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スーツケースのふたは、相変わらず開いたまま、中には様々な形の石が、
ぎっしりと詰まっていました。
それを再度見ても、やはり自分にはわからない…と思うのです。
その思いを見て取っているのか、若者は少し冷めた目を向けてきました。
「おかしい、と思うでしょうね…」
善行さんの方を見つめて、言います。
「ただの石に見えるでしょう。
だけどボクにとっては、特別なんです」
そう言うと、若者は石に手を触れました。
「身代わり地蔵って、ご存知ですか?
昔話もあるみたいだけど、ボクの知っているのは、ある神社の境内で、
そこにある石に、自分の悪いところを擦り付けて、お供えするとよくなる、
という言い伝え…
本当なら、自分の身につけるか、一日一緒に過ごしたものに、自分の魂の
ひとかけらを移し替える、と言われています。
それをお供えすると、間もなくして、よくなるらしいんですけどね」
善行さんは不思議な思いで、彼の話を聞いていた。
「ボクにも、猫がいました…」
彼の独白が続く中、善行さんはふと、仏壇を振り返りました。
もし、それが本当ならば、アイツを救えていたのでしょうか?
何年たっても、鮮やかによみがえるあの日のこと…
私も彼のように、それこそお百度参りをすれば、アイツの命を守ることが、
出来たのでしょうか?
迫る想いにとらわれながら、スーツケースに目を落とします。
おびただしい量の石には、どんな想いが込められているのでしょう。
確かに様々な形の、様々な顔の猫の絵が、描かれていました。
それが数えきれないくらい、詰まっています。
一種、異様な光景ではありました。
「で、どうしたんだ?」
善行さんが問うと、若者は話の続きを始めます。
「実は自分には、小さい頃からいつも一緒にいた、猫がいまして、
その猫がある日、病気になってしまったんです…」
静かに語り始めました。
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