第8話 真祖は異性界でも引き籠りたい
朝穂 麗の視点
ドクンと心臓が脈を打った。無くなっていた心臓がいつのまにか復活していたのだ。胸に開いた穴は、とっくに塞がっている。
心臓が鼓動を始めて暫くすると、閉じていた瞼が開かれた。
真っ赤な瞳を見開き、口から牙をむき出して、機械仕掛けのような不自然な動きで、その女は上半身を起こした。何が不自然かというと、人間の動きには欠かせない、筋肉の緊張や反動、重心の移動といったものが微塵も見られないのだ。人形が、糸で吊り上げられたかのように、上半身だけが起きた。明らかに、筋肉による動きではない。
次の瞬間、女は周りを見回して牙をむき出していた口を閉じた。
表情に困惑が見える。
『ワタシハ、アノトキ、コロサレタハズ』
そして、自分の横に死体が並んでいるのに気が付いた。
爬虫類のような尻尾のある女、頭に鋭い2本の角がある女、蝙蝠のような翼と鞭のような尻尾がある女、肌が褐色で耳が尖った女。
女の横に綺麗に並べられているが、いずれも胸に大きな穴が空いていて、穴の周囲には折れた肋骨が飛び出している。顔は、いずれも苦痛に歪み、口の周りは血まみれだ。
「ひっ」
女は自分自身がヴァンパイアであることも忘れて、死体を見て悲鳴を上げた。
『な、何よ、ここ。死体置き場なの?』
次の瞬間、自分自身も心臓を抉られて殺された記憶がフラッシュバックした。
「キャッ」
女は、その恐ろしい記憶に、体の震えが止まらなかった。
「だ、誰か助けて」
目を瞑り、両手で頭を抱えて泣き始めた。
「誰か、誰か助けて」
どれくらいの時間そうしていただろう。
扉が開き、扉の所で誰かが息を飲む気配があった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まさか?生き返ったのか?」と、男の声。
女はゆっくりと顔を上げて扉の方を見た。
「ひっ」と女は悲鳴を上げて固まる。
「見るなり悲鳴を上げられたら傷つくんだけどな」と俺が言うと
女は一瞬、驚いたように目を見張る。
真っ赤な瞳は、俺の方が恐い。
「そこに居るのは嫌だろう。出たらどうだ」と誘いかけると
女は周囲を見回して、自分の状況を再確認したのか、
「出たいわ。でも、あなたも怖いし」と面と向かって言われた。
「あんたたちの記憶の一部を見せてもらった。地球からこの世界に無理やり転移というか、転生させられたようだな。俺が、あんたたちを見つけた時は、皆死んでいたぞ。それで、埋葬だけでもしてやろうと思ってこの部屋に入れておいたんだが、あんたはヴァンパイアだけあって、生き返ったんだな」
「地球って、あなたも地球の人?」
「元はな。俺は地球で一度死んで、この世界に転生したようだ」
俺のこの言葉を聞いて、女は目に見えて緊張が解けた。
「わ、私も地球で死んだのかな?」
「そこまでは、分からない」
「私を助けてくれる?」と縋り付くような目で聞いてくる。
「同郷人だからな。出来るだけ助けてやるよ」
「よ、よかった」と大きなため息をつく。
「とにかくこの部屋から出ようか」
「腰が抜けて立てないわ」
「仕方がないな。俺が手伝ってやろう」
俺はそう言って独房の中に入り、その女を抱き上げて独房から出た、
血の匂いが充満している独房から出て、俺はすっきりしたが、この女はどうなんだ?ヴァンパイアなら、血の匂いを嗅いでる方が嬉しいのかも知れないと思った。
女を地面に降ろそうとすると、
「このままでお願い」としがみついてくる。
仕方がないので、女をお姫様抱っこにしたまま話をすることになる。困った俺は
「あの死体を埋めてやりたいんだが」と地面に降りてくれることを暗に促すと
「あの部屋は何?」としがみついたまま聞いてくる。
「あれは、俺のスキルだ」
「スキル?」
「この世界に転生するとスキルが使えるようになる。あんたも自分のスキルを確かめてみたらどうだ」
「レイよ」
「はっ?」
「あんたじゃなくて、レイって呼んで」
「ああ、レイと呼べばいいんだな」
「あなたは何て呼べばいいの?」
「俺か、俺はラモンだ」
「スキルって、どうやって確かめたらいいの?」
「眼の隅に何かが見えているはずだから、それに注意を向けると読めるようになる」
「眼の隅?ああ、何かあるわ。きゃ、目の前に移動したわ。なにこれ、これが私のステータス?」
何だかマイペースで騒がしい性格のようだ。元同郷人だからと心を許したのは失敗だったか、と思っていると
「ねえ、聞いて。私のステータスを読むわよ」
「いや、読むな」
「何故よ?」
「この世界では自分のステータスは隠蔽しておくものだ。人に知られるとろくなことはない」というと、ギュッと一層強くしがみついてきて
「ここは異世界なんでしょう?」と聞いてくる
「ああ、間違いなく異世界だ」
「なら、地球人は私達2人だけよね」
「いや、そうとは限らない」
「えっ、他にもいるの?」
「俺たち以外にも、この世界に転生している奴はいるだろう。いや、居ると考えておいた方がいい」
「ねえ、提案があるんだけど」
「提案?」
「私達2人の間では秘密はなしということにしない?」
「それはダメだ」
「なぜダメなの?」
「レイさんはヴァンパイアだ。ヴァンパイアは強力すぎる種族だからな。信用し過ぎるのは怖い」
「何言ってるのよ、私なんて無力なOLよ。ラモンさんはこんな凄い体をして、私のどこが恐いのよ?」
「地球に居た時は無力なOLだったかもしれないが、今は違う。殺しても死なない不死のヴァンパイアだ」
「え~、その言い方、傷つくな~」
「さっきも、死んでいたのに生き返っただろう」と俺が指摘する。
「あれは、死んだと勘違いしていたんじゃ?」
「俺は死体を確認している」
「そ、そう。やっぱり私はヴァンパイアなの?」
「だからステータスを確認しろ」
「名前 レイ、種族 ヴァンパイア」
「おい、俺に聞かせるな」
「いいじゃない。聞いて欲しいのよ。相談に乗って欲しいし。それにあなたのステータスを聞きたいとは言わないから。年齢24。職業 真祖 レベル7」
「おい待て、今、何て言った?」
「レベル 7。それがどうかした?」
「その前だ」
「ああ、職業 真祖」
「シンソってどんな字が書いてある?」
「真実の真に、祖先の祖よ」
「まじか、レイさん、あんた真祖ヴァンパイアじゃないか」
「何よ、真祖って、えっ、あの真祖?」
「その真祖だ」
「・・・・」
「ヴァンパイアの頂点にいるヴァンパイア、それが真祖ヴァンパイアだ」
「私が頂点?何かの間違いじゃ?」
「もし真祖なら」
「真祖なら、何?」
「この世界のヴァンパイアは、全てレイさんに従うんじゃないか。それに、あの死体も、血を吸ったら、あんたの眷属として生き返るかもしれない」
「嫌よ。死体の血を吸うなんて。嫌なこと言わないで」
「わ、分かった。悪いことを言った」
「眷属なんていらないわ。それに支配者なんてのもまっぴらよ。私はOLをしていたけど、人間関係が苦手なの。本当は引きこもって暮らしたかったのよ。ねえ、ラモンさん、あの部屋から死体を出したら、私にあの部屋を貸してくれない?」
「何をする気だ?」
「引き籠るのに良さそうな部屋じゃない。私はこんな異世界で暮らすのは嫌よ。あの部屋を貸してくれたら、引き籠って出てこないから。ねっ、お願い」
「あんな部屋に引き籠っても、何も娯楽がないぞ」
「私のスキルにあったのよ。図書館っていうのがね。本が読み放題なのよ。それにヴァンパイアなら食事をしなくていいし」
「血を吸わなくていいのか?」
「ラモンさんから血を頂くからいいわ」
「俺の血はやらんぞ」
「そんな意地悪言わないでよ」
「何を言ってる。ヴァンパイアに血を吸われたら、俺はお前の眷属になってしまうじゃないか」
「そんなことはしないから」
「ダメだ」
「考えてみてよ。もし、私が血を求めて街の人々を襲ったら困ったことになるでしょう。ラモンさんの血を定期的にもらえれば、私は人を襲わずに済むし、ラモンさんとも敵対しなくて済むじゃない。お互いメリットしかないじゃない」
「お前、それ本心で言ってるのか?」
「もちろんよ」
「お前が、俺を騙してるんじゃなくて、本当に人を襲わない為に俺の血を飲むというなら、飲ましてやってもいい」
「やったぁ。じゃあ、契約成立ね」
「何の契約だ?」
レイは右腕を胸の前で立てて、
「私、真祖ヴァンパイアのレイは、ラモンさんが血を提供してくれる限り、ラモンさん以外の血を吸わないことを誓います」
「お前、キ〇スト教徒か?」
「さあ、ラモンさんも誓ってよ」
「拒否する。そんな怖いことが出来るか」
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