第6話 激動

―――俺の社員番号は16800から19473へと変わった。


―――しかし人生で幾度目かの挫折を早々と味合わされるのも直ぐの話だった。

慣れ親しんだ店舗から異動し隣町の店舗へ移った。

そこは同志社大学が近くにあり老若男女が行き交うすごく忙しい店舗だった。

そこで私は右も左も社員としてどう行動すればいいかわからず、ただただ様子を見る毎日だった。

そこからだった。他の社員やパートさんから総スカンを喰らうのだった。どうも俺は空気が読めないらしい。

晴れて正社員になれたらアリスと結婚しようと決めていた。決めていたはずなのに、また責任が重くのしかかる。

そこで再び気が狂い、今回の人生25歳にして4回目の入院をすることとなる。


病棟にはゴキブリが闊歩し、夜には眠れない人たちがデイルームで談笑をする。

ああ、またこの匂いだ。臭い。

観察室は薄暗く相も変わらず、怖い。恐すぎる。

観察室では髪の長い目の無い女性がずっとこちらを見て微笑んでいる。

私は布団で顔を隠し布団にくるまった。

布団の中では5歳くらいだろうか。色白の少年がこちらを覗き込んでいる。

目は血走っていてこちらを殺すといわんばかりにジッと睨みつけている。

目を瞑った。早く退院させてほしい。こんな所にいると気が狂う。

早く出してほしいと切に願った。


永かった。その時は1分1秒がこんなにも長いとは思わなかった。

折角、正社員になれたのに。また夢は儚くも散っていった。

ひたすら大人しく過ごした。早く出たい、4人の大部屋に移ってからは早かった。

しばらく経つと単独外出が認められることになる。

久しぶりに吸う煙草はそれはもう美味だった。この世のなんとも形容し難いそんなうまさがその煙草にはあった。

LUCKY STRIKE 11mg。ひとしきり煙草を堪能したあとは16時までに病棟に戻り

また病棟で大人しく過ごした。全てはアリスと共にまたやり直すことを願って。

病院の喫煙所の人たちは皆優しかった。こんなどうしようもない俺をみんなして励ましてくれた。

「頑張ろう」怜也青年はまた固く誓ったのだった――――――


3ヶ月後と数日後――――――

怜也青年は再び仕事を始めることとなる。

怜也青年の母店は元いたホームグラウンドに帰ってくることになった。

そこでは椎名くん男は田渕くん土間くん安井くん奥島くんと出会うこととなった。

すっかりメンバーも変わった店舗は活気づいていた。

椎名くんと田渕くんは同志社大学に在学する大学生。

椎名くんはイケメンで身長も高く少しオタク気質で毒舌ではあるが、気の良い優しい子だった。

田渕くんは怜也青年と顔も似ている野球部でとにかく優しい子だった。

安井くんは車が大好きで大学生ながらスウィフトスポーツを乗り回し

笑う時はガハガハ笑う豪快な奴だった。

奥島くんは少し太っちょでUVERWORLDが大好きな聞かん坊だった。

何を注意しても聞く耳を持たず、舐められていた。それでもよかった。

男ばかりの店舗に程なくして華がやってくる。その女の子は華奢で底なしに優しい藤森さんという子だった。

このメンバーなら楽しくやれる!そんな気がしてならなかった。

店長は喜多川統括店長から変わりなかった。

とにかく楽しく仕事をした。椎名くんと入る時はひたすらゲームの話をした。

ポケモンが大好きだった。筆者も5歳の頃からポケモンは大好きで

一番好きなポケモンはミュウツーだ。原点にして頂点。ミュウツーこそ最強のポケモンだ。

男は最強が大好き。椎名くんとはいつも盛り上がっていた。


田渕くんは野球球児ながら優しい笑顔でいつもニコニコ。俺の言うこともしっかり聞いて仕事をこなしていた。

田渕くんは俺とよく似たタイプだったため、贔屓目で見ていてとても可愛がっていた。

この二人とは今後とも長く付き合う仲となった。


喜多川統括店長はクルマが大好きでマツダのRX-8に乗っている。

ロータリーエンジン式のスポーツカーだ。

安井くんとは常にクルマの話をしていた。

少し羨ましかった。私が乗っているのはN BOX Customだからだ。

ただ軽自動車とは名ばかりで車内はとても広い。

青のアイシャドウのようなLEDに惹かれた。

車内も足元は青く光る。とてもお気に入りの一台だ。

ナンバーはアリスの誕生日である515。愛してるよ。アリス。


正社員として働いて2年が経った。2017年の12月24日クリスマスイブに妻と私は結婚したのだった―――


そこからは激動と波乱に満ち溢れた壮絶な人生となった。


―――喜多川統括店長は程なくして、マネージャー職に再就任。


私は祝園という店舗で働いていた。まだ店長にもならず、いろんな事を仕事しながら覚えていった―――

色んな店舗で働かされた。ある時は京田辺。ある時は押熊、またある時は城陽と。


順調に仕事もこなしていた矢先、訃報が入った。

認知症が進行していた祖母、咲子が亡くなった――――――


祖母は熊本で習字の先生をしていた。旧姓は工藤という。

なんか、旧姓になりたかったな。(笑)

お葬式では天理教仕様の式が執り行われた。

母は眠る祖母の棺に寄りかかり、何度も「ありがとう…ありがとう。」と涙していた。

その姿を見ていた私たち、西浦一家も涙ぐんだ。

親父はずっと天を仰ぐように涙が落ちないように天井を見上げていた。

―――私は視えていた。母の肩をそっと叩くお祖母ちゃんの姿が。

それは優しく微笑み、また周囲に居る私たちにも優しい笑顔を見せていたのだった―――


それから怜也は様々な仕事をこなしていった。新店応援にも行かされた。多忙を極める新店はお祭りムード。

早朝5時に起きて車で尼崎や豊中や西宮に行った。

舞鶴まで車を走らせた事もある。綺麗な店内。倉庫に山盛り積まれた段ボール。

社員で溢れる店内。開店と同時にごった返す人波。お祭りムードだ。


―――舞鶴での応援は最悪だった。前乗りということで、夜に高速で車を飛ばして向かった。

途中、森林が多く、虫が飛びかかりフロントガラスはベトベトになっていた。

霧の様なモヤのような白い煙を過ぎ去ろうとした時、ハッキリとフロントガラスに女性の顔が映った。

バックミラーを見ると後部座席にワンピースを着た若い女性が乗っていた。怖い、怖過ぎる。


恐怖の時間を過ぎ、舞鶴にあるホテルに泊まった。

とても怖い場所だった。一人で泊まるには怖すぎた。人気も無く

夜はずっとテレビを点けていた。その時だったテレビは砂嵐に変わり、眼の無い女性の嘆く顔へと変わった。

あまりの怖さに牛丼を食べに、外へ出た。夜風が心地いいが怖い。煙草に火をつけて翌日の勤務を憂い思う。

翌日、案の定、体調は悪かった。女性社員と朝食に行き

車を飛ばして新店に駆けつけた。体調は優れない。正直、しんどい。

昼ぐらいに休憩を摂る。ダメだ、食った物を吐きそうだ。

マネージャー陣に声を掛けた。「しんどいです。帰らせてください。」とだけ言った。

昨晩、部屋に出た髪の長い幽霊が眼に焼きついて離れない。


明るい昼間に私は自宅へ帰る事となった。

眠過ぎて道中のことは覚えていない。高槻にあるサービスエリアで仮眠を摂ったのは覚えている。

妻と電話をして、「必ず帰るからね」とだけ言い残しその場を後にしたのだった。


―――俺は呪われている。人には見えない、何かが確実に見えるし。

左肩はギターの影響だけではなく、ずっと重い。何かがずっともたれ掛かっているような。

冷たい声で耳元へ囁く声がする「…死んでみる?フフフッ」

自分ではその姿は見えない。守護霊なのか、悪い霊なのか。

でも人のオーラは感じる。イメージカラーというのだろうか。

その人に宿る色が言葉を交わさなくても見える。

それは服装の色ではなく、内に秘める色。

見えるからこそ近づくべき人間とそうでない人間がハッキリとわかる。

しかし、それは病状が悪化すると正常な判断ができなくなってしまう。


2023〜24年に掛けて怜也は多忙を極める中、ストレスを極限まで溜め込んでいた。

妻との間に子供ができず、悩んでいた怜也とアリスは不妊治療に頼ることにした。

それでもなかなか、出来ない。仕事も佳境に入っている為、妻との時間も碌に取れなかった。

姉の舞は精神を病み、40までに死ぬと祖父ちゃんの家で正月に集まって言っていた。

舞は父と同様、突発性難聴を患っていた。大好きだったはずの音楽も嫌いになっていた。

妹の唯は弁護士になるため、弁護士事務所で働いている。

皆、幸せになってほしいと願うばかりだ――――――

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