神の子たち
一年に一度行われる託宣の日は、ヴェスタ孤児院にいる子たちが社会に出るのを認められる日である。神の子として社会貢献を行い、得られた報酬の何割かは孤児院に納められることになる。
年々選ばれる人数が減るなか、今回は四人の孤児が選ばれた。
まずは僕、ベルカ。同い年のストレルカ。そしてチャイカ、その妹のリシチカ。これは先生や司祭様が決めているわけではなく、女神ヴェスタの託宣として司祭様が告げて下さる。だが、一昨日盗み聞きしてしまった身としては、
僕たち四人はすでに荷造りは終えて、宇宙船に乗り込んでいた。というのも、僕たちに与えられた仕事は未開拓の惑星の調査。木星軌道にある惑星に赴き、資源の採集や環境、生態系の調査が主となると説明された。もちろん、そういった勉強は散々させられていたけれど、ここ最近で未開拓の惑星が発見されたというニュースはきいたことがなかった。
それでもストレルカは上機嫌で、
「何だか映画や、ドラマみたいでワクワクするね」
と浮足だっている。
「でもさ、危険じゃないのかな」
僕が弱音を吐くと、普段から勝気なチャイカも賛同した。
「少なくとも安全ではないな。それに、本来ならもっと科学的な知識や、不足の事態に柔軟に対応できる惑星探査専門の奴らが探索するんじゃねぇのか?」
「うん、僕もそう思う。でも……そこまで説明されていないだけで、そういった人たちとの同伴という意味合いかもしれない。でも、本当に優秀な惑星探査専門の人たちは土星の調査班に属していそうだよね」
「それもそうね。でも私たちみたいな子供が四人行ったところで、目ぼしい成果は出ないと思うし誰かしら来るとは思うけどね」
ストレルカは不服そうに、椅子に座った足をぷらぷらと揺らしている。
目の前のテーブルには、ピッケルや小さなスコップなど採掘に用いられる道具が置いてある。紙製の標本角箱をしげしげと見つめていたリシチカが意見を述べた。
「でもね、すごいもの見つけたりしたら沢山ご褒美がもらえるんじゃない?」
「そうだなぁ。成果をあげれば、孤児院に残ってるやつらも良い思いをするんじゃねえのかな」
「またご馳走かな?」
「ああ、リシチカが頑張ればみんなご馳走を貰えるかもしれないぞ」
チャイカがリシチカの頭を撫でた。リシチカは、満面の笑みで標本角箱の天板をいじっている。どうやら天板は透明のガラス製のようだ。
「えへへ、お兄ちゃんが作ってくれたこのお花とかもあったら、ここに仕舞っておかなくちゃ」
リシチカは片手で花の髪飾りを撫でながらいう。チャイカがそれを見て頷いた。
「ああ、お花だって立派な成果だからな」
それを見ていて、思わず嘆息する。
「成果、かぁ……」
「相変わらず心配性というか、弱気だね。ベルカは」
「ストレルカが能天気すぎるんだよ。どうしても僕らには荷が重いんじゃないかなって考えちゃうんだ」
「どうしてよ」
「だってさ、えっと……」
僕が言い淀んでいると、がしゃりと何かが割れる音がした。見ると、リシチカがガラス製の天板を落としたようで地面にガラスが飛散していた。
「リシチカ、怪我はないか?」
「だ、大丈夫」
チャイカはすっと立ち上がり掃除道具を持ってくると、ガラスの破片を集める。リシチカは恐る恐るといった様子で眺めていた。
「ちょっと片付けてくるよ。リシチカ、行こう」
「うん、ごめんねお兄ちゃん」
チャイカとリシチカが二人揃って部屋を出る。ちょうど席を立つ口実が出来たと気を利かせてくれたんだろう。リシチカには言い辛い話だった。
「ストレルカ、未開の惑星調査って、今回が初めてじゃないのは分かるよね」
「それはそうよ。これまでも色々調査してたっていうし、今は土星調査も行われているんでしょう?」
「うん。でもね、そういった調査中に事故はつきものなんだよ。公になっていないものもあるんだって、本に書いてあったよ。特に印象に残っているのは、デブリボックスっていう惑星で、未知のウイルスが蔓延していて調査船のメンバーがほとんど壊滅したって事故」
「未知のウイルス……」
「そう、そもそも人が生きていられるのか怪しい場合だってあるんだ。今回の惑星もある程度は調査されてはいると思うけれど、人に害を与える存在は少なくともあると思うけどね」
「でもさ、もしそんな危険な仕事だとしたら、尚更どうして私たちみたいな子供に調査させるのか分からないでしょう? ベルカは難しく考えすぎだよ」
ストレルカは腕組みをして大きく息を吐いた。確かにその通りかもしれないが、どうも座り込んで考えてしまうのが僕の癖でもある。
「どれぐらい危険かどうかの判断がつかないから、僕たちを送り込むのだとしたら?」
「どういうこと?」
「大気の状態はどうか、それこそ、未知のウイルスはいないか。そういったことを手っ取り早く、そしてコストを抑えて知る方法は、実際に人を送り込むことだよ」
「それって……生贄みたいなこと?」
ストレルカは目を見開いて、こちらを見つめる。視線を一身に浴びて、僕は目を逸らした。すると逸らした視線の先に、チャイカがいた。ガラス片を片付けて戻ってきたようだ。
「チャイカ、リシチカはどうしたの?」
「部屋で休ませてきた。話しずらそうな雰囲気だったからな」
そういうと、チャイカは再び椅子に座って真剣な表情になった。
「で、俺たちが
「……可能性はあるんじゃないかなと思って」
人身御供という言葉には、神様に生贄として人間を捧げるという意味もある。女神ヴェスタの託宣を受けた神の子が、生贄となるということだとすると、何ともチャイカらしい言い回しだ。
「思考することは、命あるものの特権だ。それにお前には知恵がある。でもな、あんまりマイナスなことばかり考えてもしょうがないんじゃないか?」
「それは、そうだけど……」
「どうもベルカは物事の"最悪"を想定する癖があるんだよな」
「あ、分かる分かる。心配性なところもね」
ストレルカが同意する。チャイカの意見はもっともで、僕も自覚があった。それでも、癖というのは直そうと思って直るものでもない。極力口には出さないでいるようにはしているが、今回はそうもいかなかった。
なぜなら僕は、先生と司祭様の会話を聞いている。
女神の託宣なんてものは嘘っぱちで僕たちは先生――ジオテールさんの要望通りなのだ。金銭面のやり取りや、会話の中で出た"英雄"という単語。
「分かった、僕ももう暗い話はやめるよ。きっとこの仕事で、孤児院のみんなの生活が豊かになるって考えたほうが、楽しいよね」
「ああ、その意気だ。どっちにしたって俺たちに拒否権はないんだ。やれるだけのことをやって、少しでも役に立とう。ベルカの器量なら、上手くいくと思うぜ」
チャイカにそう言われると、何だか本当にそう思えてくるのが不思議だった。
「これまでも、孤児院を出た神の子のおかげで、残った人たちが良い思いをしたことってあるのかな?」
「そりゃ、あるだろう」
それとなく水を向けると、チャイカは少し考える素振りをしたあと答えた。
「俺が見た資料に乗ってたので印象に残ってるのは……スペースコロニーに就職したメカニックのウフルとか」
「ちょ、ちょっと待ってよ。資料ってそれ、司祭様の部屋にあるやつじゃないよね?」
「そうだけど?」
平然と答える姿に頭を抱える。司祭様の部屋へは特別なことがない限り立ち入りは禁止されているし、本棚な引き出しを開けるなんてもってのほかだ。
「まぁちょっとしたコツがあるんだよ。それで、確かもっと前に、宇宙飛行士で、木星探査チームにも入れるんじゃないかってすげぇ人がいたんだけど誰だったかな」
「木星探査? すごいね、だってEVAの上手いエリートしかなれないんでしょ?」
ストレルカが興奮気味に語る。今でこそ木星探査は軌道にのり、比較的安全に資源採集が行われているときくが、当時の探査チームともなれば精鋭中の精鋭だろう。
「資料には、英雄って書いてあった気がするよ。それだけ凄かったんだろうな」
思わず立ち上がるところだった。礼拝堂でも聞いた単語だ。あいつは死んで当然だと、ジオテールさんは言っていた。
ああ、悪い癖だ。どんどんと思考が深みにはまっていく。
「ねぇチャイカ、その英雄ってさ、何て名前の人なの?」
ストレルカが喜々として質問している。チャイカは暫く唸ったのち、やっとの思いで捻りだして、快活に答えた。
「思い出した、リモンチクだ。ヴェスタ孤児院の英雄だよ」
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