姫彼岸の咲く日には

凛月

たった1人のヒーロー

『あぁ、この花をください』


 賑わう街でにこやかに笑って魅せる。

 この街は戦争復興に成功した数少ない街の一つだ。







 【それは冬】

雪が降り積もり、荒れた大地を覆い隠してくれた日だったようで。

見えたのはダイアモンドのように輝く彼岸の花が咲いていたんだって。

この街の外れにある、小さな集落に生まれた腕の中に宿った2つの命はまだ脆く、しかしはっきりとそこにあったんだと、母さんは泣いていた。

貧民街ではあったけど苦しいことも忘れてその時だけは父さんも母さんも、みんな笑顔だったんだって。



 【それも春】

父さんが日記を2つ買ってくれた。2人でお揃いだよって、嬉しかったの。表紙にはススキの花が描かれてた。

まだ文字も現実も描けなかったけど「いつかね」って笑いあったお守り。

父さんみたいな逞しい人間に、母さんみたいな優しい人間になるんだと指切りした。



 【だけど夏】

父さんが旅に出るって言った。

母さんを、家族を置いてくなんてそんなことあるんだって思ったよ。

少し長めに家を空けるらしく、寂しくないようにって4人でお揃いのペンダントにみんなの写真を入れた。

小さくてよく見えなかったけど、そこには確かに家族が存在した。


父さんは 「バイバイ」 って言って頭を撫でてくれたの。


父さんが旅の前にって置いて行ったのは赤に白い斑点があるバラだったよ。

またすぐに会いたくなったけど、我慢した。



 【これが秋】

目の前が赤い光に包まれた。

耳が痛くなるほどの音や声が聞こえるの。母さんには祭りでもやってるのかと聞けなかった。

母さんの切羽詰まった様子は不思議だったけど、母さんに言われるがまま外を走った。


なんの祭りかは見当もつかなかったけど綺麗じゃないことだけは幼い2人の頭でも理解した。


途中で足を怪我しちゃった母さんは「先に行ってて。私もすぐにいくわ。」って言ってヒカリの中へ消えてった。

祭り名前はの『せんそう』だって後から聞いたよ。

それでもかろうじて目に映ったのは赤く染まった彼岸花だけだったから。




 【これは春】

焼けた大地に座り込んで2人。

静かに笑い合って、寄り添いあって夜を過ごしたの。


転機が訪れたのも今の春だよ。

アストロスの花が咲き誇る中、リランはこの国の公爵家へと向かうの。1人しかダメだったみたいだ。

でもすぐにみんな連れて行くって言ってた。

だからこうしよう。なんでもできるようになるために、アイツに教えるために。

離れ離れになってしまうけどまたすぐに会えると信じてる。



 【だから夏】

かなりの年月が経った。それでもなかなかあいつに会えないの。

もう花瓶の中で泳ぐのも雪華草だけだよ。

母さんといるのかな、それか戻ってきた父さんといるのかもしれない。

もしかしたらその両方。早くみんなに会いたいね。



 【それが秋】

文字を覚えたの。たくさん覚えたよ。

いろんな人に教えてもらった。やっと日記が書けるようになったよ。

あいつも元気にしてるって信じてる。

ヘリクリサムの花が枯れる頃には一緒にいれるようになるのかな。








「戦争は、祭りじゃない」



 目に映るのは静かに輝くサファイアと葉が織りなす深緑のみ。静かに開いた日記帳は気付かれないように水玉の模様を作る。寒さを心地よく感じるなんていつぶりだろうか。

 覚えたばかりの字で、今までの全部を1日で綴ったあの日の僕は。

 あぁ、何も知らない頃の僕へ、愛した人のいない僕らへ。


 母さんは、父さんは、お星様になってるんだよって、納得できるかな。

 例え、過去に戻れたとして優しく撫でてくれたあの手は 『僕らの元へは戻ってこないんだよ』 ってアイツにも伝えられたのかな。


 そんなこと、僕には無理だろう。後悔しかない人生。一周回ってまた後悔してる。母さんや父さんは「そんなことないよ」って笑ってくれるかもしれない。


 でも、あいつは?

きっと「何やってんの!ちゃんと僕の分まで楽しんでくるように!」とでも言うのだろう。

 そう言う奴だ。僕の、僕の双子の兄は。


 ”僕が”公爵家に引き取られた時、本当はあいつが引き取られる予定だったんだって後から聞いた。

 でもアイツは、兄は僕にそっくりなその顔でそれすら拒んで「連れて行くならリランにしろ」って聞かなかったって。

 小さな子供がそう長くあの世界で生き残るのは難しい。アイツは多分それをわかってて僕を公爵家へ引き渡した。



 思えば僕の家族はみんな身勝手だった。


 旅に出るだけなんて嘘をついて僕らを置いて行った父さん。

 身勝手で他人のことしか考えない母さん。

 あなたがいないだけで僕が崩れて行くことなんて想像もしてなかった兄さん。

 世界一最低で、世界一大好きな、僕だけの、僕の家族へ。




『僕もそっちに行きたいなんて言ったら殴られるのかな』




 いや、母さんたちはまだしもアイツはそんなことしないか。サファイアのようなその宝石の前には桔梗の花を添える。

 あぁ、終わりの時間だ。シンデレラの魔法も長くは続かない。でもこの願いが叶うならなら、欲張りはしない。

 ただ、ただ一度でもいい。一瞬でもいい。もし、まだ彼が、アイツが、生きていたのならば、



『もう一度だけでも、リレンに…だけでも、兄さんにだけでも、会いたかったの、に…』



 静かに落ちたその言葉は誰にも拾われない。はずだった。



「ばーか。そう言うのは本人にでも願ってりゃ、叶うだろーがよ」

『…は?』



 目に映ったのはその手に落ちたネリネの花に埋もれた、最後にして最愛の家族だった。



『…だ、れ?』

「お前もしかして鏡見たこと無い?」

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姫彼岸の咲く日には 凛月 @ra-rirarun

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