第19話 スペクターズ・ガーデンにようこそ《完結》
「葉子! やっと見つけたぞ!」
「と、父さん?」
スペクターズ・ガーデンに続く道から唐突に現れたのは蓮さんだった。よーちゃんを見るなり駆け寄って抱き締める。よーちゃんは迷惑そうな態度の一方でちょっぴり嬉しそうな顔をした。
「良かった。心配したんだよ? 今までどこに行っていたんだい」
「えぇ、ちょっと木倉コノミに拉致されていまして」
その台詞に蓮さんはそのごつい巨体をビクッと震わせた。
「……彼女に?」
「久し振りだねっ! 蓮」
側に立っていたコノミが満面の笑みで蓮さんに声を掛けた。
「うあっ!」
どうやら蓮さんはコノミに気づいていなかったらしい。驚きの声を上げるとよーちゃんを離して飛び退いた。
「親父、知り合いなのか?」
弥勒兄さんに話しかけられて、蓮さんは今の状況を把握したようだ。きょろきょろとまわりを見て苦笑する。
「あ、いや、まぁ」
蓮さんは歯切れ悪く答えると、コノミが視界に入らないよう目を反らす。
その態度にコノミは口先を尖らせた。
「烏丸弥勒に会ったときは、あまりにも若い頃の蓮に似ていたんでときめいちゃったけど、まさか葉子が蓮の養女になっていたとは思わなかったよ!」
――ってことは、コノミが弥勒兄さんに興味を示したのは、弥勒兄さんが父親の蓮さんにそっくりだったから? 弥勒兄さん本人が好きというわけじゃなくって?
私がきょとんとしたまま見つめていると、落ち着かない様子で蓮さんは答える。
「木倉くんはね、私がスペクターズ・メディエーターになったばかりの頃のパートナーで、かれこれ二十数年前からの――って、結衣ちゃんはスペクターズ・メディエーターについてはわかっているんだっけ?」
気が動転していたのだろう、蓮さんは私がスペクターに関した話を知っていること前提で語りかけてしまったことに気づいて尋ねてくる。
「今、ざっくり説明したところだ」
弥勒兄さんが私の代わりに質問に答えると、蓮さんはふむと頷いて私に微笑んだ。
このやり取りの雰囲気からすると、弥勒兄さんは蓮さんにあらかじめ相談くらいはしたのかもしれない。私がスペクターズ・メディエーターになることを弥勒兄さんは望んでいるみたいだから。
「――で、結衣ちゃん、君はスペクターズ・メディエーターに興味はある?」
「えっと……」
「その気がなくっても修行させなきゃダメだよ!」
「木倉くん?」
私が返事に迷っていると、コノミが割り込んできた。
「でないと、蓮がわたしにしてきたあんなことやこんなことを暴露しちゃうよ!」
――あんなことやこんなこと?
全員の目が点になり、蓮さんに顔が向けられる。
「木倉くん! みんなが誤解するような言い方をしないでくれ!」
「え? いいのかなぁ? 若菜さんに話したら困ることもあるでしょ?」
「うぐっ……」
蓮さんの顔がみるみるうちに青くなる。ちなみに若菜さんとは蓮さんの奥さん、つまりよーちゃんと弥勒兄さんのお母さんのことだ。
――いや、コノミ。蓮さんを脅迫するのは可哀想だよ。
私はこれ以上見ていられなくて、注目を集めるように挙手した。
「私、スペクターズ・メディエーターってお仕事がどんなものかまだわからないですけど、みんなが修行くらいは受けておけって勧めるんで、とりあえずそうしようかと思うのですが」
「――良いのかい? 生半可な気持ちじゃやれないことだよ?」
みんなの意見を聞いた結果である自分の意思を私が伝えると、心配そうに蓮さんが確認してくれた。
返事は決まっている。
「はい。このままではいけないと思うから」
しっかりと頷いて答えたあとも、蓮さんはしばらく私の目を覗き込んでいた。
「――そう。迷いはなさそうだね。修行を認めよう」
――やったぁ。スペクターズ・メディエーターになれたら、よーちゃんのことをもっとわかってあげられるかな? 少しでもコノミに迷惑をかけずに済むかな?
「――但し」
私が少し浮かれていると、蓮さんは重い口調で続ける。
「恋愛は禁止だよ?」
「ふぇ?」
「えっ!」
驚きの声を上げたのは私だけではなかった。
「僕が修行を始めたときにはそんなこと言わなかったじゃないですか!」
抗議の声は私の隣にいた典兎さんからだ。
「君は比較的精神状態が安定しているし、自制もできるだろう? だけど、結衣ちゃんは女のコだからね。女のコの恋愛パワーって、相当精神状態が荒れるものなんだよ。感情のコントロールを身に付けるまでは、少し避けるべきだ」
優しい口調で蓮さんは説明するが、典兎さんはさらに続ける。
「精神面を支えるのが恋人の役割だと思います」
きっぱり言い切って、典兎さんは蓮さんを見つめている。一歩もひかない目だ。
――いや、典兎さん、もう良いって! なんか照れるしっ。
私が内心でどぎまぎしていると、さすがに蓮さんも彼がなんでそう言ってくるのかわかったらしい。にやりと口の端を上げた。
「おや、今日はなかなか食い付くねぇ。――ひょっとして君」
「とにかく、恋愛禁止の方向で」
蓮さんの台詞に被せるように意見を出したのは、意外にも弥勒兄さんだった。
――ん? なんか、してやったりの顔をしているのが気になるんだけど。
「ミロク! てめぇ知ってて……あっ! それで修行しろと――」
「どうでもいいじゃねぇか。前向きに考えろ」
「卑怯な手を……」
典兎さんは隣でぶつくさ言っているが、私には理解できない。しかし、それを直接問うのは私の仕事じゃないような気がするので、口にするのは諦めた。
「――恋愛禁止はわかりました。それで……修行って、具体的に何をするものなんですか?」
私の視界に不敵に笑う弥勒兄さんの見慣れない顔と、明らかにしょんぼりと気落ちしている典兎さんの姿が入ってきたが見なかったことにしよう。
「そうだね。――まずはウチで働いてもらおうかな。早速、明日から」
「ふぇ? スペクターズ・ガーデンで働くんですか?」
「そう。植物と接して感情を落ち着かせることから始めよう」
――植物と接して感情を落ち着かせる……。
「仕事を覚えてきたら、ちゃんとバイト料を出すよ」
「ふぇぇっ? 給料をいただけるんですか?」
私がびっくりしていると、蓮さんはくすっと笑った。
「君はまだ中学生だけれど、仕事は仕事だからね。真面目に働いてくれなきゃ困るよ?」
「はっはい!」
――スペクターズ・ガーデンで働けるなんて夢みたい!
明日からの仕事が楽しみでウキウキしていると、コノミがビシッと片手を挙げた。
「ねぇ、蓮? わたしもそこに混ぜてもらえない?」
「え、木倉くんも?」
蓮さんはぎょっとした顔をコノミに向ける。
「嫌そうな顔をしないでくれるかな? 結衣の監視役とパートナー兼ねてそばにいたいの」
「それなら私がやるわ」
コノミの提案によーちゃんはすかさず割り込む。
「葉子はダメだよ。甘やかすに決まってる」
「そんなことないわ」
よーちゃんは落ち着きを払っていたが、コノミはそれを聞いてにやりと笑む。
「あれぇ、妬いているの?」
「妬く? そういうあなたは、結衣に近づいて、彼女からエネルギーを得ようって魂胆じゃないの?」
よーちゃんの指摘にカチンときたらしく、コノミは勢いよく立ち上がる。
「その言葉、そのまま返すよ!」
「ちょっと二人ともっ! けんかしないでってば!」
私は慌てて二人の間に入る。よーちゃんとコノミはそれに合わせてぷいと互いに横を向いた。
――よーちゃんとコノミは相性が悪いのかなぁ。仲良くしてほしいのに。
「はぁ……」
「なんか、君の回りは大変なことになっているようだね」
私のため息に蓮さんが苦笑して言う。
「だけど、楽しいですよ? 大好きな人たちに囲まれていますから」
素直な気持ちで答えると、みんなの視線が一瞬だけこちらに集まった。
――あれ? 私、空気読めてない?
その様子がおかしかったのか、蓮さんはぷっと小さく吹き出して笑った。
「うちの店も賑やかになりそうだ。――木倉くんも葉子も働くことを許可しよう。結衣ちゃんのサポートを二人で仲良く行うこと」
「はいっ!」
「わかったわ、父さん」
二人は互いの顔を一瞥したあとにそれぞれ頷く。
――なんか、トゲトゲしているんだけど……。
大丈夫かなぁと心配している私を無視して、蓮さんは弥勒兄さんと典兎さんに視線を向けた。
「弥勒と典兎くんは結衣ちゃんの指導を頼むよ。店の仕事とスペクターズ・メディエーターの仕事の両方を、彼女の成長に合わせて教えること」
「了解」
「……わかりました」
弥勒兄さんはいつもの表情で、典兎さんは浮かない表情でそれぞれ返事をする。
「――さて、結衣ちゃん?」
――あれ? まだ私に何かあるの?
「はい?」
私が首をかしげて見上げると、蓮さんはにっこりと微笑んだ。
「改めて――スペクターズ・ガーデンにようこそ、結衣ちゃん。これからもよろしく頼むよ」
「はいっ! よろしくお願いします」
深々と頭を下げたあとに顔を上げる。みんなが笑っているのが目に入った。
――うん。みんなと一緒なら頑張れる気がするよ!
こうして私は、スペクターズ・メディエーターの修行を受けることになった。このあともいろいろな事件があって大変なことになるんだけど、それはまた別の機会に。
《了》
スペクターズ・ガーデンにようこそ 一花カナウ・ただふみ @tadafumi
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