EVAバーチャルテスト
スペースデブリ課は、思った以上に急ごしらえの課のようだ。なんせ私のようなEVAライセンスを形だけとった人間が配属されるぐらいなのだから。免許証でいうところの、ペーパードライバーである。それとも、管制課のタイロス所長の鶴の一声だろうか。
ヘッドアップディスプレイの表示が切り替わり、スコア表が表示される。
『ランク外:カグヤ 26点』
百点満点中で、この点数。何とも悲しい数値だ。四文の一とは情けない。
私が溜め息を吐いていると、隣にスリーズがやってきて、テスト用宇宙服のヘルメットを脱いだ。こんなに小さいサイズも用意されているのかと妙に感心してしまう。
「スーちゃん、何点だったの?」
スリーズは額に浮かんだ汗を拭いながら、自信たっぷりに答えた。
「……78点」
三倍ときたか。
「さすがは、天才少女ね。どうしてそんなに上手なの?」
「……でも、ランク外」
スリーズは現状に満足していないようで、視線をやや高く上げている。高みを目指している比喩表現のようだ。
確かにEVAの技術は仕事を効率よくこなすには必要不可欠だが、最新の宇宙服には多くの補助機能が搭載されており、それでいて無駄がそぎ落とされ、軽量化も進んでいる。昔のように繊細さは求められない。ただ、デブリ課に届いた宇宙服はそんな新しい高性能なものの筈がなく、風当りの強さを実感したものだ。
ランク表のトップを見ると、『リモンチク:100点』と書いてある。その下が、我らが船長であるヴァンガードの92点。91点、89点と一人で三枠も埋めている。更にその下、五番目にはウフルの名前があった。80点。これも高得点だ。
上位五名の名前しか載っていないので、副船長兼事務員であるアイラスさんの名前は載っていないが、少なくともスリーズと同じく70点台だろう。どう考えても、自分だけ能力が低い。
「……カグヤは、窒素ガスを多く出しすぎだとおもう」
額の汗を拭いながら、スリーズがアドバイスをしてくれた。見た目が本当に小学生ぐらいの子に教えられるとは、それはそれで情けないが、アドバイスは的確だ。私はどうも、加減が苦手である。
「自分でもわかっているつもりなのよ、でも焦りや不安からついね。この百点満点の人の動きをみてみたいものよ」
今のスペースデブリ課にリモンチクという名前の人はいない。だが、どこかで聞いたことがあるような気がした。
「……わたしも、百点をとりたい」
スリーズは再びヘルメットを被り、テストルームに入っていった。小さい体のどこにそんなエネルギーがあるのか、体力も私以上にありそうだ。
テストルームに入っていくスリーズを見送って、私は宇宙服を脱ぐために更衣室に向かう。アンドロイド課にいたときに比べて、少しだけ体重が落ちた。きっと活動量が増えたからだろう。
デブリ課に支給された制服に着替えたところで、ふと隣のロッカーが少し開いていることに気付く。閉めようと思ったが、下から何かチェーンのようなものが飛び出していて閉めれない。手に取ってみると、それはロケットペンダントだった。
中には、小さな女の子とたくましい男性の姿。美しい銀色の髪ですぐに女の子はスリーズだと分かる。隣にいるのは、スリーズの父親だろうか。
その姿に、既視感を覚えた。これはデブリ課に来てから、何かの資料で見たはずだ。
私はそっとロケットペンダントをロッカーにしまうと、トレーニングルームBを出る。
廊下を進んでデブリ課の事務室に戻ると、そこではウフルが一人で掃除をしていた。
「やあ、カグヤ。お疲れ様。もうEVAのトレーニングは終わりかい?」
ウフルは雑巾を絞って、床を拭き掃除するようだ。
「うん、終わり終わり。スーちゃんはまだ躍起になってるよ」
「天才なのに、努力も怠らないなんて、頭が上がらないな。まだあんなに小さいのに」
ごもっとも。
「それよりウフル。過去のデブリ除去作業に関する報告書って、どこにあったっけ?」
ウフルは床を拭きながら、顎で場所を示す。
「あっち。アイラスの机の後ろの棚だよ」
私は礼を述べて棚に向かう。適当に開けていると、みたことのあるファイルが出てきた。そのファイルの中の最後にカタログデブリ2204の作業報告書がある。他の報告書に比べて、何だか皺が多い。それだけ多く見られたということだろうか。
ざっと目を通すと、報告書の二枚目に、船外活動員の写真が載っていた。
リモンチク=コールマン。船外活動中のトラブルによりデブリボックスに落下したものと思われる。シグナルが消失して48時間が経過し、死亡。
その名前は、つい今しがたバーチャルテストのスコア表でみたばかりだった。
「2204の悲劇だね」
気が付くと、後ろにウフルが立っていた。さっきまで手にしていた雑巾はバケツに沈んでいる。
「デブリを回収するはずが、デブリを増やして命まで落としたってね。これはニュースでもかなり取り上げられてね。デブリ課のプロジェクトが凍結したのはこれが引き金といっても過言じゃないよ」
ウフルはまるで当時の悲惨さを思い出すかのように苦い顔をしている。私もうっすらとだが、そのニュースを見た記憶があった。
「ウフルは、この時からデブリ課のことは知っていたのね」
「ああ、なんせ僕はメカニック課。デブリ課の回収船スプートニクやボイジャーのメンテナンスもしていたからね。リモンチクさんは本当に優秀だった。まさに、英雄だったね」
「英雄?」
「リモンチクさんは月面都市のヴェスタ孤児院ってところにいたんだ。若くして宇宙飛行士になった姿をみて、もう孤児院は大盛り上がりで彼の出立を祝ったんだよ」
ウフルはまるで自分事のように誇らしげに語っている。
「随分と詳しいのね、リモンチクさんと知り合いだったの?」
「はは、実は僕もそのヴェスタ孤児院にいたのさ。壊れた玩具や電子機器を直しているのをみて、メカニックの才能があるんじゃないかって見抜いたのもリモンチクさんなんだ。僕より一回り以上も年上だったけど、弟みたいに可愛がってくれてね」
ウフルは何だかうっとりした表情で語っている。それほど彼にとって尊敬に値する人間だったのだろう。同時に、2204の悲劇だねと言ったときの胸中は察するにあまりある。きっと私なんかが想像する以上に苦しかっただろう。
だが、蛙の子は蛙というか、瓜の蔓に茄子はならぬというか、きっとスリーズも父のような英雄になる。そんな兆しがあった。というか、片鱗が見えている。
「だからスーちゃんも、デブリ課を選んだのかな?」
私の質問にウフルはぴんときていないようだったので、これまでの情報をまとめて
ウフルは目を丸くして素っ頓狂な声を上げると、フリーズしてしまった。スリーズがリモンチクさんの娘だとは気づいていなかったらしい。あまりの声のボリュームに、隣の仮眠室の扉が勢い良く開き、アイラスさんが恨めしそうに顔を覗かせた。
「うるさいわよ、あんたたち」
「ご、ごめんなさい」
仮眠室の扉が逆再生のように閉まり、部屋に静寂が戻る。いまだに固まっているウフルを無視して椅子に座り、資料の続きをよく読む。最初にみたときはあんまり興味がなくて流していたので、新しい発見のためと思ったが、早くも発見があった。
資料のなかには、回収作戦に参加したメンバーの名前がある。エロ河童こと、タイロス。この時は所長ではなく、デブリ課の船長だったようだ。そして船外活動員の名前、リモンチクの下に書かれているのはヴァンガードという名前だった。
「そうか、だから……」
ヴァンガードがスリーズのことを知っていたのは、ここで繋がりがあったからだ。ようやく腑におちたところで事務室の扉が開き、スリーズが入ってきた。すっかり着替えも終わって、銀髪がポニーテールになっていた。目が合うと、無邪気な笑顔でブイサインを作ってきた。
「……81点」
今の姿をみたら、きっとリモンチクさんも喜ぶだろう。私はなんだかやる気が膨れ上がってきて、資料を片付けると鼻息荒く力拳を握る。
「よーし、私も自己ベスト出すわよ!」
そういって駆け出したところで、スリーズが伸ばしていた手をピースからパーに変えた。張り手? いや、止まれのジェスチャーか。
「……EVAのテスターはメンテナンスの時間です」
急ブレーキと同時に机の角に小指をぶつけて、この世のものとは思えない叫び声を上げると、再び仮眠室の扉が解き放たれ、
「うるさいって言ったわよね」
と、般若の顔が浮かび上がった。
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