ファーストキル

私の名前は霧崎蓮華きりさきれんげ

日本生まれの生粋の日本人です。


兄弟はおらず。

貧しくも無ければ特に裕福でもない、中の中といったレベルの家に生まれました。

親もまあ、人並みだったと思います。


そんな環境に生まれたので、普通なら大きな問題が発生しない限りは平凡に生き。

そして平凡に死んでいった事でしょう。


しかし私には、人と違った部分がありました。


それは――生物を殺す事への強い好奇心です。


幼い頃、生物を殺す事に興味を持った私は、虫から始まり、ネズミなどの小動物を手にかける様になりました。

その行為はエスカレートして――はいかず、何かを殺す事を早々にしなくなります。


幼いながらに感じたからです。

本能的に。

このまま進んで行けば、取り返しのつかない事になる、と。


――だからブレーキをかけたのです。


幸い、それ以外にも興味の引かれる事は無数にあったので、衝動を押さえるのは苦ではありませんでした。

そして小学校、中学校、高校と上がって行くうちに、そういった行為の行きつく先――殺人のリスクを知って、自分の判断は正しかったのだと確信します。


やがて大学を卒業し、就職して独り立ちしました。

相変わらず殺しへの好奇心や衝動は残っていましたが、それに捕らわれる事はありません。


何故なら、私には輝ける未来が待っているからです。


まあ輝ける未来というのは少々大袈裟ですが、大金持ちになれないまでも、それなりに充実した人生が送れる自信はありましたし、実際、その後は充実した人生を送れていました。

なのでそれらを失うリスクを背負ってまで、社会的禁忌にあたる快楽に隙進む訳などありません。


もちろん躓きはありました。

30台で離婚してバツイチになってしまっているので。

ですが、それはそれでいい経験だ程度に前向きに捉えられる程度のトラブルですね。


そんな充実した生活を送っていた私に転機が訪れたのは、38歳の時です。


私の両親が事故にあい。

父は死亡。

母は全身麻痺状態になってしまいます。


さて、母は介護が必要になった訳ですが……


ですが幸い、私はその時点でそこそこの立場と稼ぎでしたので、専属の介護の方を雇う余裕が十分にありました。

なので、介護は別に苦ではありませんでしたね。

ほぼ丸投げでしたから。


問題は母です。

その状態が苦痛だったのでしょう。

毎日死にたい死にたいと嘆いていました。


まあ気持ちは分かります。

私だって、そんな状態で生きるなんてまっぴらごめんですから。


ですが日本では安楽死は認められていません。

もし私が母を殺せば、嘱託殺人しょくたくさつじんにあたり刑務所行きになってしまいます。

なので、母には辛いでしょうが我慢して貰うしかありませんでした。


――ですが、結局私は母をこの手にかける事になります。


母が動けなくなった3か月後、急な頭痛で職場で倒れた私は病院で診察を受け、脳に腫瘍が出来ている事が判明したのです。

医者からは大きくなりすぎて手が出せないと言われ、余命半年を宣告されてしまいました。


急転直下とはまさにこの事でしょう。

悠々な人生の展望は消え、待っているのは確実な死です。

別の病院での検査でも同じ結果を告げられた私は、実家の母も元へと向かい、自分が死ぬ前にその願い通り首の動脈を切って殺しました。


もちろん、自分の事は話していません。

死ぬ前にそんな話を聞かされても、母が困るだけでしょうから。


「ありが……とうね……」


返り血で血まみれのまま、死にゆく母の横に座り私は項垂れ放心します。


母が死んだ事が悲しかったから放心してしまった?

自らの死が確定した未来に絶望したから放心してしまった?


いいえ、違います。

自分の愚かさのあまりに、放心していたのです。


「ああ、人を殺す事ってこんなに……こんなに楽しい事だったのか……」


そう、人を殺す事のなんと素晴らしい事か。

今までこんな素晴らしい事から目を背け生きて来たのかと思うと、私はなんと無駄な人生を過ごして来たのでしょう。


これに比べれば、これまでの人生は正にゴミでした。


その余りの愚かさに私は小一時間程放心していましたが、残された時間が長くない事を思い出し、私は立ち上がり、風呂で血を流して身支度を整えます。

人を殺しに行く支度を。


「私に失う物はない。いや、あったとしてもこの快楽を知ってしまってはもう止まれない」


人を殺す。

その快楽に対する渇望が私の中で渦巻きます。


「しかし……」


数を殺すだけなら無差別がいいでしょう。

しかし、36年間培ってきた日本人としての良心がその足を引っ張ります。

人を殺すのが決定事項ならば『せめて悪人を殺せ』と。


「やれやれ……我慢していた弊害だな……」


結局私は自らの良心に従い、ターゲットを悪人だけに定める事とします。

そしてネットを知らべ、評判の悪いある暴力団幹部に目を突けました。

犯罪者や悪人など無数にいる中、この男を選んだ一番の理由は、その居場所が丁度ネットに上げられていたからです。


初めて彼女とHをしたら、その後我慢できず、ついつい相手にそればっかり求めてしまったりしますよね?

オナニーを覚えたサルみたいに。


それと同じような感じです。

一度人を殺したら、早く次も殺したくてしょうがなかった。


私は催涙スプレーと包丁、それに瓶に油を入れて布を突っ込んだ物を手早くも二本用意し、大きめの鞄にしまいました――ふたの部分をラップで厳重に巻いてゴムで止めてあるので、油はこぼれない様にしています。

もちろんライターも忘れてはいけません。

仏壇の線香用のライターをポケットに入れ、私は車に乗って早速ネットに乗っていた場所に向かいます。


「ネットってのは本当に恐ろしいな」


暫く待つと、繁華街からガラの悪い集団が出てきました。

その中心には、例の幹部の男が居ます。


「さて……」


男達が車に乗り込もうとした所で車を急発進させ、私は幹部の男めがけて突撃します。


「轢き殺せなかったか」


男には咄嗟に躱され、浅く当たっただけでした――他の奴らは3人程吹き飛びましたが。

まあこの程度で死ぬ事はないでしょう。


「何でテメーは!」


「どこのもんだ!!」


私はカバンに入れてあった火焔瓶を取り出して素早く火をつけ、そして車から飛び出すと同時に起き上がろうとしている幹部の男の足元にそれを投げつけてやりました。直接だと瓶が割れないかもと思ったからです。


「ぎゃあああああああ!!」


地面に当たった瓶が割れ、周囲に油をまき散らします。

油は布に付けていた火から引火し、激しく燃え上がりました。


幹部の男や、周りの男達の足元が燃えます。

そこにもう一本――日は付ける余裕がなかったのでそのまま――燃えている所に瓶を投げつけ更に火勢を強めてやります。


ここまでくればもう此方の物です。

全員広範囲に火が広がった事でパニックになっていた様なので、その隙を突いて幹部の男を持参した包丁で刺し殺します。


「が、あぁ……」


ああ、素晴らしい……


そんな事を考えながらも、私は次のターゲットに向かって包丁を突き刺します。

もちろん足元は燃えているので私の足も大やけどですが、そんな物が気にならない程の快楽が私を突き動かしました。


二人、三人、そして四人目とかかる所で――そこで大きな破裂音が響きました。


音の方を見ると、炎の範囲から逃げ出た男の一人が黒い何かを構えているのが見えました。


テレビドラマなどで見た事のあるフォルム。

それは拳銃でした。

暴力団なので所持してる可能性はあると思っていましたが、どうやら本当に持っていた様です。


「あ……う……」


視界が揺らぎ、体が倒れました。

視界が火で染まります。

地面は燃えていたので。


もっと殺したかったですが、まあ良しとしましょう。


直ぐに私の意識は途切れ……


――そして気づけば、私は神を名乗る者の前に立っていました。

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