命の危機の始まり3
「稀月!」
凪が駆け寄り、稀月の体を起こすと、稀月は苦痛の表情で、脇腹を抑えた。その脇腹からは赤い血が滲み出していた。
「稀月! しっかりしろ!」
「……僕は、いいから……先に、逃げて……」
「んなことできるわけねえだろ!」
凪は稀月の腕を肩に回した。稀月は呻き声を漏らすが、どうにかしてここから逃げるために歩き出さなければいけない。
「――ねえ、あたしもう我慢できない」
「……はあ?」
振り返ると、綴はその場に立ち止まったまま、覚悟を決めたような表情で言う。
「もうこれ以上、訳もわからずに逃げるなんて嫌だっつってんの」
「……綴、……ダメだよ」と稀月は微かに口を動かした。その額には汗が浮かんでいる。
「君が、危険な目にあうのは……ずっと、避けてきたんだ」
「うっさい! 気を失っとけバカ!」
綴は容赦無く稀月の脛を蹴った。稀月が倒れ込みそうになり凪もよろける。
「お、おい! 綴!」
――俺を置いて、二人で言いあいしてんじゃねえよ――
目元にうっすらと涙を浮かべている綴は、凪に背を向け、走ってくる男たちの方を向いた。
「待てよ、綴。 お前何するつもりだよ」
凪が、綴の肩に手を触れたその時だった。感じたことのない熱さに、凪は思わず手を離した。
――熱い……いや、なんだこれは。痺れ…?――
たった今体に起きた異変を理解することができず、凪の思考はぐるぐると回る。
「やめな。あたしに触れると火傷するよ」
「なんだそのアニメみたいなセリフ⁈」
男たちはどんどんと迫ってくる。綴は動こうとしない。凪は息をするのを忘れた。
刹那、凪は信じられないものを目にした。
綴が一歩足を踏み出すと、地面が抉れ、振動がわたり、歩いていた男たちはバランスを崩し倒れ込んだ。それでも銃を構えてくる男がいた。男は銃の引き金を引いた。銃玉は目に見えないスピードで綴に命中した……はずだった。音が消え、沈黙が流れているが、綴は膝をつくどころか、微動だにしない。困惑する男に向けて、綴は左手の中指と薬指、小指を折り曲げ、人差し指と親指を伸ばした。
「ばん」
男は何かに弾かれたように後方へ倒れ込んだ。
凪は、自分が何を見ているのか全く理解できなかった。先ほどまで自分たちを追っていた男たちが、もう誰一人立っていない。地面に倒れている。自分は一体何を見せられてるのか。
「……驚いた、よな…」
稀月が重たい瞼を少し開けた。凪は口をパクパクと動かす。言いたいことがあるのに、何を言えばいいのか言葉が見つからない様子だ。
「綴は……、――なんだ」
「……え、なんて?」
数秒遅れて稀月の言葉を聞き返すが、彼は既に気を失っていた。
「はっはっはー。これでわかったか、我が僕よ」
「誰が僕だ!」
腰に手を当てて偉そうに語る綴に対して、凪は思わずツッコんだ。綴は凪に近寄ると、再び腰に手を当てて見下ろした。顔は、よからぬことを企んでいる顔をしている。
「聞いて驚け。私は…―――」
パァーン。
再び、乾いた銃声が聞こえ、凪へ向かって綴の体が倒れていく。地面へ倒れ込んだ綴の体から血が滲み出し、あっという間に地面を赤く染めていく。凪の腕の中には気を失ったままの稀月がいる。
あまりの出来事に、凪は動けなかった。先程まで言葉を交わしていた友人が立て続けに倒れた。
暗闇の中から拳銃を持った男が現れる。紺色のスーツを着こなした姿勢の良い男だった。男の顔は微笑んでいる。
「こんばんは、高校生くん」
「あ、あんた…――」
「おやすみなさい、高校生くん」
男は顔の表情を一つも変えずに、拳銃を凪へ向けた。そしてまもなく、引き金を引く。聞き慣れた銃声と共に、凪はゆっくりと倒れ込んだ。
――なんなんだよ、一体…――――――
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