第2話 決起夜行

くだんに家賃を払うために、東谷こと傘化けは日雇いのバイトを請け負い、激務な工事現場で仕事をこなしていた。

他の人間と関わりあって仕事をしたことが今までに無く、若干の抵抗があったが生活のためやむなくやっている。


「やっぱり暑い!このふざけた暑さは、人間のせいだと聞くぞ…許さん!次見つけたやつを一発殴って…」


「おい、新入り!喋ってねぇで、手ぇ動かせ!」


「はいぃ!」


真夏の工事現場で、そんな暑さを凌ぐためにはひたすらに仕事をするしかなかった。


(おのれ人間、いつか泣かすぞ!)


そんな悲鳴は現場の騒音に吸い込まれていった。


……


その頃、くだんは占いの仕事をしていた。

自身の予知能力を使用せず今まで人間社会で生きてきた経験を使い、占いの仕事でそれなりの地位を築いていた。

人間として生きていくと心に決めた、くだんの覚悟であった。


(わしは人間なんて好きじゃない、昔から危機を予知し人の前に現れるだけで疫病神として忌み嫌われてきたのじゃ、わしが来なくとも奴らに災が降りかかり、多くの者が死ぬというのに)


妖怪として人間の恐れや恨みは、生きる糧であるのは間違い無いのだが、くだんにとってみれば本来は災に向けられたはずの恐れを糧に生きていることに疑念を抱いていた。


(わしはなぜ、生きているんじゃろうな…)


ふと、昔の記憶が蘇る。


「くだんだ!災を呼び込むつもりだぞ!」


「いやだ!まだ死にたくねぇ!」


「こ、殺すしかねぇって!」


「くだん様、私達をどうかお許しください…」


怒りと悲しみ、恨み辛みに歪んでいく人々の顔。


人々の真の敵の姿を歪め、恐れを生ませた本人であるくだんは罪悪感を感じていた。

そこから、予知をしても人前に姿を現すことが無くなっていき、結果として人々の記憶から薄れていくことになった。


(そうであっても後悔は無い、わしは必要ない存在…)


そこまで考えて一つの疑念が生じる。


(なら今わしがこうして生きていることになんの意味があるのじゃ、嫌いな人間と無理をして関わって得られるものは一体…)


「邪魔するぞ…」


考え事をしていて気づかなかったが、一人の男がそこで客として立っていた。


「うむ、何を占いますかな?」


客と思っていた男から意外な言葉が飛び出した。


「踊り首はどうした」


「はぁ?…痛ッ!」


「クククッ…その感じじゃ、予知はまだ使える様だな、なら俺らが来ることも分かってたんじゃないのかい?」


「そうか、お主らが…お主らのせいで朝からずっと頭が痛くて敵わんのだ」


「分かってんなら、逃げるなりなんなりすればいいじゃねぇか」


「予知は見てねぇよ、もう使わねぇと決めたからな」 


逃げないのか、と聞いてくるあたりろくな目的で訪ねてきたのではないことは分かる。

そして、目の前の男…いや、妖怪とそんな会話をしているとまた二人の影が現れる。


「狂骨、そんな話をしてねぇでとっとと踊り首の話を聞け馬鹿!」


「はぁ、もういいでしょ?踊り首くらい」


「邪魅よ、そうはいかんのだ、仮にも俺様達の大切な仲間なのだからどうなったかくらいはしっかり聞いておかねば、踊り首も浮かばれんだろ」


邪魅と呼ばれた少女と狂骨と呼ばれた大男、そして


「俺様は火車、こっちのでかいのが狂骨、でちっこいのが邪魅」


「誰がちっこいやつよ!」


「そして、俺たち三人は!決起夜行の壱番隊!」


そう言うと三人は横一列にきれいに並び、叫んだ。


「「「三鬼の矛!!!」」」


そして三人は戦隊モノの様な決めポーズを取りだしていた。その様にくだんが呆気にとられていると火車が語る。


「くだんよ、お前は踊り首をどうした?」


「踊り首?そんなもの知らんな…」


「シラを切るか…邪魅」


「任せなさい!あんたと傘化けが踊り首を倒したのを見たって亡者が居るのよ」


「まぁ、その貴重な証人をお前が食っちまったんだけどな」


「美味そうなあいつが悪いのよ」


邪魅はそう言うと狂骨と口喧嘩を始めたが、体格差的のせいで何ともおかしな光景に見える。


「ま、まぁそう言うことだ、こちらとしても真実が知りたいだけだったんだが…シラを切るって事は何か隠してんだろ?」


くだんにとってはただ面倒を避けるための事だったが、より事態が拗れてしまい頭がまた痛くなっていた。


「…わかった、話す」


そしてくだんは昨日のことを、踊り首と戦い途中で踊り首が突然消失したことを話した。


「百鬼夜行…踊り首が、死に際に放った言葉の意味はお主らの組織の話だったのか」


(一応、正直に話したが信じてもらえるかどうか)


くだんもこれから起こるであろうことに思考を巡らせていると。


「ふーむ、そうか…帰るぞ、邪魅!狂骨!」


「え?いいんですかい旦那?」


「踊り首も前々から極端に妖力が落ちてた、無い話じゃねぇ」


「だからって、嘘ついてるかも知んないのよ!」


二人が火車の発言に驚き、抗議をしていたがくだんがその発言に一番驚いていた。


「くだん、疑って悪かったな」


「い、いや、よいのだが…ほ、ほんとに良いのか?なぜ?」


「俺の勘だ、よく当たるからな!ほら行くぞ」


こうして、三人は立ち去っていった。

そして、残されたくだんはまた少し考え事をしていた。


(決起夜行…確か、人々の記憶に妖怪の存在を刻むため、百鬼夜行を行おうとする組織…最近は妖怪の数が集まらず難儀していると聞く、踊り首はついでで本命は勧誘かと思ったが、踊り首の事を聞くだけだったな)


ひとまず一難が去った。


三人の後ろ姿から、他の妖怪も懸命に生きようとして、新しい道を行こうとしているのがわかる。

今のくだんには、なぜそこまでして生きようとしているのか分からずにいた。


火車達が少し歩きくだんから離れると邪魅が火車に耳打ちをした。


「なぁ、火車…お主も気づいたか?」


「え?」


「クククッ、あのくだんも先は長くない…妖力量を見ればすぐ分かる」


「だから、当初の目的のくだんの決起夜行への勧誘をせずにあんな事を言ったんだろ?」


「さすが!俺達のリーダーだぁ!」


「そ、そうだ!だからやめたのだ!」


(い、言えぬ!もうじきわしの好きな番組が始まるから早く帰りたくてあんなこと言ったとか言えぬ!)


「でも、やっぱり踊り首を倒したんじゃない?あいつら」


「俺もそう思う」


「それはない」


火車は断言する。


「くだんが嘘をついているようには見えなかった、わしの妖怪をみる目は確かじゃ」


火車は自身の能力で魂の揺らめきを見ることが出来る。


(あの揺れ方、間違いなく嘘はついてない)


「親分が言うなら…」


「で、傘化けはどうする?」


「あのくだんの様子じゃ、傘化けも同じ様に人としてで生きることを選んだんじゃろう…通常業務の我ら妖怪として生きようとする同志を探すことにしよう…わしらの時間も多くはない」


時間は既に午後六時を回っていて、辺り一体の街の様子はすっかり夜の顔になっていた。


「なぁ、みんな、夏なのに日が落ちるのがやたら早くないか?」


そんな時、三人を見つめる一つの「影」が彼らの後ろにあった。


「チャリン…」


どこからか重い鈴の音がした。


「三鬼のみな様方…甘いですよ」


その声を聞き、三人の背筋が凍りつく。


「使えないあなた達にせっかく与えた仕事なんですから、しっかりこなして私から信頼を獲得しないと」


冷静…それでいてどこか重厚感のある声だ。

声だけでまだ姿は現していないが、声だけでも十分にそいつの怒りが伝わってきていた。


「や、夜道怪さん…報告が遅れてすいません、踊り首は殺されたわけではなく…消えたんです」


「火車君…そんな事は」


一瞬、場が静まり返る。


「聞いていない!」


すると、三人の足元から生えていた影が文字通り浮き上がりだし三人の動きを拘束した。


「これは!?」


「まだ死にたくないよ〜!」


「クククッ…うう…」


そして、三人が自分達の影の中に引きずり込まれ始めていた。


「踊り首だけでなく今や多くの妖怪が消失の危機に瀕している…そんな中で一人でも多くの妖怪を決起夜行に入れるのが今の我々の目的だ、くだんと傘化けをなんとしても決起夜行に入会させなさい…彼らはつかえる、これが最後のチャンスです…期限は三日だ、しくじるなよ」


すると、三人を襲っていた影はただの影に戻っていた。


三人は、ただその場で唖然としていた。


「なによあいつ!腹立つ」


「邪魅、やめてくれそんな事言ったらまた殺される」


「…とにかく、帰ってから考えるぞ」


狂骨は失敗出来ないとプレッシャーを足に感じ、邪魅は夜道怪をいつかぶっ飛ばすと拳に怒りを込め、火車は番組を録画すればよかったと後悔していた。


三人が去った後、その場には夜の暗闇だけが残っていた。



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