第8話
北方の家から私の家まではそう遠くない。
学区は違うといえど、歩いて15分くらいで着く距離だ。
「…はぁ」
北方の家を出てから、視界はアスファルトと自分の影で埋め尽くされている。
冗談のつもりだった。
いつも通り笑って『ないない』とか言ってくれると思ってた。
だけど、実際は違う。
あいつは本気だ。
一年生の頃からずっと見てきたんだ。
やる時はやってくれる男だってことは私が一番よく知っている。
その一生懸命な姿がかっこいいってことも
私が一番よく知ってる。
だからこそ…
報われてほしい。
「…うまくいきますように」
空を見上げ、蚊が鳴くような声で、友人として願った。
ただ、もう一つだけ。
もう一つだけ願わせてくれるのなら…
『この願いがどうか、叶いませんように』
◇■◇
始業式から1日が過ぎ、2年生としての2日目が始まった。
教室に入ると相変わらずクラスは騒然としている。
「おっす、大司!疲れは取れたか?」
「あぁ、むしろ調子いいくらいだ。昨日は悪かったな、寝てしまって」
「気にすんな!…調子いいってなんだ?」
「優也、俺はこの1年間の中でラブコメをすることにした」
「へ?」
俺は優也に、昨日木藤にした宣言について内容をかいつまんで話した。
「ダメだ大司、俺は看過できない」
「なんでだよ」
「お前がラブコメをするってことは、他の女と遊びに行ったりするわけだよな?」
「順当に行けばそうなるな」
「そしたら…俺と遊ぶ時間が少なくなっちまうじゃねーか!!」
優也は捨てられた子犬のようにこちらを見てくる。
その顔で目を潤ませるな、女子なら既に惚れてるぞ。
「大丈夫だよ、お前と木藤との時間もちゃんと作るさ。おれもお前らといるのは好きなんだから」
「たいしぃ〜…」
だからその顔やめろって。
「みんなおっはよー!」
クラスの視線が一気に教室の後ろのドアに集まる。
来たな。
桜のマドンナ大野真白。
あたりはさらに喧騒を増し、真白の周りにはすぐにサークルが出来上がった。
俺はそっと席を立ち、クラスメイトに囲まれた真白へゆっくり足取りを進める。
「あっ、大司!おはよう!」
くっ…!なんだその笑顔…眩し過ぎて直視できるレベルじゃねぇぞぉおい!
俺は一瞬だけ目を逸らし気持ちを落ち着かせる。
そんな俺を真白は不思議そうに見ている。
少し落ち着いた俺は真白に目を向ける。
「おはよう、真白。昨日はよく寝れたか?」
「うん?よく寝れたけど…」
「そうか、それは良かった。突然で悪いんだけど、今度の日曜に俺とデー…グフゥ!!」
腹部に強烈な衝撃が襲いかかり、そのまま膝から崩れ落ちる。
何が起きた…意識が一瞬とんだぞ…
かろうじて残っている意識を上に向けると、そこには見慣れた顔があった。
「大野さんおはよう」
「木藤さん!おはよう!!」
お前だったのか木藤。
この見えない拳と威力を出せるのは俺が知る限りお前しかいない。
「北方、あんたなにしゃがみ込んでんの?行くわよ」
木藤は俺の襟を掴み、引きずりながら窓際の席まで連行した。
ふと横目に見た真白は、なぜか不服そうな顔をしている気がした。
席まで連行された俺は木藤に問いただす。
「木藤何してくれてんだ、この後俺のラブコメが始まるはずだったのに」
「あんな唐突にデートの誘いなんてして始まるわけがないでしょ、むしろ終わりかけてたわよ」
「大司、いくら俺でもそれはないと思うぞ」
木藤はまだしも優也にまで言われてしまうと今の行動は悪手だと言わざるをえない。
確かに昨日の夜から浮き足だってしまっている自覚はある。
が、想像より深刻に俺の頭はショートしていたらしい。
冷静に考えたら俺何やってんだ…
さっきまでの行動を振り返り猛省する。
「確かにその通りだな、昨日の今日で俺の理想が砕け散るところだった。助かった木藤」
「…ソノママクダケチッテヨ…」
「すまん、聞こえなかった」
「あたしに感謝しなさいって言ったのよ」
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