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 あくる日、やはり早朝に目覚めた善行さんは、大きく深呼吸して、

ラジオ体操を始めました。

 この日は雨も上がり、さわやかな朝なので、腹ごなしに、その辺を

朝の散歩としゃれこもうかと思います。

さっさと手早く身支度すると、ふとコンビニに、牛乳とパンとバナナ、

ボスの為にチクワでも買ってこようか、と思い立ちました。

サッと洗面所で歯を磨き、ヒゲをそっていると、徐々に身体が覚醒している

のを、感じました。

朝の大気を吸って、身体の細胞が次々と、取り込んでいくのです。

そんな感覚を感じつつも、鏡の中の自分にカツを入れる。

コレは毎朝の儀式なのです。

 妻が生きていた頃から、冷水で顔を洗うとビシャビシャと叩く。

そうすると、シャキンと身が引き締まる思いがするのです。

冬だと、これに乾布摩擦が加わります。

今は梅雨時なので、汗をかくため、それはしません。


 窓を開け、少し湿った空気を、胸いっぱいに吸い込むと、仏壇に向かう。

そして「おはよう」と言う。

すると写真の中の妻が、微笑んでいるかのように、見えるのです。

不思議なもので、その時々の気分によって、見え方が様々で機嫌がいい時は

微笑んでいるし、少し虫の居所が悪い時は、たしなめるような顔をしている

のです。

善行さんは今でも、妻は写真の中で生きているのだ、と感じることもある…

と、よっちゃんに言うと、笑われそうだけど。

そうして

「ちょっと、行ってくる。すぐ帰ってくるからね」

と言いおいて、すばやく玄関に降り立ち、履き古した白いスニーカーに、

足を突っ込むのでした。



 

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