ルナリアン
あっという間に一週間が過ぎ、デブリ回収船スプートニクが反デブリ派組織との確執を内包したまま、木星軌道スペースコロニーを出立した。二日間の渡航ののちカタログデブリ9170を回収する。
スプートニクの中には、三機の旧型ボイジャーが積んである。目標のデブリにスプートニクを近付けて、小型の宇宙船であるボイジャーで最接近して回収という手はずになっているが、今回ボイジャーに搭乗するのは私とスリーズの二人だった。絶対にヴァンガードも出たほうが良いと説得したが、どうもウフルとアイラスさんの動きを監視したいという狙いがあるようで、要望は却下された。それはそれで、こっちが囮になっているのでは、と思ったが追及はしなかった。なんせ私が見張り役だとして、目の前で何かされても防げる気がしない。腕っぷしはどう考えても逞しいヴァンガードがお似合いだ。
宇宙服を着て、ボイジャー02の機体に入る。すぐにバックパックを降ろし、腰を下ろすと同時に吐き気を覚えた。旧型でやや狭いこともあり、なんだか息苦しい。ただでさえ、宇宙酔いが酷いというのに、よくもみんな平気な顔をしているものだ。
しばらく呼吸を整えてから、ヘッドアップディスプレイを表示して、限定通信の設定をした。ヴァンガードとスリーズとの三人だけの通信網。使わないに越したことはないが、何かあったときはこれで知らせる手筈になっている。
荷物を片付けようかと思ったが、外の空気が吸いたくなり、一度ボイジャー02の外へ出る。隣のバースを見ると、スリーズが丁度ボイジャー01から出てきたところだった。
「スーちゃーん、荷物しまった?」
「……うん」
「旧型ってこんな狭いんだね、仮想訓練装置と新型しか乗ったことなくて」
私が愚痴ると、スリーズは首を傾げた。
「……べつに、狭くない」
それはスーちゃんが小さいからでしょ、と言いそうになったが喉の奥にしまい込んだ。子供扱いすると、スリーズはすぐにふくれっ面になるのだ。
「でもあの、あれ、金庫が邪魔だよねぇ」
「……金庫?」
「スーツケースぐらいあるじゃない、新型はもっとスタイリッシュというか……ほら、情報や資源を仕舞っておくっていう」
「……カグヤが言っているのは、アストロノーツのこと?」
そうそう、と高速で頷く。正式名称はどうも忘れがちだ。だが概要はしっかりと把握している。
アストロはギリシャ語のアストロンからきており天体、宇宙を指す。ノーツはメモや文書のノートからきている。要するに、宇宙で得た知見や資源を保存する役目を担っている。旧型ボイジャーが活躍していた時代は、事故も多く、折角の情報や資源を持ち帰れないこともあったという。かといって装甲を大気圏に耐えうる強度にするとコストがかかる。ならば得たものだけでも守れるように、と開発された。人命よりも宇宙の情報に比重をおいたそれは反論の声もあったが、可決された。それほどまでに宇宙資源とは地球人にとって喉から手が出るほど欲しいものだったのだろう。実際に、過去何度も回収された実績があり、アストロノーツが持ち帰った情報が、
「スーちゃんはアストロノーツに何を入れたの? 遺書は、書いたんだよね」
「……うん、あと写真も残したくて、カメラごとしまった」
「確かにいっぱい入るから、カメラごと仕舞うのは賢いわね。でも、あのアストロノーツの大きさなら、スーちゃんごと入れると思うけど」
つい本音が出てしまってスーちゃんを盗み見ると、案の定ほっぺたがお餅のように膨らんでいた。
「もうじき、ランデブーポイントだね」
話を逸らすと、スリーズもそこまで怒っているわけではないようで小さく
「……なにごとも、なければいいけど。カグヤは、ウフルとアイラスさんのことどう思うの?」
どうと言われても。ウフルは元メカニック課で、スプートニクや今ここにあるボイジャーのメンテナンスもしていた。だが、リモンチクさんと同じヴェスタ孤児院にいて彼をとても慕っていたように感じた。それなのに、リモンチクさんを事故死させるような作戦に加担するだろうか。
アイラスさんは元デブリ課。知識も豊富で、アカデミーで教鞭を執っていたのは間違いないらしい。今は副操縦士という役職でもあるし、デブリ回収に誇りさえ感じていたように思う。それに、2204の回収ミッションに、彼女は参加していない。
「逆にだけどさ、ヴァンガードさんはどうなの?」
「……真の黒幕みたいなこと?」
「そうそう」
悪いことの背景には、糸を引いている黒幕のようなものがいるものだと思ったが、スリーズは鼻で笑ったかと思うと反論した。
「……それはないよ。2204の悲劇は下手をしたらヴァンガードさんも亡くなっていた。それに、ヴァンガードさんは、パパを……助けようとしたんだよ」
「そうだよねぇ」
元より何の根拠もない仮説だったのですんなりと手放せた。だが、以外な犯人という説を推したい気持ちはある。下手な仮説も数撃てば当たるかもしれない。
「なら、タイロス所長とか。2204のときのスプートニク操縦者だよ」
「……確かに所長クラスなら何か出来そうだけど、動機が不明。運航記録も残るし、事故のせいで責任を負う立場だよ」
それもそうだ。だが実際にはデブリ課のプロジェクトが凍結して管制課の所長まで上りつめている。何か裏がある可能性もなくはないかもしれないが、情報が足りない。一応心に留めておくことにしよう。
デブリ課がミスを犯すことによって、誰が利益を得るのか。いや、考えるベクトルが違うかもしれない。デブリ課が活動しなくとなるとどうなるのか。デブリが増える、宇宙開発が遅れる可能性がある。デブリボックスが使われなくなる。
ということはつまり――。
「分かんないね」
「……うん。それよりカグヤ、非常用の酸素ボンベと予備バッテリーの点検はしたの?」
分からないことが分かったところで、急速に現実に引き戻され、記憶を遡るがボイジャー02に乗り込みバックパックを置いたことしか思い出せなかった。
「まだ何にもしてないや、なんだか宇宙酔いが酷くて」
「……ヴァンガードさんが言ってたでしょ、誰かが何か仕掛けている可能性もあるって。わたしがするから、カグヤはわたしのボイジャー01に積んである抗ヒスタミン剤飲んでよ」
「私のボイジャー02にも常備薬があるよ」
「……常備薬はダメ。中身がすり替わっているかもでしょ。わたしの持ってきたのあげるから」
「あ、そうか。でもスーちゃんは飲まなくて平気なの?」
「……ぜんぜん、平気。だってわたしは、
「そっか、そうだったね。それじゃあ薬もらうね」
スリーズの背を見ながら思う。
小さな背中に多くのものを背負っているスリーズに、私は何をしてあげられるだろうか。ひとまずは、言われた通りに抗ヒスタミン剤を飲み、足手纏いにだけはならないようにしよう。
ボイジャー01に乗り込む。スリーズが言っていたように、大事なものはアストロノーツに格納済みのようで、余分な物は置いていない。私のバックパックとは対照的に小さなカバンの中を覗き込むと、抗ヒスタミン剤の入った小瓶がすぐに見つかった。一度ヘルメットを脱いで、用法用量を守って、
ヘルメットを被ると同時に、イヤホンからヴァンガードの声が飛び込んできた。
『二人ともすぐにボイジャーを出してくれ! 予期せぬ事態が起きた』
ああ、やっぱり気分は優れないかもしれない。
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