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 しばし穴が開くくらい、新聞の掲載記事を読んでいた男は、かなりの時間、

呆然自失しておりました。

柱時計が時を刻む音を聞いた瞬間、ハッと我に返り、冷めきったコーヒーを

口に運びました。

そして、またはぁ~とため息をつくと、

「ゼンコーさん!ゼンコーさんってば!」

という声が、響きます。


(おっ、こんな時に、誰だ?)

 ようやく我に返ります。

老眼鏡を、机に置くと、立ち上がり、廊下を経て、玄関先へと向かいます。

すると、カラカラカラ…

引き戸の開く音がします。

「ゼンコーさん、お邪魔するよ!」

その声と共に、バタバタと、乱暴な足音が聞こえてきました。


「なんだ、よっちゃんじゃないか!」

 男は足音のする方へ、歩いて行きます。

よっちゃんは、我が家のごとく、台所の冷蔵庫に手を伸ばした瞬間でした。

その時、甲高い女性の悲鳴が響き、

「ドロボー!」

と叫ぶので、男はすぐさま悲鳴のする方へ向かいます。

そこには、見知らぬ女性が玄関のたたきに、しゃがみ込んでいました。

「姉さん、どうした?」

男がのぞき込むと、ようやく女性の顔に生気が戻り、震える手で

「あそこ」と指し示します。

そこにいたのは、例のよっちゃんです。

「おい、よっちゃん、何してんだ?」

よっちゃんは、全く躊躇なく、冷蔵庫を開け閉めしています。

「おいおい、そりゃあ、ないだろうよぉ」

ゼンコーさんは、眉をしかめます。

よっちゃんは、冷蔵庫のあまりものを引っ張り出すと、それをつまみに

勝手にビールをまさに飲み干そうとしているところでした。

「現行犯だな!

 確かにこれは、ドロボーだなぁ。

 オレでも、お日さんが高いうちは、酒なんて一滴も飲まないんだぞぉ」

あきれ果てる家主をよそに、よっちゃんはニヤッと笑います。

「やぁ」

軽く手を上げると、

「お客さん」

短く声を掛けました。


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