1/2の罪状

水母すい

本文

「人を殺したんだ」


 

 晴也はるやは第一声、低い声でそう言った。

 彼が僕を呼び出す時は、大抵の場合何か困ったことや苦しいことがあったときだ。友達との関係で悩んだり、先生に怒られて凹んだり、はたまたノー勉でテストに挑んだりするとき……彼は僕に頼る。


 けれど今回の場合、事態がいつもより深刻であることは容易に想像できた。


 

「本当に、殺すつもりはなかったんだ……でも、ついカッとなって……!」


「落ち着いて、晴也。遺体は今どこに?」


「……裏山の中だ。多分まだ、誰にも見られてない」


「わかった。じゃあ、そこまで案内してくれ」



 沈むような声で、晴也は「ああ」と答えた。

 それから僕は晴也の案内に従って、家の裏にある夜の森へと足を踏み入れた。草木をかき分けながら進むと、やがて一本の木の根本に寄りかかるような人影が見えてくる。


 近づいて見てみると、それは晴也のクラスメイトだった。



「晴也、この人は……」


「ああ。同じクラスの高倉だ」


 

 高倉純。軟式テニス部の部長。

 僕も、顔だけはなんとなく知っていた。クラス内では一軍に当たる陽のグループに属しており、人当たりがよく誰からも好かれるような好青年だ。


 けれどこの人は、僕の知る限り晴也とはあまり関わりがなかったはず。晴也が恨みを抱くようなことをするような人には到底見えなかった。


 僕の知る限りでは――。



「どうして、晴也はこの人を?」



 僕の問いに、晴也は躊躇いがちに口を開く。



澄香すみかのこと、覚えてるだろ?」


「ああ、晴也の彼女の」


「こいつ……澄香のこと寝取りやがったんだよ!」

 

 

 声を震わせ、絞り出すように晴也は言った。

 確かに、うちの高校の軟式テニス部は、恋愛関係でのトラブルが絶えないと噂に聞いている。まさか部長までもがそうだったとは知らなかったが。


 にしても、澄香さんが奪われてしまったとなれば、晴也の怒りにも納得がいく。彼女は晴也の幼稚園からの幼馴染で、ずっと両想いの状態が続いていた果てに、ようやく先月交際に至った女の子だった。そんな大切な彼女を、高倉は……。



「俺から澄香を奪った上に、こいつ……『お前の彼女最高に気持ちよかったぜ』なんて、わざわざ俺に向かって報告してきやがった! それでカッとなって帰り道で殴り合いになって、気づいたらこいつが側溝に落っこちて、そのまま……っ」


「そう。わかった」


 

 晴也の口調からして、嘘は言ってない。

 そもそもこういう場合、晴也は嘘はつかないのだ。


 高倉の遺体を見てみる限り、深い側溝にでも足をはまらせて運悪く頭を強打したのだろう。後頭部の出血以外に損傷はないし、不運な事故としか言いようがない。晴也も故意で殺ったわけじゃなさそうだ。



「晴也は悪くないよ」



 彼は悪くない。

 とは言ったものの、そんな理屈が警察に通用するとは僕も思っていない。晴也もこの様子じゃ罪の意識に耐えらえそうもないし、遺体をここに放置していてはバレるのも時間の問題だ。


 だからこそ、晴也は僕にこのことを相談した。

 晴也が今頼れるのは、「友人」である僕しかいないのだ。



「あとは全部、僕に任せてくれ」



 そう言って僕は、家の物置から引っ張り出してきたシャベルを地面に突き刺した。なるべく地面の柔らかいところを掘り進めて、一メートルほどの深さの穴をつくる。



「おいお前、一体何を……」


「見ればわかるだろ。彼を埋めるんだよ」


 

 木に寄りかかった高倉の遺体を引きずって、僕は穴に落とした。冷静に高倉の遺体を処理する僕に、晴也は理解が追いつかなかったらしく、珍しく絶句している。


 でも、これでいい。この辺りの森はよほどのことがない限り人が立ち入らないし、ましてや遺体を掘り起こされることなんてまずないだろう。ここは人の少ない町だし、深夜の時間帯であることも手伝って目撃者の心配もいらない。


 よほど運が悪くない限りは、僕も晴也も捕まらないはずだ。



「……いいのかよ」

 

「何が?」


「そんなことしたら、お前まで犯罪者になっちまうだろ」


 

 彼にしては意外な発言だった。

 良心の呵責に耐えかねて、気が弱っているのだろうか。

 


「……何を今さら。そのために僕を呼んだくせに」



 痛い所を突かれたように、晴也は押し黙る。

 僕の役割は、昔からそうなのだ。晴也が何か困ったり苦しんだりした時に、僕は身をもってそれを肩代わりする。彼が真っ当な人生を送れるように、負の側面を請け負うのが、「友人」である僕の役目だ。



「晴也は悪くない。晴也は殺してない。高倉を殺したのは、晴也じゃなくて僕なんだから」



 悪くない、悪くないとまるで母親のように晴也に言い聞かせる。

 晴也の感じる罪の意識が、少しでも薄れるように。



「これは僕たちの罪じゃない。僕ひとりの罪だ」



 高倉と穴に土を被せ終わったので、シャベルで地面を平らにしておく。あとは落ち葉なんかを適当に撒いてカモフラージュすれば完璧だ。これで誰も、ここに人が埋まってるなんて思わない。


 大丈夫だ。バレることはない。

 晴也と僕が、ボロを出さない限りは。

 


「晴也、今日起きたことは全部忘れてくれ。君は明日から、素知らぬ顔で日々を過ごすんだ。いいね?」


「あ、ああ……ありがとう」

 

 

 僕が念押しすると、ようやく晴也も納得したようにそう答えた。

 七月の、蒸し暑い夜のことだった。




       ***




 その翌日、晴也は何事もなく学校に行った。

 さすがにあの事件を綺麗さっぱり忘れることはできなかったのか、表情には少し硬さが残っていたけれど、思い詰めた様子ではない。いつものようにクラスメイトと会話を交わし、ときに彼女のことで男子から冷やかしを受けていた。


 いつもと変わらぬ日常が、彼を迎え入れたのだ。


 高倉のことについては、朝のHRで先生が触れた。

 けれどまだ失踪一日目、軽い家出くらいに思われているのか、警察沙汰にはなっていないようだった。何か知っている人は言うように、とだけ先生は言ってその話は流された。


 晴也はその間も、顔色を変えていない。

 何も知らないクラスの一員として、ただそこにいる。


 そうだ、それでいい。

 高倉を殺したのは僕だ。晴也は悪くない。


 晴也はただ、僕に罪をなすりつけて生きればいい。

 

 それだけでいい……はずだったのに。




「高倉純は、俺が殺しました」




 晴也と僕は、その日のうちに捕まった。





 

        ***




 

 

「先輩、どうでした? 例の容疑者は」


 

 取調室から出てきた刑事に、その同僚が歩み寄った。

 刑事は何か悩みこむような表情をしていたが、すぐに顔を上げて、

 


「ああ、綺麗に自白したよ。

 

「へぇ、そりゃあ良かったですね」


「良いモンかよ。おかげで面倒なことになっちまった」



 その刑事は不機嫌そうに頭を掻き、同僚を連れて喫煙所へと移動した。ケースから煙草を二本取り出すと、そのうち一本を同僚へと手渡す。


 二人並んでライターで火を点けたあと、刑事は語り始めた。



「17時頃に出頭してきたのは、疋田ひきた晴也と名乗ったほうだった。『自分が高倉純を殺した』と綺麗さっぱり自白して、そのまま大人しくお縄についたよ。殺人犯といってもまだ子供だ。あの様子じゃ、罪悪感に耐えきれなかったんだろうさ」


「じゃあ、高倉純殺害の犯人はそっちで決まりなんじゃ?」


「ああ……ただ、面倒なのがもう片方なんだ」

 

 

 眉間に皺を寄せ、刑事はゆっくりと煙を吐く。


 

「疋田晴也の『友人』を名乗る彼は……どういうわけか、『晴也じゃなく自分が高倉を殺した』と言い張っている。妙なんだよ。本人が殺した遺体も証拠も出揃ってるってのに、まだ疋田晴也を庇ってやがる。一体なんのメリットがあるってんだ?」


「はぁ……ていうかそれ、そんなに気にすることなんですか?」


「どういう意味だ?」


 

 同僚は咥えていた煙草を口から離し、刑事の目を見る。

 そして彼はさも当然というような表情で、言った。



 

「だって、どのみち犯人はあいつ一人じゃないですか」




 

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