第5話 準備の準備

遠くで入道雲が雷をまとっている。

そんな、まだ夏真っ盛りのこの日に傘化けは人間として仕事をこなしていた。


というのも、先日火車達と再会し百鬼夜行に協力することを伝えた。


火車達によると百鬼夜行のため色々と準備をする必要があるということだが追々説明されるらしい。

なので、今は人間社会に溶け込み情報収集をしている。

なんでも、人間社会に馴染める妖怪はそう多くないので貴重なのだとか。


しかし、人として生きるのは中々の金がかかるので最近では仕事以外は妖怪として生きるという節約術を発明した。


金の使い道は特段ないので、百鬼夜行のための資金として献上している。


そうやって仕事をこなしながらふと、くだんのことを考える。


あいつは本当に幸せだったのか。


多くの人に恨まれ、疎まれる様な生活は傘化けは想像できないでいた。

なのに人として生きようとしたあいつ、そこまでして生きようとしたのは何故なのかを分からずじまいでいた。


「今日は早めに上がるか」


最近の疲れも溜まっていたので区切りのいい所で仕事を終え定時に上がる。

帰路の途中に寄ったスーパーで買った半額シールの貼ってある惣菜が入った袋を携え家に帰る。


「おかえりなさいです!」


一人の少女が傘化けを迎える。


小学生とも中学生とも言える身長と丸っとした幼い顔には曇りのない笑顔があった。

だが、幼いと言ってもどこか大人びた印象も受ける。


「今日もお疲れ様でした、お風呂沸かしちゃうので先にご飯食べちゃってください」


「あぁ…」


つい、惣菜の入った袋を背中で隠す。


「最近、コンビニ弁当や惣菜が多いので私がちゃ~んと栄養を考えて作りました!味には自信アリです!」


そう言ってまたあの笑顔を向けられる、とても惣菜を買ってきたとは言えない。

どこかでひっそりと食べてよう。そんな事を考えながら冷蔵庫の奥の方に惣菜を置き、ちゃぶ台に並んだ豚のしょうが焼きとオクラ入りのサラダ高野豆腐と小松菜のはいった味噌汁とご飯。

確かに素晴らしい出来だ、それらの匂いが自分が空腹であったことを思い出させてくれる。


「…いただきます」


一度食べるとびっくりするほど美味しく箸が止まらなかった。


「美味しいですか?」


いつの間にか自分と対面する位置でちょこんと座っていた少女が訪ねてきた。


「あぁ、美味しいよ」


「良かったです」


髪は首にかかり始めたくらいで、眉毛や目の線が細く体つきも華奢であるがそれを感じさせないほどに元気に明るく接してくる彼女を見るとこちらも自然と笑顔になる。


彼女との出会いは三日前、火車達と別れしばらく百鬼夜行の一員として人間社会で活動していた時だった。

火車から連絡があり直接あって話を聞きに行くと火車の後ろからこちらの様子を伺う少女がいた。


頬撫でと言う妖怪らしく、最近百鬼夜行に入ったばかりで面倒を見てくれるやつを探していたと言う。

だが、最初頼まれた時は自分も百鬼夜行に関しては自分も新参であること、少女と男一人で同じ屋根に置くのには抵抗があることを理由に断ったが。

火車が言うには人間社会の事を教えて一人で生活できるようにおしえてやってほしいとのことと、後者に関してはお前にはそんな度胸は無いだろうと笑われた。

なのでなし崩し的に面倒を見ることになった。


「頬撫でよ、ここでの生活は慣れたか」


「はい!傘化けさんのおかげで!」


「あまり広い部屋ではないからな…こんなに多くの家事をしてもらっているのに不便を感じさせて申し訳ない」


「いやいや、十分ですよ」


この借家は風呂とトイレは同じ部屋で、こじんまりとしたキッチンそしてリビングと余白に無理矢理作られたような六畳ほどの二つの部屋だけであった。


「前の生活よりよっぽどいいですから」


少し顔が曇ったような気がしたがすぐにもとに戻った。


「傘化けさんはとっても優しいですし、人間さんについてとても詳しくて勉強になります」


「そうか…独り立ちがしたいのだったな」


「はい!」


「お前さんは家事の方は心配なさそうだな私が教えるまでもなかった、だから金を稼ぐ方法とか家の借り方とか…そろそろそう言うことを教えてやってもいいかもな」


「ホントですか!ありがとうございます!」


誰かと食卓を囲み話をするのは久しぶりであった。

しばらくはこの生活を続けても悪くはないと感じていた。


「ところで…傘化けさん」


「なんだ」


「冷蔵庫の奥にあった惣菜、どうするおつもりで」


飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。


「傘化けさん!しっかり栄誉を意識してですね…」


…誰かとの生活はやはりいいことだけではないなと半額シールに釣られた自分を悔いた。


こうして、傘化けと頬撫での生活が始まっていたのだった。

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