第5話 ギルマスの敗北

オークの吠え声と人間の怒鳴り声と金属音、爆裂音などが森の中に響いていた。

その音がした所では、数匹のオークと5人の人間が戦っていた。人間達の動きは連携が取れていて前衛の盾持ちと剣士がオークの前衛の攻撃を防ぎ、横から回り込んでくる奴を槍持ちと弓持ちが攻撃して足止めをしている。最後尾にいるフードを被った奴が杖を振り上げると火球が飛び出してオークの間で爆発する。魔法使いだ。

両者の力は拮抗しているように見えたが、次の瞬間、戦況が変わった。後ろに回り込んだ別のオークが木の陰から飛び出して魔法使いの首を刎ねたのだ。

これで均衡が崩れ、人間たちは一瞬でオークたちに蹂躪された。盾持ち、剣士、槍持ちは頭を割られたり首を撥ねられて即死。弓持ちは女だったのでオークに殴られて倒れたところを担いで連れて行かれた。後には3人の男の死体と首を亡くした魔法使いの女の死体が残った。


ギルマス・クレイドルの視点


「何、ミューシャ達が戻ってこない?出ていったのは何時だ?」

「5日前です。その後何の連絡もなく」

「彼奴等が5日も連絡しないとなると、何かあったとしか考えられん。誰かを派遣しないといかんな。それと、腕利きに緊急召集をかけておくか」

「今この街にいる腕利きなら流星剣のダリア、暗黒騎士のベラミ、破滅の雷のライアンあたりですけど」

「そうか、そいつらに招集をかけてくれ。さて、調査にはやはりあいつ、ストレイだな。ストレイを至急に呼んでくれ」


腕利きの斥候であるストレイは、西の森の少し入った所でミューシャ達の死体を見つけ、周囲の状況からオークと戦闘になったと結論し、そのまま森の奥に進み大規模なオークの群れを発見して、その結果を冒険者ギルドに報告した。


「何、それでオークはどれくらい居た?」

「300以上だな。その場にいなかった部隊がいれば400以上いるかもしれん」

「オークが300〜400か。すると上位種がいるな。オークジェネラルが居ると厄介だ。すぐに討伐隊を出そう」

こうして3日後の夜明け、オルラーの街から70人の冒険者からなる討伐隊が西の森に向かった。

討伐隊は、ストレイの案内ですぐにオークの群れを発見し、包囲すると攻撃を始めた。

まず、15人の弓のスキル持ちたちがアローレインで矢の雨を降らせる。オークたちが矢に撃たれてパニックに陥ったところへ、破滅の雷のライアンが率いる6人パーティと流星剣のダリアが率いる5人パーティの11人が、派手に雷魔法と流星魔法を撃ち込んで、30匹あまりのオークを倒す。

オーク達がその2つのパーティに向き直って反撃しようとした時、暗黒騎士のベラミ率いる自由騎士団12人がオークの横手から斬りかかった。

オークの混乱に拍車がかかり、オークたちは態勢を立て直すまでに80匹近くが倒された。そこへ残りの冒険者たちが突撃したが、依然としてオークの数は多く、混乱から立ち直ったオークたちは手に手に斧を持って冒険者たちと打ち合い大混戦になった。

木の上からオークを射ていたC級冒険者クライは、戦況がだんだん不味くなって来ているのに気付いた。オークの中にハイオークがかなり混じっていて、弱い冒険者達が倒され始めているのた。

「ギルマス、不味いぞ。奥にハイオークの集団がいる。撤退命令を希望する」

指揮を取るために戦闘に参加していなかったギルマスはその声を聞いて唸った。

『ハイオークの集団?そんなバカな。ハイオークなんていう希少種が集団でいるはずがない。戦況は、このまま押し切れば勝てそうだ。しかしハイオークが相当数いるとなると、勝てるとは限らない』

ギルマスが逡巡している間に、オークの群れの中央から凄まじい唸り声が上がった。

その声は一瞬オークも冒険者も凍らせるほどの威圧感があり、現役のB級冒険者であるギルマスでさえも背中に冷や汗が流れ出るほどのものだった。

『こんな吠え声は、聞いたことがないぞ。こいつらの奥に、いったい何がいるんだ』

ギルマスはせわしなく状況を確認し、撤退を決意した。

ギルマスが魔道具を使って撤退の合図を出したが、その判断は少し遅かった。

オークの群れの中心から飛び出してきたのはハイオークジェネラル。オークジェネラルの上位種で、ランクがA級上位とされる災害級のオークだった。

ライアンの雷魔法もダイアンの流星魔法も意に介する事なく、2つのCクラスパーティが一瞬で壊滅した。

「引き上げろー」

大声で撤退を指揮していたギルマスもオークの波に呑まれて絶命した。オークたちはそのまま逃げた冒険者達を追いかけて、オルラーの街へ向かった。


盗賊を討伐したものの戦利品がしょぼかったので、このまま街に帰るか、続けて盗賊を狩るか迷っていた俺だったが。遠くの方からの大規模な爆発音をスキルの地獄耳で捉えた。

地獄耳でも微かにしか聞こえないということはかなり離れている。爆発音が何度も連続していたので、大規模な戦闘のようだ。方向は、ディアブロ―とは反対方向になる。確かめに行ってみるか。俺は気を引き締めて、音のした方へ駆け出した。


駆けると言っても、森の中で木立が邪魔なのでそれほど速くは走れない。それでも1時間ほどで戦闘のあった現場に着いた。

そこでは、人間とオークの死体が散乱していた。

『何があった?』

いや、何があったのかは一目瞭然だ。冒険者とオークが殺し合ったのだ。

『どちらが勝った?』

死体の数ならオークの方が多い。しかし、人間が勝ったにしては、人間の死体が多すぎる。それに地獄耳が、ここから去っていく地鳴りのような足音を捉えている。この足音は、明らかに人間のものじゃない。魔物や動物ならではの乱れた足音だ。

『生き残ったのはオークか?そっちの方向には何がある?街があるとヤバくないか?』

そのとき、散乱した死体の奥の方に、少し雰囲気の違う死体があるのに気が付いた。

そこには5つの死体があった。そして、いずれも左胸、つまり心臓があった部分に大きな穴が空いている。心臓を護っていたはずの肋骨は突き破られたのか、大穴の周囲には、折れた肋骨の残りがいろんな角度で突き出している。

『心臓を掴み出されたというところか』

傷口をよく見ようとして体に触れたとき、自白強要のスキルが働いて、何があったのかが頭に流れ込んできた。

『このスキルは死体にも使えるのか』

だが、その驚きよりも、もっと驚くことがあった。

この5人は、全員、日本から転移した人間だったのだ。しかし、その姿は人間じゃない。

1人はお尻から爬虫類のような尻尾が生えている。ドラゴニュートだ。1人は頭から鋭い2本の角が生えている。鬼女だ。1人は、開いた口から長い牙が覗いている。ヴァンパイアだ。1人は蝙蝠のような翼と鞭のような尻尾を持っている。サキュバスだ。1人は見た目は人と同じだが肌が褐色で耳の上部が尖って、頭の上まで伸びている。ダークエルフだ。

そして被害者は全員女性。彼女たちの顔は、元は美しかったのかもしれないが、今は恐怖に引き歪み、口元は恐らく自ら吐血した血に塗れて硬直し、思わず目を背けたくなる醜さだ。

彼女たちは、何者かによって、この世界に無理やり転生させられたようだ。種族を選んだのは自分自身だが、少ない選択肢の中から無理やり選ばせられている。そして、全員がここに送られ、目を覚ましたとたんに心臓を抉られて殺された。

心臓を抉ったのは一匹のオークだ。そのオークは転生者の心臓を食うことで進化したようだ。

何者かが、彼女たちを、このオークの餌にするために、そして、そのオークを進化させるために、ここに送り込んだ、そう考えざるを得ない状況だった。

『恐ろしかっただろう。痛かっただろう。無理やり転移させられて、心臓を抉られて、食われて。そのオークは必ず殺してやるから安心しろ』

知らないうちに、俺の目から涙がこぼれていた。

いつまでもここでこうしては居られない。俺は5人の死体をスキルの独房に収容して、オークの群れを追いかけ始めた。

1時間ほど駆けていると森が終わって草原になり、その向こうに遠ざかっていく魔物たちの群れが見えた。そして、最悪なことに、その先には街の防壁が見える。

ここから追いかけると、俺が群れに追いつくのと、群れが街に着くのが同時になってしまう。それは不味い。俺がオークと一緒に街を襲ったと誤解されえてしまう。

考えてみれば、オークの群れが街に向かっているとはいえ、たかだか200~300匹程度だ。いくら進化した奴があの中にいるとしても、防壁のある街を落とすことはないだろう。

ここは、いったん距離を取って、オークが逃げ戻ってくるところを待った方がいい。そう判断した俺は、一旦、森に引き返して、オークが街の衛兵や冒険者たちに追い払われるのを待つことにした。

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