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「じゃ、これ」

 翔子さんは、袋を差し出しました。

「そして、これも!」

と、小さな袋も差し出しました。

「えっ?」

少し戸惑いながらも、差し出された二つの紙袋を受け取ります。

これは?と、軽く小さな袋を持ち上げると、思いのほか軽くて、

フワッと持ち上がりました。

「お礼といっては、おこがましいけれど…チーズケーキを焼いて

 きたんです」

そう言って、はにかみながら、下を向きました。

「おお!じゃ、コーヒーを入れよう!」

よっちゃんが、嬉しそうに言うので、

「お前が、言うか?」

早速善行さんが突っ込むと、すかさず

「よろしく」

案の定、よっちゃんがヘラリと笑います。

「ホント、仕方がないなぁ~」

善行さんは、よっ!と立ち上がり、そそくさとキッチンに消えます。

よっちゃんは我が家のごとくふるまい、

「ささ、どうぞ」

翔子さんをエスコートして、椅子に座らせました。


「で、お代のことなんですけど…」

 すぐに、翔子さんが聞くと、

「お金?」

キョトンとする、善行さんです。

「まさか、決めてないの?」

へっ?とよっちゃんが聞き返します。

「うん、まだ」

「あらまぁ~」

翔子さんと顔を見合わせます。

「だってさ、店のことも含めて、これから決めるつもりだったんだ」

言い訳がましく言います。

そうして、何だか居心地が悪くなったのか、

「ヨシアキ、お前、家に帰れ」

八つ当たりをするように、追い払おうとします。

「まぁまぁまぁ、ゼンコーさん!」

よっちゃんは、ご機嫌を取るように、善行さんの肩をもみました。


 トレイに乗せたコーヒーを、翔子さんとよっちゃんと、自分の分と

ひとまず置きます。

「美味しそうですねぇ」

顔をほころばせつつ、切り分けたケーキを小皿に乗せて、余ったのは

大皿に入れて、真ん中に置きます。

「とんでもない」

彼女ははじらいつつも、まんざらでもない様子です。

 善行さんが腰を下ろすと、

「ところでどうして、『ゼンコー』なんですか?」

翔子さんが尋ねます。

 ほら、やっぱり!

善行さんは、よっちゃんの方を向きます。

よっちゃんはヘラッと笑い、

「話してなかったっけ?」

のんびりとした顔をして、そう言います。

「コイツね、ゼンコーと書いて、よしゆきと言うんだ。

 《鈴木 善行》なんだぜ!

 あの70代首相の鈴木善幸とは、一文字違い!」

反応を見つつ、よっちゃんは我が事のように、得意気に言います。

「キッカケはね、小学校の担任なんだ。

 初めて教室に入ってきて、出席を取ったかと思うと、

『あら、鈴木君、ゼンコーって言うのね?』と聞くから、

 コイツは『ゼンコーじゃない、よしゆきだ!』と言い張って、

 先生相手に、文句を言ったんだ。

 それ以来、あだ名はずっと、《ゼンコー》。

 これからも、ずーっと!」

よっちゃんが、善行さんの代わりに、説明しました。

「いいお名前ですね」

カップをもてあそびながら、翔子さんは善行さんに向けて、心をこめて

言いました。


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