賢い人

「おい、佐々木立てよ〜」と居酒屋から出た白川が言った。


「おい、聞いてんの? もーこいつ動かないじゃん」


 白川は頭をかいた。白川の髪の毛も皮脂と汗で湿っているはずだったが、それに不潔なものは感じられなかった。まつ毛の長い大きな目を細めて、白川は笑っていた。鼻も高く、顔もシュッとしていて、美形だった。白川は昔から優秀で、顔も良くて、よくみんなから好かれていた。それがあまりに人間的に生き生きと感じられた。きっと、彼は要領よくやるタイプだ。奴隷や囚人になるようなことはしない。彼は正しさとうまく付き合って、内心の不自由で悩むことなんてないんだろう。なんなら彼は法学部だし、特に優秀だと聞いていた。もしかしたら偉い教授になって、正しさを作る側にもなり得るかもしれない。佐々木は、彼のようにうまくはやれなかった。だから、彼は死人になることになった。そうやって、自分の内心の自由を保っている。彼は生き方が下手で、哀れだった。僕はそんな妄想をしていて、自分の考えていることの突拍子のなさに恥ずかしくなった。同時に、僕は自らの差別を初めて自覚した。しかし、僕にとって頭の外に出ないものは存在しないも同然だった。次の瞬間には記憶の闇に消えて、僕は自らが善人であり、人権派で、倫理的な人格であるということを自負して、こう述べた。


「よし。白川と幹事の僕で、佐々木の家まで送っていこうか」


「ええまじで?」


「いいでしょ? 佐々木に会う機会もあまりないだろうし、佐々木の家にも行けるしな」

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