第6話
2階建のどこにでもある一軒家の前につくなり、謎の安心感が出てきた。
今日は授業もなく昼前には終わったはずが何年かぶりに帰ってきたような錯覚に陥る。
あぁ、泣きそう。
「あんた泣きそうになってない?」
「あんだけ騒ぎに巻き込まれたんだ、安心感に浸らせてくれ」
「それもそうね」
「確かに安心感あるんだよな、大司の部屋って」
「なんであんたが感じてるのよ」
優也は春休み中もほとんど俺の家に来ていた。
感じない方がおかしい。
「いいから、早く入るぞ」
慣れた手つきでドアの鍵を開け
そのまま玄関で靴を脱ぐ。
「おかえりー、ってあれ?優也に杏奈じゃん!
いらっしゃーい!」
「ただいまー!冷蔵庫にまだプリンってある?」
「あんた、このあいだ全部食べちゃったじゃない。」
「そうだった…」
「新しいプリン買っておいたから、杏奈と大司の分も準備してあげな」
「さすがだぜマミー!」
優也、お前馴染みすぎだろ。
あと母さん、あんたも受け入れすぎだ。
「お邪魔します」
「杏奈、あんた春休み1回しか家に来なかったじゃない」
「すいません、ちょっとやることがあって」
「やることなんて大司の部屋でやればいいのよ!遠慮なんかせずガンガン顔出しに来な」
「はい…ありがとうございます…」
木藤が顔を少し赤らめて俯き、心なしか少し嬉しそうな顔をしている。
あと母さん、俺の部屋をフリースペース化しないでくれ。
「母さん、その辺にしてくれ。」
「お前に母さんと呼ばれる筋合いはない」
「呼ばれる筋合いしかないだろ」
「冗談よ、あんたもプリン食べるでしょ。持っていきなさい。」
「優也に持って行かせるんじゃないのか?」
「あいつ全部食べるじゃない」
「さすがマミー、まるっとお見通しだな」
さすがだぜマミー、俺の母親を名乗るだけのことはある。
俺の母親は専業主婦をしている。
父親は今海外赴任中で中々帰ってこれないため普段家に一人でいることが多い。
その反動か、誰かが来るのが嬉しいらしく、優也と木藤をこの上なく気に入っている。
「後でお茶持っててあげるから部屋で待ってなさい」
母親の洗礼を受けた後、俺たちは一階を後にし2階にある俺の部屋に向かった。
部屋につき、各々がバックを下ろし定位置に着く。
俺は机の椅子、優也はベッドの上、木藤はソファに座った。
ちなみにこのソファは俺がどうしても欲しくて短期バイトで頑張った成果だ。
ソファに座って電気を消して映画を見るのに使おうとしていたが、2.3回くらいにしかそのムーブはしてない。
思春期だもん、ソファに座ってゆったり映画見るとかに憧れを抱いてしまうのは不可抗力だよな?
ゆったり腰を下ろし、今日あった出来事の余韻に浸っている中、木藤が声をかけてきた。
「相変わらず優しいわよね、あんたのお母さん」
「一人でいるから誰か来るのが嬉しいんだろ、変な絡みさせて悪かったな」
「ううん、全然嫌じゃないからいい」
「そうか」
「大司の母ちゃんは懐深いからな、なんでも受け止めてくれそうな気がする」
「あんたは受け止められすぎよ、来る頻度減らしなさい」
「うーん…」
優也が顎に手をつけて考え始める。
「むりだな」
「まぁ、そうでしょうね…」
木藤はため息と共に呆れた表情を見せる。
「まぁ、いいわ。北方、『好きです!山田くん』の続きってどこにある?」
「そこのクローゼットの中に全部入ってるよ」
木藤は腰を上げ、何も言わずクローゼットに向かいドアを開ける。
「うわぁ…いつ見てもすごいわね、この量」
「これ全部ラブコメ系なんだもんな、俺もこの量は流石に慣れないわ」
「趣味なんだ、ほっとけ」
俺には本気で好きな趣味と呼べるものが1つある。
それはラブコメだ。
媒体など関係ない、ラノベ、漫画、アニメ、ゲームなどありとあらゆるラブコメが全て好きだ。
現実とは乖離した世界観のなかで、男女が紡ぎ出す不器用さ、儚さ、尊さ、そしてときめき。
これらが作り出す物語には、創造を豊かにしてくれる何かがある。
俺はその世界に首までどっぷり浸かってしまった者の一人だ。
ただ、どんな世の中でも人の趣味を否定し、気持ち悪いと言ってくる人間もいる。
だから、この趣味を伝えるのは俺が心から信頼できる人だけと決めている。
つまり、こいつらのことは…
「まぁ、大半が面白い内容ばかりだから全然いいんだけど」
「それなー!」
心から信頼しているんだ。
「ま、とりあえずラブコメを思う存分楽しんでくれ」
俺たちはしばらく会話もせず、各々が見たいもの、やりたいことをして時間を潰す。
優也は都度見どころのシーンがあると笑い、木藤はその距離で見れるのかってくらい前のめりで漫画を読んでいる。
俺はその様子を見ながら、まだ見ぬラブコメをリサーチするためスマホをいじる。
その間、学校での疲れがきたのか眠気に誘われ机に体重を委ね、瞼を閉じ眠りについた。
この空間の居心地の良さに飲み込まれるかのように。
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