虫が目指すいただき
丸い水槽は生きづらいようだ。さっきから叩く音が部屋に鳴り響く。つい数10分前、この音が到着してから私は何も口にしていない。言葉も食べ物も。少しお腹がドロっとする。錯覚だろうか。ふとその感覚が食道を一気に駆け上ってくる。それらが登頂した時、私の粘膜は悲鳴を上げていた。
唇を動かす気も起きず、自分の首を掴むと、締まった喉を震わせると。目がグリグリとあらぬ方向を向き、私は初めて私の頭の中を直視した。昔住んでいたマンションの壁に張り付いたツタのようだった。子供の頃に近所の幼馴染から、頭の中を見てみたいと言われたことを思い出した。ツタは私の目に覆いかぶさっているようで、動かそうにも手足は届かないし届いては行けない。しかし私の目だけは前へ進んで行けるようだ。私にはきっと手足がある。見えないだけで、私は確かに眼窩を歩いているし、這っている。
その勢いだ、そのまま行けばあのツタでここから出れるかもしれない。その時、私に向かって大きな、最近話題のスズメバチのような大きさの蜂が私目掛けて飛んでくる。咄嗟に避けようとするも、少し出っ張った網膜に躓いて転んでしまった。それを見た蜂は私を思い切り刺した。振り払おうと手を使うも、手など無い。そんなもの使った覚えすらもないことを思い出した。そう思った瞬間には、既に私は諦めていたのだ。
このようなものに抵抗するというのは愚行だ、反発しようものならさらなる蜂に私は刺されて刺されていずれは蜂が覆う丸い蜂玉になってしまうだろう。肝心の私を刺した蜂はというと、私を笑うように見つめながら針を刺すまま動かない。
私は叫んだ「お前は既に私を刺した、なぜ動かない。なぜ針を抜かずそこで私を嘲笑う、早くもう一度刺すなり針を抜いて別の者を刺すなりすれば良いものを」蜂は姿勢を固めて動かない。私は2度目の諦めをした。こいつはもう動かないのか。ふと蜂の後ろを見ると、大量に同じような蜂がいることに気づいた。どうやら私に針を刺したこの蜂は私と心中をするつもりらしい。1度何かへ刺した針、仲間に見られている手前、抜くにも抜けずに固まっているのだろう。
なんと可哀想に、それでも私は何も出来ない。したくもない。ならば此奴と都合は同じ、このまま私も死んでやろう。私はそう想って目を閉じることにした。その時、大きな振動がした。眼窩無いを跳ね回る私から、蜂とその針はスポッと抜け落ち、主を暫く失っていたチン小帯達は私を受け止め、直ちにピントを合わせる。
目の前には花畑、世界を埋め尽くすような羽音、とても久しく見た爪と指先、私にはこの手が無いとな、と安堵するも束の間、私の手には感覚が繋がっていない。だんだんピントがあってきた。私が前に突き出している腕は、地球儀のような模様になっていた。真皮による海が半分以上を占める私の表皮の大陸は、海面上昇をすれば忽ち全て海に沈んでしまうだろう。
頭の感覚が戻ってきた。合図は転倒、痛みと同時にチン小帯が耐えるような声を上げる。今度は大丈夫。しかし、目の前を覆い尽くすのは無数の蜂である。また蜂かとウンザリするも、臀部から水の感覚を掴んだ。それは段々と上がってきているようで。私の全身に沁みてくる。痛みで全身の感覚に気づいた私は、唸り声を上げながら上半身を起こす。さっきまで目の前をイワシのように飛んでいた蜂どもはいつの間にか消え去り、代わりに一対の襖と白い壁があった。辺りを見回すと、私の血で染まった水と相反するように白い壁と机、少し段差の高い襖が四方に付いた四角い部屋であった。無機質なそれらを照らす照明というのは存在しないにも関わらず、その部屋では私の視界は保たれていた。
次元の奥で会いましょう 大山 吟太 @ginta_ooyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。次元の奥で会いましょうの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます