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 それは、赤いベルトのついたツッカケです。

サンダルなんて、オシャレなものではありません。

まさしく、草履(ぞうり)。つっかけなのです。

この女物の履物は、靴箱にしまい込んで久しいのです。

履く者がいなくなった、寂しいツッカケ…

それを久しぶりに見た途端、善行さんの目が少しうるんできました。

(借りるよ)と、心の中でつぶやくと、そぅっと壊れ物のように手に

持つと、ミツキちゃんの足元に置いて、

「履いてごらん!」と言いました。

ミツキちゃんは、小さな足をスルッと通して、バタバタと、猫の側に

駆け寄りました。

善行さんは無言で、その様を見守っていました。

まるでジイジと孫のように。


 ミツキちゃんは、斜め掛けしたカバンから、おもむろにパンを出そうと

したので、さすがの善行さんも、その手を押さえました。

「えっ?」

ミツキちゃんは、真ん丸な目を善行さんに向けます。

「ダメだよ!この子はまだ小さいから、こんなものは食べられないよ」

と言い、せめて…と、深めのボウルを取ってくると、スキムミルクを

薄めたものを入れて、覚ましたものを手渡しました。

「ホントは、違うものがいいけど…今は仕方がないなぁ」

今度、用意するよ!と善行さんは言いました。

 ミツキちゃんは、その皿を子猫の前に置くと、猫はミツキちゃんに

近付いて行き、その膝にすり寄ってきました。

「猫ちゃん、私のことを覚えているみたい!」

嬉しそうな声を出すので、善行さんまで嬉しくなりました。

「そりゃあそうだよ!

 自分のために、一生懸命になってくれた人のことは、わかるもんだよ。

 なんてったって、命の恩人だ」

善行さんがそう言うと、ミツキちゃんはとても嬉しそうな顔で、笑いました。

善行さんは、その笑顔に見とれました。

そうしてふと思いつくと

「この子にも、名前を付けないとな!」

そう言うと、「あっ!」とミツキちゃんは声を上げ、

「シロちゃんじゃ、ダメ?」

善行さんの顔を見上げました。

う~んと腕組みをしていた善行さんは、

「犬みたいだなぁ」

しばし考えましたが、何も思いつかなかったので、そのままうなづいて

笑いました。

 

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