第9話

教室に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。クラスメイトたちはこの時間を待ち侘びたかのように帰りのHRの準備をし始める。

始業式から2日目は短縮授業であり、4時間目までしかないのだ。

明日から2連休を経て6時間授業に戻る恐怖というのは慣れようがないが、全員がその現実から目を背ける。


「よし、いくか」


「待ちなさいラブコメ脳」


木藤が俺の行動を制止してくる。


「どうした木藤、俺は今から放課後イベントでデートの約束をしてこないといけないんだ」


「時間が経っても全然頭冷えてないじゃない、むしろ悪化してるわ」


「俺も今日何回大司を止めたんだっけ…」


そう、今日俺は真白をデートに誘うため、朝から4時間目が終わるまで孤軍奮闘していた。

HRが終わった後、授業の合間の休み時間など事あるごとに誘おうとしていた。

しかし、木藤・優也からのゾーンプレスが掛かり、結局何一つ行動できていない。


「いいかお前ら。ここまで揃った環境がこの先の人生現われる可能性はかなり低い。だからこそ、俺が今やるべき行動はラブコメ戦士として、最後まで責任を果たすことだ」


「矢幡、私にも止められなさそう」


「お前がダメなら誰も止められねーよ」


木藤と優也が同じタイミングでうなだれる。

ごめんってば。

木藤が引き続き頭を悩ませている中、優也が顔を上げた。


「やっば、もうこんな時間か」


「なんかあるのか?」


「今日は瑠璃とハンバーグを作る約束をしてるから早く帰ってきてって言われてんだ」


「そうか、そしたら早く帰ってやらなきゃな。瑠璃ちゃんにもよろしく言っておいてくれ」


「おう!そしたらまた明日な!」


手際よくバックに荷物を詰めて教室を後にした。

本当に妹想いのいいやつだ。


「大司〜」


そんなことを考えていると、

ふと後ろから甘い匂いと明るい声が飛んでくる。


「真白か、おつかれさん」


「おつかれー、大司、今日は空いてたりする…?」


真白はなぜか小声で耳打ちしてくる。

確かにいつも通りの明るい声で話しかけたらクラスの視線が一気に集まる。

おれがその視線を嫌がることを察してくれているのだろう。

さすがは幼馴染だ。

ただ…幼馴染とはいえ思春期の男の子相手にちょっとだけ近すぎませんかね…?


「特に予定はないけど…」


「よかった!そしたら、昨日ご飯行けなかったから今日行かない?姫花や千紘も一緒だからさ」


きたか、最初の顔合わせイベント。

大体のラブコメでも大体最初の方にヒロイン達が顔を合わせる場が設けられる。

このイベントで今後の展開が変わる可能性が大いにある。

行かない理由はないな。


「あぁ、俺も行っていいならご一緒させてもらおうかな」


「よかった!木藤さんはどう?」


「え、あたしも?」


「当たり前だよー!大司といつも仲良しだから、ずっとお話ししてみたいって思ってたんだ!」


昨日の誘いは社交辞令だと感じていたのか?

なぜか浮かない様子の木藤がそこにはいた。


「そっか…うん、そしたらあたしも一緒に行かせてもらおうかな」


「決まりー!姫花と千紘に伝えてくるね!」


真白は踵を返し、同じ教室にいる紅葉と桔梗のマドンナの元に向かう。

そういえば真白とどこか行くのも久しぶりな気がする。

幼馴染とは言えど、それぞれに別のコミュニティがあり、関わる機会も減っていた。

大体そんなものだと割り切っていたけれど、また接する機会が増えたことは、昔馴染みとしては純粋に嬉しい。


そんなことを考えていると目の前に三大マドンナが現れた。


「北方、なにぼけっとした顔をしているんだ。早く準備をしろ」


「北方くん、きふじん。お腹減ったから早く行こうよぉ」


「それじゃあ、みんなでご飯食べに行こー!」


とてつもないオーラと迫力が全身を駆け巡り、強風に煽られるかのような錯覚に襲われる。

体が吹き飛ばされないように全身に力を入れ、顔の前で腕を交差させる。

なんなんだ、このプレッシャーは。

高校生が出せるものじゃないことは確かだ。

俺は今から…なにを相手にしようとしているんだ…!?

俺一人で相手にできる範疇を超えていると瞬時に気づき、ふと横を見た。

そこには全身に力を入れ、顔の前で腕を交差させている木藤が姿があった。

木藤…お前でも気圧されるレベルか…

だが、俺は負けられない。

ラブコメを現実のものにするためにはこの程度のプレッシャーに負けられない。

なんとしてでも勝て北方、俺はここで終わるわけにはいかないんだ。

姿勢を整え、不思議そうな顔をしてこちらを見る三大マドンナと向かい合う。


行くぞ…戦場(ご飯会)へ!!!

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