだろうな』

『早とちりするな、ヴァンガード。今回の件もそうだが、2204の件でも進展があった。デブリ課に落ち度はない。むしろ予算を増やして、スプートニクも新型に変更だ』

『はっ、マジかよ。ついに俺たちの功績が認められたっていうことか。やったな、アイラス』

 昔からアイラスとはデブリ課で共にやってきた。今は亡きリモンチクに、月面都市で入院しているサクラ、二人の頑張りも無駄ではなかったのだ。

 だがアイラスはなぜか信じられないものを見るような目で、モニターのタイロスを見つめている。

「アイラス? どうかしたか?」

 肩を揺らすと、はっと視線をさ迷わせてから笑みを浮かべる。無理に笑っているのはすぐに分かった。

「ごめんごめん、本当にびっくりしただけよ。なんだか報われたって感じがして」

「そうか、ならいいんだが……疲れたなら少しぐらい休め、俺が代わる」

「うん、じゃあ少しだけ。タイロス所長、失礼します」

 モニターの向こうのタイロスは心配そうにアイラスを見送っていた。空いた椅子にどっかりと座り込んで、俺は気になっていたことを聞くことにした。

『で、2204の件でも進展があったっていうのはどういうことだ?』

『ああ、お前は情報が改竄されていたかもしれないと言っていただろう。そんなことはそう簡単にできることじゃない。だからお前の妄想だ、って突き放してしまった。結論からいうと、確かにカタログデブリの情報が改竄されたログが見つかったんだ』

 タイロスはそういうと、真面目な表情のまま頭を下げた。

『すまない、ヴァンガード』

 思わず面食らって、すぐには言葉を返せなかった。

『よせよ、柄じゃない。それになんだ、頭の火傷はもうすっかり治ったみたいだな』

『……ああ、おかげ様で』

 相変わらず品のない諧謔かいぎゃくをタイロスは苦笑で返す。やっぱりタイロスとはしょうもない冗談を言い合っているのが一番良い。

『にしても、よくそのログを見つけられたな』

『多くのサーバーを経由していて中々特定できなかったが、アカデミーにあるメインコンピューターからのアクセスログがあったそうだ。だがご丁寧に、アカデミーの監視カメラ映像は全て消去されていたよ』

『それだけのハッキング技術と、行動力……やはり、犯罪組織が絡んでるのか。はぁ、前途多難だな』

『致しがたあるまい、それだけ反デブリ派は拡大していたということだ。今回のデブリ課への予算投資も、なんと揶揄やゆされるか分かったものじゃないが、ジオテールの犯した悪事を暴露すれば、下火になるだろう』

『だといいがな』

 ジオテールはヴェスタ孤児院の司祭オリオンやウフルなど、言葉巧みに人を操っていた。それが天性のものなのかは分からないが、あいつが声を大にしていたせいで反デブリ派の気運が澎湃ほうはいとして起こったのだろう。だが、なぜそこまでしてデブリ課を憎むのか、あるいはデブリが消されることを嫌がるのか俺には理解が出来なかった。

 宇宙産業はまだまだこれから活発になっていく。その時に必ずスペースデブリという壁にぶつかるだろう。一歩一歩確実に、早い段階から障害を除去していくのが大切なのだ。

『ヴァンガード、サクラには俺から連絡を入れておく。一週間の隔離が終わったらスリーズは月面都市の病院に検査入院することになるだろう。その時に顔を出してやってくれ』

『ああ、分かったよ。サクラによろしく伝えておいてくれ』

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