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「なんでまた、こんな訳の分かんない店を始めようと思ったの?」

 よっちゃんは再度、聞きます。

善行さんはうーんとうなると、

「オレもそう思う。

 何でなんだろうねぇ~

 気楽な郵便配達のバイトでもいいし、仕分けの手伝いをして、

 小遣い稼ぎをすればいいのになぁ」

ニヤリと笑います。

な、そうだろう、とよっちゃん。

「金になんないだろ?お客さんが来るかどうかも、わからないし」

「いいんだよ、それで」

だが善行さんは、少しも揺らぐ様子がありません。

「だってさ」

クルリと仏壇を振り返ると、

「人には、捨てられない思い出があるんだ。

 オレにもまだ、捨てられない物がある。

 アイツの…」

おもむろに、仏壇の写真を指し示します。

 写真には、まだ40代くらいの、若々しい笑顔がとてもきれいな女の人が

こちらを向いています。

善行さんは、写真を食い入るように見つめると、

「あいつの残した持ち物は、未だに捨てられないんだ。

 どうしてかなぁ~と思ったら、まだ《死んだ》という事実を、受け止め

 きれていないんだ、と思う。

 まだ、こんなに若かったんだ。

 もっと、色んなことを、するはずだったんだ」

善行さんは、静かに写真を見つめます。

よっちゃんは再び、善行さんの前に来ると、じぃっと彼を見詰めます。


「突然だったもんなぁ~」

 よっちゃんは、しみじみと言います。

「和枝さん、幾つだったっけ?」

「45!まだまだ、元気だった」

「そうだよなぁ~女ざかりだもんなぁ」

二人でしばらく、写真を眺めます。

健康そうな笑顔の女性が、ほんの少し笑ったように見えました。

「きっとさ、そういう人は、たくさんいると思うんだ。

 そんな人たちの、行き場のない思い出の行き先を、見つけてあげることも、

 もしかしたら、人の役に立つことなのかなぁ~なんて、思うんだ」

妻の写真に、語り掛けるようにしています。

「ゼンコーさん、あんたって…」

そう言うと、よっちゃんは目を真っ赤にしながら、彼の肩に両手を乗せ

ました。

「オレがずっと端正にしていた庭を、きれいにする人もいない。

 寂しいもんだよ…」

淡々と語ります。

「えっ?」

よっちゃんは下から彼をのぞき込みます。

「あっ、おしゃべりが過ぎたなぁ」

苦笑いを浮かべると、

「おい、おまえ、時間は大丈夫なのか?」

真顔になると、よっちゃんに向かって聞きました。





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