ウロボロス

 約三ヶ月間の船旅は退屈なものだった。これでも新しい推進機関なので早いらしい。昔のものだと月から木星まで二年近くかかると聞いて人々の宇宙に懸ける想いの強さが見て取れた。超光速航法(注1)なども、そのうち本当に開発するんじゃないかと思う。

 目的地につくまでのあいだ、基本的にやることはメンテナンスと、機材の調整、備品の清掃。それと、探索する惑星の基本情報を全員で共有することだけだった。

 惑星Xは重力がやや小さく、気温が低い。酸素は充分にあり、地表に液体もある惑星だそうだ。何とも人間に優しい惑星だ。

 そんな惑星Xに到着するまで、猶予はもうない。早いといえば嘘になるけれど、三ヶ月という期間は僕には短かったかもしれない。

「ねぇ、着いたらまず何からしたらいいかな?」

 調査服に着替え終えたストレルカが、ポーチを括り付けながら言う。僕もベルトを締めなおして、ポーチの紐を通す。

「まずは、開けた場所を見つけて拠点を作ったほうがいいかもね」

「確かにそっか。でも、みんな近い場所に降りられるかな?」

「うーん、じゃあ安全を確保したら狼煙のろしをあげるよ」

「リシチカ、惑星Xについたら、ベルカが上げる狼煙を頼りに集合するんだ。いいか?」

 諭すような口調でチャイカが言い聞かせる。

 リシチカは大きく頷いて、ヘルメットを被った。

「うん、でもわたしも火つけるぐらいできるもんね」

「分かってるよ。でも危ないからな、俺と合流するまで勝手なことはしちゃいかんぞ」

 チャイカの声が聞こえているのかいないのか、リシチカはヘルメットを何度も調整している。緊張しているのかもしれない、だがそれは無理もない。僕も少なからず緊張していた。

 脱出ポッドは全部で四つ。どれも一人乗りのようだ。型番を見てもよく分からないが、古そうだな、と思うのが第一印象だった。なんせ宇宙船自体は最新なので、見比べると材質からなにまで全く違うような気がする。

 狭い脱出ポッドに荷物を入れて、一息つくと艦内にアナウンスが流れた。だが、このハッチからでは音が聞こえずらい。

「なんだろ、ベルカ行ってみよ」

 ストレルカに引きずられるようにしてハッチを出る。艦内アナウンスは再度流れた。

『そこの宇宙船、ただちに停止してこちらの指示に従いなさい』

 女性の声だ。窓際へ近づくと、近くに他の宇宙船がある。どうもあの宇宙船からの音声が艦内アナウンスとして流れているらしい。目を凝らしてみると、本でみたことがある機体だとすぐに分かった。

「あれって、スプートニクじゃない?」

「なにそれ」

 ストレルカはあまり本を読まないから知らなくても無理はない。

「スペースデブリの回収船だよ。この近くに、カタログデブリでもあるのかな」

「ふぅん。でも何でその回収船が、私たちの宇宙船を呼び止めてるわけ?」

「それは……」

 全く想像もつかなかった。近くにデブリクラウドでもできて、危険だと忠告してくれているのか。はたまた、侵入区域のようなものがあって僕らはルートを外れているのか。それとも、何か不測の、例えばブラックホールが現れて危険だと言っているのか。

「そこで何をしている!」

 悪い方向にばかり考えていると、他の乗組員が二人現れて僕とリシチカを押さえつけた。そのうちの一人が、抑揚のない声で言った。

「ハッチから出るな。すぐに脱出ポッドに乗りなさい。すぐに降下する」

 有無を言わさぬ力で引っ張られ、僕とリシチカはハッチに戻る。もうすでに、チャイカとリシチカは脱出ポッドに押し込まれ、コンベアが動いていた。

「乗れ!」

 乗組員が強い口調で言う。どこか焦りを含んだ声だ。何をそんなに急ぐ必要があるのか。答えは明白だ。

 彼らはスプートニクの警告を無視している。何か後ろ暗いところがあるのではないか。そう思うのはやはりあの日、ジオテールさんと司祭様の会話を盗み聞きしたからだろうか。

 ストレルカが脱出ポッドに押し込まれた。次いで、隣の脱出ポッドが開く。僕の番だ。

「なぜ、スプートニクの要請に従わないのですか?」

 僕は勇気を出して問う。乗組員は、一瞬動きを止めたが、僕を脱出ポッドに押し込んだ。

「私語は慎め。黙って言われた通りの仕事をこなすんだ」

「この惑星への降下は、正式な手続きを踏んでいますか?」

「黙れと言っているだろう!」

 鳩尾みぞおちの辺りに拳がめり込む。だが、乗組員のほうが痛みで顔を顰めたのが分かった。

「くそ! いいか、良く聞け。一週間後、資源と情報の回収が行われる。お前らは仕事のことだけ考えていろ」

 乗組員はそれだけいうと、脱出ポッドの扉を閉じた。ガタンと音がして、降下準備が始まったのが体感で分かった。もう僕以外は降下済みだろう。無事に惑星Xで集合することを願う他ない。

 ポッドの中には事前に入れておいた荷物と、バッテリー、工具類などが置いてある。壁面はパイプや配線がほとんどむき出しに近い形で、丸い小さな窓だけがついている。窓といっても、分厚いガラスが幾重にも貼ってあるせいで外を見ようと思ってもぼんやりと濁ってみえる程度だ。どの程度の時間で惑星につくのか分からないので、とりあえず余分なエネルギーは使わないに越したことはない。

 振動を感じながら、目を閉じる。現状を整理しよう。

 乗組員は、僕の質問に答えることが出来なかった。表情からみて、やはり後ろ暗いことがあるに違いない。

 これが違法投棄だと仮定して考えてみる。だとすると、非公式に惑星Xの調査を行わせようとしていることになる。それはつまり、先んじて情報、あるいは資源を得たいということだ。

 首謀者はジオテールと、司祭様だろう。今回の託宣は、金儲けの一環なのだろうか。はたまた去年も、一昨年も、こういった違法な金儲けに使われているのか。憶測の域を出ないが、今回が初めてというわけでもないだろう。なんせ、ヴェスタ孤児院は決して貧しい生活ではなかったし、ジオテールも司祭様も上等な衣服を身に纏っていた。金銭に困っているとは到底思えない。

 だとしたら、真面目に惑星調査をすることは二人の私腹を肥やすことになるのではなかろうか。だが、しなければしなかったで報酬は得られない。もちろんこの仕事の報酬だけが孤児院に向けられるわけではないだろうが、残ったみんなが貧しい思いをしては困る。あそこは僕たちが育った場所なんだ。

 だがそうして育った孤児院のみんなはまたこうして、ジオテールの金づるとして使われてしまうのだろうか。その循環性はまるでウロボロスのようだ。

 ふと、僕たちの英雄リモンチクのことが頭を過った。ジオテールは英雄リモンチクが死んで当然、とまで言い放っていたし、デブリ課も蘇ってもどうとでもなると。

 デブリ課。そう、スペースデブリ課のことだ。

 ああ! なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ!

 さっきいたのはじゃないか。ということはつまり、スペースデブリ課は再始動していて、ジオテールはあれを潰そうとしている。僕たちは利用されているのかもしれない。

 脱出ポッドが再び大きく動いたのが分かった。目を開けると、窓の外に何か見える。

「小型の宇宙船……?」

 小さな視界の中で、その宇宙船は旋回して去ろうとしている。遥か遠くに微かに見えるのは、デブリ回収船スプートニク。どんどんと遠ざかっていっているように思えるが、こちらが惑星Xに落ちているからそう感じるだけだろうか。

 よく観察しようとしたが、思ったより惑星Xが近いらしい。脱出ポットが細やかに振動しはじめて、置いてある工具かカチカチと音を鳴らした。

 惑星Xに無事に着いたら、すぐに狼煙をあげなくては。そして、僕たちが本当にすべきなのは何なのか、みんなと相談する必要がある。また"最悪"なシナリオを考えたもんだと冷やかされるだろうか。それでも、開陳かいちんすべきだろう。

 一週間後に資源、情報を回収しにいくと乗組員は言っていた。そう、資源と情報だけなんだ。僕たちは、果たして回収されるのだろうか。




(注1)SFなどにある架空の航法で、光速を超える速さで移動するための技術。亜空間航法や、跳躍航法ジャンプ・ドライブなど。

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