月はおしまずき赤くなる

パイプと木の壁はなんだか気持ち悪く馴染んでいる。壁を見上げるとそこには、白い紙に順路と右への矢印が書かれていた。進んでみよう。照明の無いけど、どこか明るくてうねった鉄パイプの這う廊下を進むと、コンクリートむき出しの床と、白い壁の張られた落ち着かない部屋に行き着いた。



そこには空港のゲートのような板が腹の辺りで私を塞き止めていて、横から警備員のような男女が6人出てきた。「通らせてください、友達からの誘いで来ました」3日前にとあるメガネをかけたKという友達から、スリルゲームの話を聞いた。日常生活を鬼ごっこにしたものらしいが、恐らく私の口が勝手に喋るあたりそれをしに来たのだろう。1人で



そこで警備員たちは一斉に、私の荷物検査をし始めた。私はポケットから財布とパスポートを取り出して見せる。男の警備員が、私のまだ膨らんでいるポケットを指さして、これをゆっくり出せと言った。その腰にはおそらく凶器が入っているらしい、やっと私は冷や汗がでてきた。自分の身に覚えのないポケットをなぞって形を確かめると、メモ帳のような分厚くて小さい本の感触がした。「大丈夫大丈夫、これは生徒手帳ですよ」ゆっくりとポケットからそれを引き抜き、目の前の女警備員に指し示してみせると、検査が終了した。



しかし、何故か私はその人達と話したくなり、つい話題を振ってしまった。このゲーム?パーク?の楽しそうなところ、何に惹かれてここに来たのかをみっちり警備員たちに話し込んでしまった。若気の至りとはこの事かもしれない。先月18歳になり、消費行動に責任が課せられるようになった私は、それを行うにはまだまだ未熟なようだ。警備員の人達に別れを告げて先を進もうとすると、そこには懐かしいドアがあった、鍵は付いていないが。



この鉄製の四角いすりガラス窓付きスライドドアは、私が小学生の頃に全ての感情を切り替えるために毎日意識しながら睨んでいたドアだ、懐かしさを感じながらも、ドアはゴロゴロと今でも感情を想起する音を立てた。その中は辻道の真ん中に出た。どこを向いてもその懐かしいドアがはめ込まれている。元来た方向のドアを体で覚えながら、感情の向くままに元来た方とは反対のドアを開けると、そこは廊下だった。



だが、雰囲気は異様そのものであった。明かりは夕方の曇のような陽の光が電気の付いていない廊下に差し込んでいる。目の前を塵が飛び交い、空間が止まったように静かだ。その時やっと違和感に気づいた。この廊下は丁字路になる間隔が狭すぎる、まるで囲碁盤の辺のようだ。



丁字路になっている廊下の奥を覗くと奥に行き着くまでにさらに別れており、教室は正方形になっていて、全方面に窓とドアが着いている。それはさておき、話に聞いていたスリルのある鬼ごっことはなんだったのだろうか。とりあえず教室を調べてみようと思った瞬間、遠くから複数の足音が聞こえた。急いで後方のドアから教室に駆け込んだ。教室のドアは変わらないスライドドアだったが、このドアを焦って閉める事に懐かしいと感じる余裕はなかった、机と席のならべは少し乱れているが、トラブルを感じさせる並びだった。



ふと教卓を見ると、教卓の机から見知ったメガネをかけたKの頭が顔半分でこちらを見つめていた。「うぉあっ」つい声を上げて腰から落ちた。

「よぉ〜」いつもと変わりないが、舌の怯えきった挨拶が私を落ち着かせた。「Kお前何してんの?」「そりゃここで働いてるからね」「はぁなるほどな、それにまんまとハマったわけだ私は」「ただ、今日は俺は逃げる側だよ」「...なんで?」その時、足音がさっきよりも自分のいる教室に近づいていることに気づいた。



Kは唇に指を当てながら、動くなと手のひらをこちらに向けて伝えてきた。従っていると、私がさっきまでいた廊下に水色と緑と黄色の二足歩行の太ったトカゲが3匹歩いてきた。そいつらは明らかにこの次元のものではなく、1枚の紙に書かれた絵が独立して歩いているように見えた。その後ろには、学校の夏服と思える服を着た高校生らしき人が2人付いてきており、片方は旗を持って俯きながら歩いている。もう片方はDVDプレーヤーを持って前を見ながら歩いている。2人とも顔にぼやかしたモザイクがかかっており、表情は見えない。それらが5人で列をなして歩いている様子はまるで百鬼夜行だ。



それらが過ぎ去って足音が聞こえなくなる。次の瞬間、どこかから人が溢れ出る音が聞こえてくる。大量の人の声と、追われているような人の声。私たちもまずいと思い、身構える。すると教室の後ろから赤い肌で目の部分は空洞の女子高生と思しき服装をした人物がこちらへ腕を伸ばしながら襲いかかってきた。「おいK!これは殴ってもいいのか!?」「ああ!」返事を聞く前から握りしめていた拳は、相手の右頬にクリーンヒットした。顔ごと体が一回転したそいつは、床に倒れ込んで動かなくなった。



倒れた女子高生を調べるために手を伸ばしたその時、私達とは対角の位置のドアから同じ色の肌をした男女の高校生が数人入って来た。「やべぇ逃げるぞ!」近くのドアを開けて一目散にどこかへ走る、幸い赤膚の人間たちはあまり早くなかったが、廊下の横から赤肌の人が飛び出してくる。私は隅に図書室があるのを見つけ、そのドアには鍵がついていることに気づいた。



「K!あそこに入るぞ!」「わかった!」図書室のドアに手をかけたその瞬間、突然横から赤肌の女が1人が飛び出してきた。私は間一髪で避けたがKは避けられなかった。Kは馬乗りにされ、首を絞められかけている。そこに私は赤肌の女の頭に横から膝蹴りを入れた。全力だった。女は横に倒れ、私はKに手を貸して起こすと、後ろから赤い民衆の声が聞こえた。2人は、図書室に飛び込んで鍵をかけた。





さっきまで大量の赤膚の人間たちが叫び声を上げていたのにも関わらず、水面が凪られたように静かになった。ふと気づくと足首まで水があがってきた。2人は足で波を起こしながら図書室の机に腰をかけて靴を脱ぎ、私はふとドアの方を見た、すると周りにあった本棚や椅子が消え、天井は低くなった上、そこにあるのはドアではなく、白い空間の中で1間2枚立の襖が水を避けるように少し高く位置していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次元の奥で会いましょう @ginta_ooyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ