あっちの世界とこっちの世界4

「じゃ、綴、頼んだよ」


 綴の後ろから現れたユキオが片手を軽く振って、凪達の目の前から去って行った。ドアが静かに閉まり、静寂が部屋の中に広がる。稀月と凪は顔を見合わせて、様子を伺っていたが……――。


「なっんだよあのゲス野郎っ! ふっざけんな! 誰がてめえの言いなりになんかなるか! この野郎! くたばれ! くたばっちまえ!」


 綴は力任せにドアを蹴り始めた。


「ちょ、ちょっと綴! 落ち着いて。どうしたのさ」


 稀月はベッドから飛び降りて暴れる綴の両脇を抱えた。綴はしばらく荒く呼吸をして、やがて落ち着いた。深く深呼吸をする。

 そんな綴の表情を読み取り、稀月は眉をハの字に曲げた。


「あいつの目的は、メンテだった?」

「うん。でも言ってやったよ。その必要はないって」

「じゃあなんで、そんなに怒ってるの?」


「あのクソ野郎、私たちに綿と弦月を探せって。それが終わったら前と同じ。間違えてあっちの世界と繋がってしまった奴らの始末。ねえ、私もうあいつらの言いなりになるの嫌なんだけど」


「綿と弦月って……?」 と凪は聞く。


「僕らと一緒にいた他の子の名前。彼らも僕らが研究所を潰した時に一緒に逃げたんだ。今はどこにいるかわかんないけど、綴みたいに特別じゃない限りメンテもできないし、そろそろ危ない時期だとは思ってた」


 凪の問いに、稀月がサラッと答えると、綴は眉間を寄せた。


「――何、あんた、凪にしゃべったわけ? 何考えてんの」

「しょうがないだろ。お前が、ユキオとどっか行くから」

「あたしだって、望んでない!」

「落ち着いてよ、綴」

「あたしは落ち着いてるよ! ずっと、ずっと落ち着いてる……。落ち着いて、色々考えてる……の…――」


 綴は最後まで言葉を放つことなく、その場に崩れ落ちた。「うわっと」と凪は倒れる寸前の綴の体を抱え、ほっと息をつく。綴は静かに寝息を立てていた。


「疲れたんだね、きっと。僕が目を覚ました時起きてたし、凪が目を覚ますまでずっと起きていたから」

「……ありがとな」





 綴は目を覚まさなかったが、俺たちは無事解放された。外へ出てみると思ったよりも街の近くにいたことに気がつき、家へ帰るのに、そう時間はかからなかった。稀月の背中へ気持ちよさそうに眠っている綴の顔を見て、俺は少しだけ安心した。俺の知らないところで、こいつらの事情があったのを知って、不安だったのだ。綴の口調からして、きっといろんなことを一人で背負い込んできたのだろうと察せる。普段はちょっとやんちゃで、友達は少ないが、他人から人気のある綴が、根は真面目なのを知っている。


「なあ、稀月」


 家へ向かう途中の分かれ道で、凪は足を止めた。日はすでに傾き、夕方から夜に変わろうとしている。


「俺、お前達のそばにいるから。絶対に離れないから。だから……勝手にどっか行くなよ。全部、背負い込むなよ」


 綴が部屋で言っていた“探す”って言葉と“始末”って言葉の真意はわからないが、俺から二人のそばを離れるようなことは絶対にしたくなかった。


「ありがとう、凪。綴にも言い聞かせておくよ」


「頼むぜ」


 稀月は軽く微笑むと、背を向けて、歩いて行った。その背中では未だ綴が眠っている。凪は二人の姿が見えなくなるまで見送り、自分も家へ帰って行った。






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