第6話 人間
朝、頬撫での見送りをうけ職場に出勤した。
自分の仕事は建築関連の会社で他の会社から受けた依頼を元に建物の建設を行う、中堅の下請け会社に勤めていた。
そこでは大工として働いており、非正規雇用ではあるが生きていけるだけの最低限の収入を元に細々と生きていた。しかし、頬撫でと共に生活するとなるともっと金が必要になる。
もっとバイトを増やそうかなど考えていたが気づけばその考えは白紙になってしまっていた。
とにかく働こう、考えるのは後でもできる。
そうして通勤中に買ったアンパンを口に放り込みブラックのコーヒーで流し込んだ。
「唐沢さん!おはよーございます!」
「おう、おはよう」
伊藤 海道、この仕事の後輩でよく話しかけてくれている、とても活きがよく可愛らしい顔をした男の子だ。
「唐沢さん、今度ご飯でも一緒に食べに行きませんか?」
「ん、考えとく」
「ありがとうございます!今度また連絡しますね」
「おう」
「あー唐沢さん?」
「どうした?」
少し間を置き話を始める
「唐沢さん、最近なんかありました?」
そう言われくだんの件を思い浮かべたがそっと胸にしまう。
「いや、何も無いよ」
「だって前より明らかに元気ないじゃないですか、やっぱり何かあったんじゃ…」
真っ直ぐな目でこちらを心配する伊藤、少し罪悪感を覚えるも話す義理はないと思ったので話を逸らすことにした。
「あー伊藤、最近銚子の方は…」
「あ!唐沢さんもしかして!」
何がどうもしかするのか分からずに戸惑っていると。
「彼女でもできたんですか!」
目をキラキラさせて伊藤は聞いてきた。
「ちがうわ!」
すぐさまに否定をする。
「そうですか…ついにあの唐沢さんにも彼女ができたのかと思ったのに」
「どの唐沢さんだと思ったんだ…そして、なぜそうなる!」
「人の悩みの八割は人間関係なんですよ」
少し真剣な面持ちで伊藤は語った、だがすぐにいつもの元気な伊藤に戻ると。
「まぁ、唐沢さんがちょっとは元気になってくれて良かったですよ、今度の飯の時にちゃんと聞かせてくださいね」
そうして伊藤は持ち場に戻って行った、後輩に気を遣われたような気がするが伊藤と話をして自分でも気が楽になっていたのが分かった。
壁にかかったアナログな時計に目をやり自分もそろそろと重い腰を上げる。
だが、口にはまだ苦いコーヒーの味が残っていた。
それから仕事をこなして日々を過ごしていくうちに、伊藤だけでなくたまに他の同僚とも自然に話すようになっていた。
今までも別に避けて来た訳では無いが何となく話をしてこなかったのだ。
そうやって話すまで分からなかったが人間には皆、色々な悩みがあるらしい、妻がどうの上司がどうの前の彼氏がどうのと…なるほど確かに人間の悩みの八割は人間関係に起因しているようだ。
そして人間も皆、色々な理由で生きている。
そんな人間の営みを間近で見ているとまたくだんのことを思い出す。
あいつは何に悩み何を目標に生きていこうとしたのか、あいつが消えたのを見てしまったあの時から考え続けているが未だ答えらしい答えは出ていない。
それから最近の悩み事の一つに百鬼夜行のこともあった。
火車の話によると
妖怪と敵対しているという組織の足取りが掴めず捜査は難航しているようだった、消える妖怪の数も増え組織の維持が困難になり規模も少しづつ小さくなっていっているらしかった。
これから先、妖怪の立場は一体どうなってしまうのか…自身の消失という眼前に現れた一つの未来に対しに不安をつのらせていた。
そうならないために今はとにかく生きるしかないのだ、今出せる答えを出し自分を納得させるしか今の傘化けにはできなかった。
帰り道に街路樹が枯れ葉を落としていたが、音もなく散っていく枯れ葉が傘化けはどうも気になってしょうがなかった。
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