8

「ゼンコーさん!」

 よっちゃんはそれでも、善行さんの肩をガシッと、ホールドします。

「大丈夫だからな!」

なぜか善行さんの顔を、うるんだ目で見つめます。

「な、なにが?」

 オッサンの涙なんて、気持ち悪いぞ。

若干善行さんの顔が、引きつっています。

「お、オレが、奥さんの代わりに、ずっと側にいるからな!」

ガシガシと、善行さんの身体を揺すりました。

善行さんはアワアワ言いながら、よっちゃんの手から逃れようと、身を

よじりました。

「何だったら、いい女を紹介しようか?」

「よっちゃん!」

善行さんは呆れて、よっちゃんの口を封じようとします。

「それは、少し、違うんだなぁ」

憐れむように見ると、もう一度、

「時間は、大丈夫?」と聞きました。

 よっちゃんはさすがにマズイと、あわてて飛び出して行くと、

善行さんはようやく、ホッと一息つくと、居間の座椅子に腰を下ろします。

よっちゃんがいなくなると、さすがに静かになりました。


 小鳥のざわめきと、風の音。車の音…

食べ物屋さんからは、美味しそうな匂いが漂ってきています。

善行さんは、少し空腹を感じて、コーヒーを入れ直しました。

 しばらく、台所仕事に専念していると、縁側の方で、カタンと物音がします。

ガスを消すと、音のした方に向かいます。

 いつの間にか、またボスが戻って来て、お決まりの場所で丸くなっています。

「おや、戻ってきたのかい?」

善行さんは縁側に置いてある、今は亡き奥さんの座布団に、丸くなります。

「ボス、おまえ、うちの奥さんのこと…覚えているかい?」

ボスはチラッと見た後、前足をなめた後、また丸くなって目をつむります。

「ボス、おまえ、奥さんのことが好きだったもんなぁ~」

ボスは今度は、チラとも見ずに、眠ってしまう。

「ボス…おまえ、うちの奥さんのこと、見えるかい?

 いいなぁ~ボクは見たいけど、見えないんだ…

 もしも見えたら、話をしたい。

 話すことが、一杯あるんだ…」

善行さんはボスの傍らに座り込み、ボスの背中に撫でてみました。

ボスは気にすることなく、余裕な落ち着いた顔をして、片耳を時折ピクッと

した後、また眠り続けます。

その時、

「おーい、ゼンコーさん!」

という声が、聞こえてきました。

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