10

 善行さんは、翔子さんを見ました。

翔子さんは善行さんに、紙袋を差し出します。

彼はその手を見下ろします。

それは、上質な紙を使った紙袋で、持ち手もひもで出来ていて、

丈夫な作りです。

中からは、アルバムが2冊と、封筒らしき束と、指輪の入った箱が

見えています。

そこにどんな思いが、詰まっているのでしょう。

翔子さんは、じぃっと彼を見つめています。

その視線に耐えられず、善行さんは目をそらします。

ため息一つついて、うなづきかけた、その時です。

「もちろん、いいですよ」という声が、後ろから聞こえてきます。

はじかれたように振り返ると、

「な、いいだろ?」

あまりにも自然に、よっちゃんが立っていました。


(いつの間に、戻ってきたのか?)

善行さんは、目を丸くしました。

そして彼女の視線を感じると、視線を元に戻し、

「一応見させて頂いて、それから返事をさせてもらいます」

そう付け加えます。

よっちゃんは、不満そうな顔をしています。

あとできっと、

『なんですぐに、オッケーしないんだよ』

と、責められることでしょう。

そんな顔をして、口だけを動かして

『ケチ』と言いました。

(勝手に言ってろ!)

善行さんは紙袋を受け取って、机の上に載せます。

ズシンと重たい袋で、こんな重たいものを下げてきたのか…

あらためて、彼女の思いを感じるのでした。

置いた瞬間、ポロンと音がします。


「えっ?」

 驚いて中を、のぞき込みます。

それはてっきり、結婚指輪の入っている箱であろう…と思っていた

箱でした。

「指輪じゃないんだ…」

思わずつぶやくと、

「あっ、指輪…入っています」

翔子さんは、袋から箱を取り出しました。

「彼のだけね」

大切そうに、小さな箱を開けました。

 するとポロローンと、また音がします。

「これ、オルゴールなんです」

蓋を目一杯開け、下のネジを巻きます。

すると、懐かしい音色が流れてきました。

青いビロードが、内張りしてあり、フタの裏には鏡がついていて、

左側にみぞがあり、そこにまだ、新しい指輪が差し込んであります。

それからアクセサリーを収納される部分に、フタがしてあり、

それを開くと、金色の部分が現れました。

ピンピンと、クシみたいな部品を弾いて、丸いドラムが回っています。

丸いドラムには、小さな突起がいくつも飛び出ていて、それが回転する

たびに、クシを弾く仕組みになっていました。


 翔子さんの手の中で、オルゴールが鳴るのをのぞき込みながら、

ふとあることに、気が付くのでした。

「あれ?一個?」

彼女を見ると、

「もう一個は、ここよ!」

そう言って、自分の薬指を見せました。

白くて細い指には、確かに銀色の光を放っていました。

それを引っ張る仕草をすると、

「抜けないんです、どうしても。

 抜けないから、何だか忘れられなくて」

何気なく、自分の薬指に触れています。

「もちろん、もう、籍はないんです。

 だけど家に帰ったら、彼が待っているような気がして…」

そう言うと、

「バカでしょ、私。未練がましくて」

ほんの少し笑いました。

「そう…」

善行さんは、彼女を見ると

「無理に外さなくても、いいんじゃない?

 いつかは、外れますよ」

励ますように言います。

翔子さんはほんのりと、微笑みました。

「ありがとう」

二人が、ほんの少し見つめ合っていると、

「なんだぁ、いい雰囲気~!」という声がしました。


「おい、よしあき!」

 善行さんは呆れたように、声をかけます。

「いいなぁ~」

羨ましいなぁと、口の中でつぶやきながら、よっちゃんは

「ゼンコーさん!ボクも行くよ!用意してくれ」

無邪気にはしゃぐ声が、聞こえてきました。








 

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