02
俺と優樹の出会いは五年前にさかのぼる。
なんとなく訪れたショットバーで。席が隣になって。二人ともこの街に来たばかりの二十二歳であることがわかって。連絡先を交換して。あの頃は両方とも髪は短くて黒かった。
好きだと言ってきたのは優樹の方だ。俺はそこまで想われていたことに気付かなくて戸惑うばかりだったが、あまりの真剣さに折れて唇を許した。
お互い初めての恋人だったから、セックスなんてどうやるかどうかわからずにグーグルに頼ったし、優樹の方がガタイがいいからという今となってはよくわからない理由で俺が突っ込む方になった。
「俺だけを見て、優樹」
「うん。わかっとう」
そう約束したはずなのに、今はこのザマ。俺は上司と反りが合わなくて残業に押しつぶされて逃げるように会社を辞めており、すがれるものは優樹しかいないというのに、フラフラ他の男の家に泊まってくるのだ。
「おはようさん。よう寝れた?」
優樹は俺のタバコを勝手に吸っていた。カーテンから差し込む光を見るに朝か昼みたいだ。時間の感覚などとうに失っていたから時計を見るか優樹に聞くかしないとわからない。
「優樹……今何時……」
「昼の一時。外暑いやろなぁ。腹減ってへんか? 何か頼もか?」
あの胸糞悪い例え話を思い出した俺は言った。
「松屋の牛めし」
「ほなそうしよ。トマトのハンバーグは……なんや、まだかいな」
キョロキョロと周りを見渡す。玄関の方にデカいゴミ袋が二つ見えた。一つは燃えるゴミ。もう一つは缶瓶ペットボトル。俺がストロングゼロばかり飲むのでそいつで満杯だ。
「ん……メシくるまで三十分やて。イチャイチャして待つ?」
「そんな気分じゃない……」
俺もタバコに火をつけた。クーラーを効かせるために窓は閉め切っているから煙が容赦なくワンルームにこもった。優樹が言った。
「あのさぁ雅人、考えとってんけど、もうちょい広い部屋に二人で引っ越さへん? シングルベッドで寝るんキツいて。どうせ僕ほとんどこっちに入り浸ってんねんしちゃんと同居しようなぁ」
「……昨日は他の男のところに行ってたくせに?」
「それはそれ。これはこれ。なっ、金なら出すし。なっ?」
それから、優樹はスマホを見せてきた。不動産屋のアプリでいくつか物件をピックアップしていたようだった。
「こことかどない? 近所にスーパーもコンビニもあるし便利そう」
「なんか……そういうの、考えられるほど頭回んない。勝手に決めろよ」
「ほなそうするでぇ?」
ほどなくしてデリバリーがきて俺は牛めしをかきこんだ。一人だとあまり食事をする気になれないが優樹がいてくれるなら話は別だ。満腹になりベッドに仰向けになりゴミは優樹に片付けさせた。
「雅人、薬調達してくるわ。アホみたいな飲み方しとうからすぐなくなるやろ。タバコも少ないし色々買ってきたる。一人で待てるか?」
「うん……待つ」
取り残された部屋。俺はベッドに仰向けになってぼんやりと考えを巡らせた。
新しい場所で優樹と二人暮らしというのは悪くない。ゴチャゴチャしたことはあっても五年間付き合ってきたわけだし、この人生預けてもいいと思ってる。
俺は無職になったことを両親には言っていなかった。加えて男の相手がいることは絶対に打ち明けることがないだろう。結婚できない間柄。紹介したところで反対されるのがオチだ。
同居、というのは実質結婚みたいなものか。浮気癖も治るだろうか。そんな淡い期待を胸にひたすら優樹を待ち続けた。
「お待たせぇ!」
大きなビニール袋を三つくらい提げた優樹が帰ってきた。まずは冷蔵庫に缶を並べだした。酒、酒、酒、とにかく酒。それからカップ麺やら冷凍のパスタやら。タバコ。そして一番大事な薬。
優樹がどこから薬を手に入れているかどうかは知らない。どんな薬かもきちんと知らない。ただ、これを飲めばどんな気分だろうと眠ることができているのでそれでいい。
「優樹……同居の話なんだけど」
「んっ? なんや?」
「できるだけ早くがいいな。俺、荷物まとめとくし」
「そうかぁ! ほな僕が色々決めてまうで? ええな?」
「任せる」
買い出した物の整理が終わったので俺は優樹をベッドに押し倒した。
「しよう……」
「おいで、雅人。気持ちようさせたる」
他人が見たら胸焼けして吐きそうなくらい甘い言葉を交わして互いを確かめ合って、やっぱり俺の相手は優樹しかいない、そう確信して眠りに落ちて目が覚めると一人にされていた。
「えっ……嘘っ……」
また。また音信不通。時刻は夜の二時くらいだった。ありったけの恨み言をスマホに打ち込み、それでも最後はこう残した。
「好きだから待ってる」
しかしシラフでは待てない。俺は冷蔵庫にあったストロングゼロを全て引っ張り出して来て、貰った薬も全部開けて、胃に押し込んだ。
「優樹……早く帰ってきてよぉ……優樹ぃ……」
俺にはお前しか、お前しか、お前しかいないんだよ。
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