違法投棄

『そこの宇宙船、ただちに停止してこちらの指示に従いなさい』

 アイラスさんの声が無線越しに聞こえる。

 ボイジャー01の機体はスリーズが搭乗予定だったが、あまりの急な出来事にそのまま乗り込むことになった。スリーズも丁度私が搭乗予定だったボイジャー02で酸素ボンベや予備バッテリーの点検が途中だったこともあり、同意してくれた。

 ヘッドアップディスプレイに、スプートニクが見ている宇宙空間の映像が映し出されている。無機質な宇宙船が、ぼんやりと浮かんでいた。ヴァンガードが言っていた予期せぬ事態とはまさにあの宇宙船のことである。

『こちら管制課のツバサ。スプートニクの操縦者、聞こえるか?』

 通信越しでも分かる声色は、古き知人ヤルツギ・ツバサだ。管制課になったツバサはデブリ課に関しては管轄が違うといっていたような気がするが、何か変化があったのだろう。

『こちらスプートニク操縦者、アイラスです。相手の宇宙船の識別コードは?』

『分からない、恐らく密航船だろう。こんなところで何をしているのか分からないが、なんとかコンタクトをとれないか?』

 ツバサの語気は落ち着いている。密航船はよくあることなのだろうか。しかし、場所が場所だけに、何故こんなところにいるのかという疑問が沸く。ここはデブリボックスの近くで、カタログデブリの近くでもある。

『何度か呼び掛けていますが、コンタクトは取れません。しかし……デブリボックスの近くで何をしているんでしょう』

 私の疑問を代弁するように、アイラスが問う。管制課もその疑問は感じていただろう。ツバサの唸るような声が聞こえてくる。

 モニター越しに宇宙船を観察していると、変化があった。何か動いている。

 密航船はドッグを開けたのか、何かを宇宙空間に放り出した。

『……違法投棄』

 スリーズの声が耳元で聞こえた。限定通信だ。

『でも、わざわざ密航船で捨てるなんてことあるの? 正規の手続きで捨てたほうが楽なんじゃ……』

『要するに、正規の手続きで捨てられないものを捨てたかったんだろう。デブリボックスに捨てちまえば、証拠なんざ残らねぇからな』

 返答はヴァンガードのものだ。だとすると、今捨てた中身はなんなんだろうか。機内パネルを操作してズームしてみるが、あまり解像度が高くない。何となく、球体のようにも見える。

『こちら管制課、密航船が放ったのは脱出ポッドと断定。軌道が悪い、カタログデブリ9170と接触の恐れあり』

『チッ』

 誰のか分からない舌打ちが聞こえ、同時に指示が下った。

『ボイジャー01、02、直ちに現場に向かい、脱出ポッドと9170の接触を阻止せよ』

『了解!』

 私とスリーズが同時に返事すると、ドッグが開いた。息を吐く暇もなく、ボイジャーを発進する。抗ヒスタミン剤のおかげか、それとも緊張感のせいか、吐き気はすっかり収まっていた。

『スプートニクよりボイジャー01。予定通りカタログデブリ9170の回収に向かって。ボイジャー02は脱出ポッドよ。ひとまずは、軌道をずらす必要があるわ』

『ボ、ボイジャー01了解!』

『……ボイジャー02了解』

 モニターには変わらず、密航船の映像も映っている。一つ、また一つと脱出ポッドが放り出されているのが見えた。ヴァンガードが手渡してくれた三人のみの通信回線から、スリーズの声が聞こえてきた。

『……密航船がまだ脱出ポッドを出しています。数が多ければ、わたし一人では時間がかかります』

『俺もすぐに出る、スリーズ。落ち着いて今まで通りやるんだ』

 ヴァンガードも出るならスリーズは安心だろう。スプートニクにはまだボイジャーが一機、03が残っている。それを使うということだろう。だがしかし、当初の目的であるウフルとアイラスさんの監視という任務は放棄されるが、事態が事態だけに仕方がないだろう。

 だがもし、これも策略の一つだとしたら。

 ぞっと鳥肌が立った。だが、私は私に与えられた任務をこなすしかない。というか他事を考えている余裕はあまりなかった。カタログデブリ9170と脱出ポッドが接触してしまったら、デブリクラウドが発生する危険性がある。

 モニターを切り替えて、なるべく密航船のことは意識しないことにした。仮想訓練装置でひたすら触ったこともあり、操作は思ったよりもスムーズだ。操作パネルをいじると、カタログデブリ9170の予想軌道が表示される。このままの方角に直進で問題ないだろう。もう少し次世代のボイジャーならば、自動操縦の機能だってついているというのに、旧型では細かい調整が必要になってくる。

 一分、二分、と時が経つが、モニターに特に異常は見られない。それとも、時間が経っているように錯覚しているだけだろうか。

 ざざっとノイズが走り、通信が入った。

『ぐっ、ぅああああ!』

 低い男の声だ。通信はボイジャー03から聞こえている。ヴァンガードだ。

『オペレータールームよりボイジャー03、何があったの!』

『すまない、許してくれ、リモンチク……すまない』

『ああ、もう。まだ駄目なのね、ヴァンガード……』

 アイラスの声が諦めたように呟いているのが聞こえる。

 まだ駄目? 一体全体なんのことが分からないが、いまだにヴァンガードの通信から、すすり泣くような苦しくて呻くような、謝罪の言葉が聞こえてくる。

 限定通信で、ヴァンガードではなくスリーズに繋ぐ。

『スーちゃん、そっちは大丈夫そう?』

『……誰の心配してるの。カグヤこそ、頼んだからね』

 スリーズは全く慌てた様子がない、それだけ自信があるのか、それともやるしかないという覚悟なのか。

 同時になぜヴァンガードがボイジャーに搭乗しなかったのかが薄々分かってきた。彼は乗らなかったのではなく、乗れなかったのではないか。

 計器を操作してボイジャー03の搭乗者の心電図を開く。酷い有様だ。2204の悲劇で失ったのは肉体的なものだけではなく、精神的なものもあるのだろう。ボイジャーに搭乗するのがトラウマになっているに違いない。

 不意に、モニターに合図があった。カタログデブリ9170の接触まで近い。予想通りの軌道で、9170はこちらに迫りつつある。

 事前にスペースガードから知らされている情報によれば、9170は立方体なので、ボイジャーから伸ばしたアームでつかみ取りスプートニクの回収ドッグまで引っ張れば問題ない。まさにUFOキャッチャーの要領だ。

 ただ練習してきた通りにやるだけだ。外に出ての作業は苦手だが、仮想訓練装置でボイジャーの操作は慣れたものだ。それに私は、UFOキャッチャーだって得意で、自室には景品のぬいぐるみだってある。多少通信がやかましいが、音量を絞り、集中すれば問題ない。 

 メインモニター越しに9170を視認。事前の情報通りの形状で、破損した様子も見受けられない。一瞬、カタログデブリの情報が改竄されていたのでは、といっていた推測を思い出した。もし今回のデブリの情報も私が貰った資料と違っていたら、どうなるだろう。

 だが、見たところ推進機関やスラスターのようなものは見えない。というかあれは、見覚えがある。

 アームの根本を伸ばし、無駄のない動きで標的を捉え、アームを閉じる。

 刹那、通信が入る。

『こちら管制課、オペレータールーム応答せよ。オペレータールーム!』

 アームはしっかりとカタログデブリ9170を捉えている。このまま曳航えいこうしてスプートニクに帰還する。

『こちらボイジャー01、カタログデブリ9170を確保。戻ります』

 私の報告に、オペレータールームからの返事はなかった。

『こちら管制課、ボイジャー01引き続き作業を続行してくれ、それとオペレータールームには何人いるか分かるか?』

『副操縦士のアイラスさんと、ウフルの二名がいるはずです。ヴァンガードさんはボイジャー03に乗り込んだはずなので』

『了解した。……限定通信に切り替えた、ヒナバチだな? オペレータールームの通信が途絶えた。その軌道で帰還して問題はないが、回収ハッチへ戻ったら注意してくれ』

 通信をききながら、パネルを操作する。三次元ドップラーレーダーにも異常はない。スリーズは脱出ポッドを何とか抑え込めている。

『ツバサにはずっと心配されっぱなしだね、ごめん』

『これはヒナバチの責任じゃない、それにデブリはしっかり捉えたんだろう、お手柄じゃないか』

 お手柄か。何だかツバサに褒められるのはむず痒かった。

『ツバサ、ボイジャー02の様子は?』

『ああ、凄いよ。もう脱出ポッドを三機、軌道をずらした。そのままデブリボックスに落ちていくさ。もう一基も問題なさそうだ、そうすればデブリクラウドが出来る心配もない』

 流石は天才少女、普通ならもっと時間が掛かるだろうし、私では更に時間が掛かるだろう。それはヴァンガードも察したので、ボイジャー03に乗り込もうとしたんだろう。

『でも、脱出ポッドには何が入っていたの?』

『不明だ、だが念の為ボイジャー02の測定機能を使ったが生体反応は見られなかった。おそらく資材か何かの違法投棄だ。どっちにせよろくなもんじゃないだろう。デブリボックスに落とす他ない』

 ならいいんだが、何だか胸騒ぎがした。

『ツバサ、もうすぐ回収ハッチに着くわ』

『分かった、限定通信は切る。通信が復旧しているかもしれないから、すぐにオペレータールームに状況を報告してくれ』

『了解』

 スプートニクのデブリ回収ハッチは問題なく開いている。減速してゆっくりと侵入して、アームを巻き取る。ハッチはオペレータールーム以外にも、側面に取り付けられた押しボタンでも操作できる。ボイジャーを停めて安全装置を外す。

 動力がストップして、機体が静止する。周りは静かで、ほとんど無音といっていい。人の気配も全く感じられない。

 そっと外に出て、ハッチの「閉」ボタンを押す。のろのろと閉まるハッチを横目に、煌々こうこうと照らされたカタログデブリ9170を注視する。汚れてはいるが、今ならはっきりと分かる。

「これ……アストロノーツだわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る