8
「ちょっと、失礼」
善行は、台所に向かいました。
手早く平皿に、ミルクを入れます。
居間にとって返そうとすると、ボスが足元にまとわりついてきました。
自分から身体を押し付けてくるのは、ボスにしては、珍しい行動です。
「どうした、おまえ」
ボスは甘えた声で、善行の方をあおぎ見ます。
「どうした?」
しゃがみ込んで、ボスに触れると、前足に血がかすかに、赤黒くにじんで
いるのが見えました。
「おまえ、ケンカしたのか?」
ボスは善行を見上げて、まるで返事をしているようです。
足元に丸まって、ゴロゴロと喉を鳴らしています。
「ちょっと、待てよ」
ミルクを入れた小皿を、ボスの前に置くと、居間にとって返し、救急箱を
手にして来ました。
「よしよし」
背中を撫でてやると、救急箱を開けて、消毒薬と、ピンセットと、ガーゼを
取り出すと、
「我慢しろよ」と言いつつ、オキシドールを手に取りました。
すると、スルッと翔子さんが顔をのぞかせ、
「貸して」と言うと、手早く消毒薬を湿らせたガーゼを、ピンセットにはさむと、
「押さえてて」
短くそう言い、ササッと前足に当てました。
ミャア
ボスは身体をジタバタさせますが、翔子さんがあっという間に済ませ、
「ごめんね」と、頭を撫でているうちに、おとなしくなりました。
その様子を見ていた善行さんは、
「仕事は、何をしているの?」
ふと、口をついて出ました。
チラッと、翔子さんは顔を上げると、
「今は何も…」
それだけ答えます。
そのことを、善行さんは意外に思いました。
「もしかして…看護師さんとか、してたんじゃない?」
普段は他人には一切干渉はしない…というのが、善行さんの常なのです。
だけど翔子さんは善行さんを見上げると、無言で頭を振りました。
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