バス停はいつもそこで待っている

佐藤77

春とバス停

 僕はバス停。来るもの拒まず、去る者追わず、いつも誰かそこにいる。

 ある田舎の道路の横に設置されてる何の変哲もないバス停。この世界のすべてを愛している。出会った者と心を交わし、出会った者の新たな門出を見守る。そうやって今日も僕は、まだ出会っていない誰かをここで待っている。


【第1話 春と酔いつぶれ】


 天気は晴れ。桜ヒラリと舞い落ちる春の季節。今日は素晴らしい花見日和だ。

 僕の近くには大きな桜の木が咲く公園がある。あそこの桜は公園一帯を負い隠すように本当に美しくて、ここらでは一番の花見スポットだと僕は思う。今日は満開に咲いているため沢山の人が賑わっている。

 僕は春が好きだ。暖かな風と桜のあまい香りをつれてきてくれるから。その香りは僕の心を癒してくれる。

 花見で賑わう人々の声を聴きながら僕はフェンスののむこうに目をやった。少し遠いところには海がある。きれいで透き通っていて、海の表面には風に運ばれた桜の花びらのカーペットが敷かれている。あぁ、僕も花びらだったら、風に乗ってあそこに行くことができるのに。僕がバス停じゃなければ、もっと大きな世界を見に行くことができるのだろうか。

 しばらくすると、人々の声は薄れ、だんだんと太陽が地平線の下に沈もうとしていた。あれだけ賑わっていた公園も、もうあまり人がいない。まるで急に世界から音がなくなったように静まり返った。

 少しばかり寂しい気持ちになった。ずっと明るければいいのに。と、思っていたらちょっと離れたところから酔っぱらった声で演歌が聞こえてきた。おや、今日もお客さんが来たようだ。

 声の正体は、40代後半と見える男だ。「やっぱ春は小柳ルミ子の桜前線やよな。」と、よろつきながら彼は言い切った。そして僕を見つけ顔を明るくした。「おぉ。バス停じゃないか。一丁、晩酌と行きますか。」僕のベンチに座り、花見で持って帰ってきたであろう袋から缶ビールを二本、一升瓶の焼酎を取り出して僕に並べた。

 どれから呑もうか、と彼は腕を組んで並べた酒を見つめた。そしてやっぱり最初は焼酎だよなと一人頷いて、一升瓶の焼酎を開けた。ポンッ、という音が僕の中に響いた。初めて聞いた音に心が躍る。酒とはどんな味なのだろうか?彼がこんなに幸せそうに飲んでいるのだからきっととても甘くておいしい物なのだろう。

 僕が飲んだこともない飲物にテンションをあげていると、お口直しにでもとポケットから三日月のような形がたくさんの茶色いお菓子を取り出した。凄い。人間はこのようなものも食べるのか。僕はここで本物の月を毎日見ているが、その形をしたこんなに個性的なお菓子があることにびっくりした。

 そうやって僕は彼の独り言に相槌を打ったりして二人の時間を楽しんだ。僕の声は彼には届かないが、こうして誰かがここにやってくるのは春になって初めてだからとてもうれしいのだ。

 彼は一時間ほど晩酌を楽しんで眠ってしまった。僕に飾られているアナログ時計の秒針の音だけがカチ、カチと響く。時刻はちょうど四時を指した。あたりも少しずつ明るくなり僕はこのまま彼が起きないのではないかという不安に駆られていた。どうしたらいいか焦っていると彼は急に眼を開け、「こりゃぁいかん。早く帰らんとまた女房に絞められる。」そしてようやく重い体を起こした。いけないというが彼の顔には、幸せそうな笑みを浮かばせている。

 そうか、君には素敵な家内がいるのだね。大切にしていかなくてはないとね。

 彼は立ち上がり大きな伸びをした。そして「バス停さんよぉ、迷惑ををかけてすまんなぁ。ありがとう。」と言って僕から踏み出し歩き出した。

君に出会えたのも何かの縁だ。またどこかできっと会えると信じているよ。


僕はバス停。誰かの記憶に残りたい。

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