第1話
秋のようでまだまだ夏が残っている。日差しは強く、空気はぬるくてねばっこい。
放課後に突入した教室は話し声が飛び交っていた。
「尚弥の親ってさぁ、いっちゃん最初のスワンプで死んだんだっけぇ〜」
教室を出ようとしたら澤田が後ろから耳障りな声で話しかけてきた。尚弥は無反応で下駄箱に急ぐ。その後ろを澤田とその取り巻きが走って着いてきた。
「可哀想だよなぁ、その時の尚弥たしかまだ7歳ぐらいだよなぁ〜」
「それぐらいの時に両親亡くすってどんな感じなん?」
「そっからずっとお前は誰とも喋らず黙ってんのか〜?」
尚弥が黙っていると、澤田たちは前に回って立ち塞がった。俯いていると強引に顔を上げさせられる。
「お〜い横田尚弥く〜ん、無視しないでくださ〜い」
「・・・・・・」
「なんだよその顔、オレらに文句でもあんのか?せっかくぼっちで陰気な"尚弥くん"に話しかけてやってんのによぉ」
澤田が肩に手を回してきた。そしてにたりと嫌な音を立てて笑った。
「友達にしてやるから、今日の22時西区の第一中学校に来い。来なかったらお前の家、燃やすからな」
お前の家、燃やすからな___。澤田は頭がおかしい。急に窓ガラスを割ったり、不良たちと溜まっているところも目撃されている。
しかも最近教室でよく聞く噂話がある。澤田は深夜によく徘徊をしているらしく、警察に補導されたりしたこともあるらしい。
そんなこともあって尚弥は拒否できなかった。
夜、おばあちゃんとおじいちゃんが寝ているのを確認し尚弥はひっそりと外に出た。2人に心配と迷惑をかけたくなかった。
あいつらと友達になるなんてクソ喰らえだし、どうせ集団リンチにされるんだろう。
尚弥はゆっくり息を吐き出した。彼はなぜか小さい頃からよくいじめの標的にされた。両親がいないということが主な原因らしい。そんなことでいじめてくるなんて幼稚すぎる。くだらないと思っている。とにかく無駄な抵抗はせずにささっと終わらしてもらおう。
自転車で20分ほどで西区の第一中学校に着いた。中学校は森を少し上がったところにある。それが災いして気づきが遅くなったが、場所のおかげで被害は中学校内だけですんだともいえた。
10年前スワンプが起こった場所。そして多くの人々が死んだ場所だ。通っていた姉、そして助けようとした両親は巻き込まれて亡くなってしまった。
吐きそうな気持ちを押し殺して尚弥はキープアウトを跨いだ。
尚弥はあの日以来はじめてこの中学校に来た。運動場には雑草がびっしり生えて、校舎はガラスが割れて壁にも穴が空いて廃れていた。心ばかりの月明かりをたよりに指定された場所へと急いだ。
ガラスの破片に気をつけながら倒れまくった下駄箱エリアに着くと澤田とその取り巻きの岡本、植村がいた。予想よりも人数が少なく少しほっと息をはく。
「お前遅すぎ、30分前には着いとけよな」
「オレらも暇じゃねぇーんだからよぉ」
さっそく尚弥は脇腹をどつかれた。ここから地獄の時間が始まるのか、と唇を噛む。
しかし、一向に次の攻撃が来ないので恐る恐る目を開けた。3人は地面に座り込んで大きな紙を広げている。何をしているんだろう。真剣な顔つきだ。普段のからは考えられない。
どうせろくでもないことなのだろうが尚弥は気になってしまった。一歩前に出ると植村が尚弥の腕を引っ張って無理やり隣に座らせた。
どうやらこの中学校の地図を眺めていたようだ。ところどころに丸いシールが貼ってある。澤田が尚弥に目を向けた。
「尚弥ぁ、お前を呼んだのには理由があんだよ。お前の両親ここで死んだんだよな?」
「・・・・・・」
「ここで大勢死んでんだよなぁ」
澤田がふう、と息をついた。尚弥は澤田の目的がまったく分からず
「早く本題に入ってくれない?」
と言ってしまった。すると澤田がにやっと嬉しそうに顔を歪める。
「やっと喋ったな。オッケー!
じゃあ今日することをお前にも教えるぜ。
降霊術だ」
「は?降霊術?なんで??」
「そっ」
尚弥は意味が分からず、岡本と植村の方をみたが二人は澤田をみてうんうんと頷いている。澤田は続ける。
「実はオレらもここで亡くしてんだ、家族。オレは兄貴がここで自殺して、岡本は母ちゃんが教師だったからそれで巻き込まれて、植村は姉貴二人と兄貴がここで亡くなった」
周りの気温が一気に下がったような気がした。
こいつらも俺と同じ___。
「待てよ、じゃあ降ろす霊って」
「そうだ。オレらの死んだ家族だよ。ずっと計画してたんだ。お前だって会いたいだろ?」
「俺は別に会いたくない!っていうかそんなことで俺を誘ったのか」
思わず立ち上がってしまった尚弥を三人は睨みつける。
「あのさ、そんなことっていうなよ。僕たちはこの日のために一年前から準備してたんだぞ」
「この日のためだけに生きてきたんだ。姉貴たちに言いたかったことがあるんだよ」
岡本と植村が尚弥の腕を掴んだ。逃げないようにするためだ。尚弥は正直どうでもよかった。勝手に三人でしておけばいいのだ、なんでわざわざ尚弥を誘ったのかが分からない。
尚弥もたしかに両親や姉に会いたいと思う、けれどそれは生きている両親たちに会いたいのであって死んでしまった両親たちではない。そんなの悲しすぎる。
尚弥は正直にそれを伝えると、なんと澤田が頭を下げて懇願してきた。
「尚弥、頼むよぉ〜この通りだ!お前はいてくれるだくでいいからよぉ!!」
聞くと三人が準備してきた降霊術は人数が決まっており四人でしなくてはならなかったらしい。三人は話し合った結果、同じ境遇の尚弥を仲間に引き入れたのだった。なんともポンコツな話だ。
だが、聞いているとコイツらは本気なんだと分かってしまい、尚弥はまあ見守る感じの立ち位置ならとしぶしぶ参加することにした。
「じゃあさっそく準備していくぞ」と澤田がリュックから馬鹿でかい蝋燭を何本も出し始めて、一人五本ずつで校舎や運動場に設置することになった。
24時までにすべての準備を終えなくてはならないらしく四人は速やかに散っていった。尚弥もスマホで撮った地図のマークを見ながら蝋燭を設置し、火をつけて、設置して火をつけるを手際よく行っていった。
こんな暗くてじめじめして嫌な空気の漂う場所、普段だったらびくびくとしてしまうのだが今はタイムアタックのように無心で進めていっていた。
魔法陣のようなものも指定の場所に描かなくてはならないので、スマホを見ながら岡本が持ってきていた特殊な砂?塩?で慎重に描いていく。
すべてが終わって下駄箱に戻ると澤田もちょうどこちらに戻ってきていた。スマホをみると23時53分、ギリギリだ。
「岡本と植村はなにやってんだ」と澤田が舌打ちをしながらそわそわと辺りを見渡す。その時、岡本がこの暗闇でも分かるくらいの慌てようでこちらに走ってきた。
「遅ぇよ!あと2分しかねぇーぞ!?」
植村は?っと続けようとした澤田と尚弥は岡本の様子にぎょっと目を見開いた。岡本は尋常じゃないほど震えていた。顔が真っ青だ。そしてその口が小さく動いている。
「岡本くん大丈夫?」
「岡本?」
声をかけて近寄ると岡本が何を言っているのかが分かった。
「やばいやばいやばいやばいやばい」
澤田が岡本を落ち着かせようと背中に手を置いた。すると岡本は今やっと二人が近くにいることに気がついたらしい。その場でへたりと崩れ落ちた。慌てて2人で両側から支える。泣いている。
「澤田ぁ、ここから今すぐ逃げないと」
「どうしたんだ?!なにがあった?」
「ヤツがいたんだ!・・・・・・早めに終わったから植村を手伝おうと思ってアイツの担当エリアに行ったら、怪物がいた」
「怪物?」
「ああ、真っ黒いやつがいたんだよ。廊下の天井スレスレくらいのぶよぶよした塊みたいなやつが!」
岡本の声は悲鳴に近かった。
その時どこかから、ずずずぅっという嫌な音がした。上の階から聞こえた気がする。
「おい、二人ともここから出た方が良いんじゃないか」
またも上からずずぅっという音とみしみしという音がした。その音は一階に続く階段に近づいている。
三人は外に逃げることにした。幸い今いる場所は下駄箱なのですぐに外に出られる。
校門までは何もない運動場のど真ん中を突っ切るのが早いのだが、怪物から窓越しに見えてしまうのと、こっちからも怪物のことが見えてしまうのが怖い。静かに運動場のはじっこのフェンスにそって大まわりで行くことにした。広々とした運動場は雑草だけで非常に静かだ。
気づいて尚弥は首を傾げた。
怪物、それはきっとスワンプから出てきたヤツだろう。スワンプは広い空間で突如起こるとニュースで聞いた。ならここの運動場はちょうどいい。現に十年前の発生もこの運動場だったはずだ。
しかし、今運動場を見てもスワンプは発生していない。
だとしたら尚弥たちが気づかない間に運動場以外の別の場所で発生していたのだろうか?でもそしたらもっとうじゃうじゃ怪物がいるはずだ。
突然、男の断末魔があたりに響き渡った。この声はまさか、と思うよりも先に潰れて砕けるような音も鈍く耳に届く。
岡本が叫んだ。
「植村が食われたんだ!!」
その瞬間、下駄箱の横の壁を突き破って黒く大きな塊が姿を現した。
岡本が悲鳴をあげて唯一の逃げ道である校門をめがけて駆け出した。澤田も慌てたように後を追う。しかし尚弥は衝撃で逃げるのが遅れてしまった。
スワンプの怪物と言われるものを初めて見みた。ニュースではときどき見たことがある。だが、いつもモザイクがかかっているのと尚弥の気持ち的な問題であまり見てこなかった。それは3メートルほどの大きさがあり脂肪のようにぶよぶよとしているのが尚弥の位置からでも分かった。表面は黒くやたらとテラテラと光っている。
逃げながら後ろを振り返るとどうやら進むスピードは早くないらしい。ずずっずずっと身体を引きずるようにこちらに向かってきていた。
なんとか逃げ切れる、と尚弥は思ったがそんな考えは甘かった。
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