第4話 消失

その日の夕方、傘化けは帰宅した。


そして傘化けは目撃した。


三人の見知らぬ人間…いや、妖怪とその中に体が薄くなり消えかかっているくだんの姿があった。

前に傘化けの店を襲った踊り首のようにくだんもまた消えようとしていた。


くだんが前々から自分は消えてしまうかもしれないと自分に語っており、いずれ来るとはわかっていてもいざ目前にすると…なるほど受け入れがたいものだ。


くだんは地面に倒れ込み苦しんでいた、今尽きようとしているその命に待ったをかけるようにくだんは抗っていた。


そんな折ふとくだんと目が合った。

ほんの一瞬の事だった。


ふつふつと湧き上がる怒りの念。


いきなり訪れた親しい友人との別れという理不尽に対するその念は次第に風船の様に膨れ上がっていった。


そして、傘化けの脳裏には目の前の妖怪がくだんをこんなふうにしたというストーリーが組み上がっていた。


風船が弾けると傘化けは間髪入れずに三人の妖怪に襲いかかろうと走だしていた。


「まて、傘化け!話を聞け!」


傘化けが殴りかかろうとした男がそう申し出る。


「うるせぇ、てめぇがくだんのやつをやりやがったんだな?ぶんなぐる!」


「話は無理か…狂骨!」


そう男が言うと、狂骨と呼ばれた男は元の妖怪の姿を現しほぼ同時に自分に向かって赤紫色の息を吹きかけてきた。

反射的に手を口に当てガードする。


そして、走った勢いのまま狂骨に突進…


せず、体がすり抜けてしまった。

実体を持たない妖怪というより幽霊に近い部類らしい。


突進がスカり少し肩透かしを食らった傘化けは体制を立て直し、次の狙いを定めようとしていた。


「そんな怖い顔をするなわしは火車、そのデカブツが狂骨でこっちのちっこいのが邪魅だ」


「誰がちっこいのよ!」


「うるせぇちんちくりん、傘化けよ、とにかく落ち着け…」


と、傘化けに目を向けようと顔を前に戻すと狂骨が倒れてた。


「頭の頭蓋骨みてぇなとこにはしっかり効くようだな」


こいつ、あの一瞬で狂骨の弱点を見破りおったか我々も油断していたとは言えこいつを鎮静化させられる手段の狂骨が持っていかれた。

邪魅も傘化けをぎっと睨み戦闘態勢に入る。


「…痛い目に合わせて欲しいようだな、俺たちが三鬼の矛と知っての狼藉か!行くぞ邪魅…」


横をふと見ると口から泡を吹いて倒れる邪魅の姿があった。


どうやって?傘化けは動いてない…ならばやつの妖術か!


「ふふ…やるな傘化け、どうやってやったかは知らんがこの火車はそう簡単にはたおせ…」


自分を鼓舞しようと意気込んで喋っていたが次第にその声は小さくなっていった。

部屋の四方に傘化けの妖術で動くようになった家具が火車の周りを取り囲んでいた。


すっかり意気消沈した火車は白旗を上げることにした。


「…負けたよ傘化け、見事だだが見逃してくれほんとにくだんには手をかけておらん」


傘化けが黙ってこちらに向かってきても、火車は話し続けた。


「く、くだんからお前宛の手紙を預かっている」


ピタッと傘化けの歩みが止まる、この機を逃すまいと火車は畳みかける。


「本当だ、だから話を聞いてくれ俺らはずっと会話をしようとしておる、もちろん俺らも攻撃はしたが先にしたのはお前だしかもほぼ不意打ち、お前からみたら確かに俺らは怪しい、だがいきなり犯人と決めつけるのは筋が通らねぇと思はねぇか!」


傘化けの様子は依然として、変わらず黙ったままだった。

傘化けが目前に迫り手を上げた瞬間だめだったかと思い目を瞑る。


………


何もされてない?


恐る恐る目を開けると傘化けが手を差し伸べていた。


「はぁ?」


戸惑いや安堵、驚きといった感情が入り混じり情けないため息が出てしまった。


傘化けはそんな火車に目もくれず語りだす。


「くだんからの手紙とやらを見せてくれ、それで信じよう」


「信じようって…さんざ仲間を痛めつけやがって!」


「それは、すまなかった頭にきて冷静さを欠いちまった俺が悪い」


先ほどと打って変わって、普通に喋りだした傘化けにまたも驚き情けないため息が出る。


「お仲間にもだいぶ手荒なことをしてしまった、本当にすまない」


傘化けは座り込み深く頭を下げた。


「いや、分かってくれたならいい…ほら頭を上げてくれ」


その様子を見て火車もすっかり落ち着いて、懐にしまっておいた手紙を傘化けに手渡し喋りだした。


「おおよそはその手紙に書かれてる、俺らはくだんの…まぁ、ちょっとした知り合い?みてぇなもんでたまたま今日この部屋にくだんと…それとお前に用があってきたんだ」


「俺にも?」


「あぁ、だがまずはくだんの手紙を読んでくれ俺はダウンした狂骨と邪魅の様子を見てる…布団借りるぞ」


言い終わる頃には傘化けの全ての意識は手紙に行っており、火車は返事は期待できないと分かるやいなや自分で布団を引っ張り出し狂骨と邪魅を取り敢えず寝かせた。




拝啓、傘化けへ


手紙伝いになってしまって申し訳なく思う、火車達から話は聞いたと思うがわしは消えた。

理由を書き連ねていくぞ。


まず、お前に隠していたがわしは人間達に狙われていたんじゃ。

災を予知し人に伝えると言うのがわしという妖怪、くだんじゃ。

だが、人間達は予知ではなくわしが人々に災をもたらしていると信じている者が少なくなくてな、昔から何かと封印したり討伐したりしようと企む奴らがおったんじゃ。


わしの危険予知でいくばくか回避できたが今回はだめじゃった。

どういう術か知らんが、この消失は人間が引き起こしておる。


人として生きようとしても妖怪として生きた過去は消えん、人の恨みとはまっこ恐ろしいものだ。

お前には普通に過ごして欲しかったが結局こんな面倒なことになってしまった。

お主の友人として過ごしたこの数日はこの何百年の苦労を忘れさせてくれた、まさにわしにとっての救いじゃった。


わしみたいな捻くれ者とよく過ごしてくれたものだ、ほんとに感謝しておるぞ。


お主の友人くだんより。


………

……


読み終えた頃には傘化けは大粒の涙を目にためながらひたすら手紙を凝視していた。


「あー傘化けよ、水をさして悪いな」


火車がこちらの顔を伺いながら尋ねた。


「わしらの仕事はその手紙を渡すこと…それともう一つ」


火車がこちらに改めて向き直る。


「わしらの百鬼夜行に参加しないか?」


「はぁ?」


突然の提案に少し涙が引っ込み、この部屋に自分以外の者が居ることを再認識し手紙と涙をしまい込み照れ隠しで顔を上げて火車に百鬼夜行について尋ねる。


「百鬼夜行は妖怪だけで結成されたチームだ、今では夜も昼も人間が蔓延っており俺ら妖怪はすっかり場所を取られちまった、昼は人間で夜は俺ら妖怪と言うバランスが狂っちまった」


いつの間にか起きていた狂骨と邪魅がウンウンと相槌を打つ。


「そこで人間たちから俺たち妖怪の居場所を取り返すため色々やってるところだ、どうだ入らねぇか?」


「…やめておく」


「そうだろう…って、まじで!?」


驚いている彼らを尻目に台所でお茶を淹れ腹に流し込む。


「おおまじた、わしは普通の人間として生きる」


「…くだんがそう言ったからか?」


「…」


「くだんの話を聞いたから手紙の内容は大方見当がつく、悔しくないのか?お前らやわしらが人の姿をして奴らのマネをして生きることを強いられるような状況にしたのは人間のせいなのだぞ!」


火車の声に力が入る。


「それにわしも焦っている、くだんのことで人として生活しても完全に安全ではないと言う事になったんだよ、だから俺ら百鬼夜行はとにかく妖怪の頭数揃えて行動しねぇといけねぇんだ…消えていく妖怪が多くて百鬼夜行内でもいつ消えるかと怯えてるやつが多くてな、俺達妖怪に残された選択はもう一つしかねぇんだ」


「…だが」


「わしら百鬼夜行はくだんをけした犯人も追っておる!」


衝撃の事実、傘化けの全身に稲妻が走った。


「くだんを消した奴らには心当たりがある、妖怪を敵視している集団があってな恐らくそこだ」


「ほんとうか?」 


「本当だとも、さぁどうする」


「…時間をくれ」


火車は少し考えた後、分かったと言って後日会う約束をして仲間を連れて去っていった。


傘化けはしばらくの沈黙の後、手紙を取り出して考える。


(くだんが消された理由…人間に恨まれたからと言っていったな、やつにそんな過去があるとは知らなかった)


くだんと過ごした日々、あいつとの出会いは確か明治頃だった。

町中をそれとなくふらついていた傘化けは細い裏路地でボロボロの着物を着たくだんとあった。

一目で妖怪とわかり気になってきた話かけ、その後まちを共に旅したのが始まりだった。


当初こそ暗くあまり喋らなかったが次第に明るくなり、傘化けにも心を開いてくれていた。

くだんも色々な過去を抱えていたがそんな素振りをほとんど傘化けの前には出さなかった、なぜ言ってくれなかったのか…いや、違う。


「わしが無視しておったのか?」


やつは最初の出会う場所や様子が明らかにおかしかったではないか、ボロボロな着物にやたら痩せた手、血管が見えそうな薄い肌はとても白く健康とは言いがたかった。

最近だってやつが前々から消えそうだと言っておったのに、特に気にかけ無かったのはもれなく私ではないか。


そんな私を彼は友人として認めてくれたのだ、私も彼を一人の生きた妖怪として認めてやらねばならん私は彼の友人なのだから。

そのためには彼の過去について知る必要がある、彼に何があったのか。


そこまで考えればあとの答えは決まっていた。




火車達の帰り道


「ねぇ、火車?私くだんを消した集団の事何も知らないけど」


「俺もだ旦那」


「俺も噂で聞いただけだがくだんの話を聞いてもしやと思ったんだ…これは大きな収穫だぞ」 


二人は顔を見合わせ火車に向き直り収穫とはなにかと尋ねる。


「まず、人間にそんな術が使えて俺たち妖怪をよく知り憎む奴らがいるってこと、こいつらを倒せれば百鬼夜行はきっと成功する!邪魔者がいなくなるわけだからな」


二人は感心したように火車の話を聞く。


「それと、傘化けもきっと入るだろ?この事を夜道怪さんに報告すれば…」


「大手柄ですね旦那!」


「ふん、たまにはやるじゃない」


浮足立つ三人の影にもう一つの影ができていた。

次第にそれは浮かび上がって三人の後で静かに笑っていた。


「たしかに、お手柄ですね…恐らく陰陽道鳳凰院のことでしょうか…もうすでに解散してると思いましたが、くだんがそれに狙われてたと言うことは、まだどこかで活動しているということか、くだんを調べれば詳しくわかるかもしれませんね」


夜道怪は少し考え込み呟いた。


「急いで百鬼夜行の準備をしなくては」


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