再始動!百鬼夜行!
アンキド
第1話 現代の妖怪
燃えるような夏、蝉さえも暑さのせいで鳴くことを忘れたそんな日。
「あっちーこんなんじゃ来る客も来ないぜ」
だが、そんな夏まっ盛りのある町の外れにある小さな骨董屋、築年数は三桁は余裕でいくだろうと言うようなボロい店舗で、あちこちの壁や床に謎の液が染みており商品にはホコリが被りまくりで値札もまともに読むことができなくなっている。
「全くこんだけ暑けりゃ、商売上がったりだ」
二階建てとなっているそのお店の二階の自室でここの家主が重い腰を上げる。
二階から一階のお店に階段で降りる。
ギシギシと板が軋む音がするが、家主は意にも介していない。
「さて…久しぶりにしに外に出て宣伝にでも行くか!」
一階に付き、店のシャッターを開け側に立てられていた看板を裏返し本格的に開店の準備を始めていく。
看板には「いけてるお店」と書かれている。
空にはさんさんと照りつける太陽と立派な入道雲が太陽を隠そうと天に伸びている。
そんな空を見上げ家主である東谷 一勝は笑顔をほころばせる。
「いい天気だな、と…あいつは?」
視線を空からさげいつもの位置に戻すと、店に続く道に一人の人間が歩いてきている。
その人間は明確な目的を持ってこちらに向かってきているかのように思える。
その男が近かづいて来るとその相貌が明らかになってくる。首元まで伸びた髪とスラッと整った顔立ち、百六十センチいくかというようなその身長のせいで女の様に見えるその男は、見た目と服装で一年生になりたての初々しい大学生のような爽やかな印象を覚えたが、キリッとした鋭い目つきのせいで彼には異質なオーラが漂っていた。
風が吹く、とても優しい心地よい風だ。
東谷は知っていた、彼が根は優しく義理堅い奴であることを。
手を空に上げ、そのまま思い切り手を振り彼の名前を呼ぶ。
「おーい!くだん!久しぶりだな、元気か?」
「その名で呼ぶな馬鹿、東雲と言う立派な仮名があるじゃろ…そう呼べと何度言ったら分かるのだ」
くだんと呼ばれた男、東雲 斗真はため息をつく。
「くだんはくだんだろ、それに今は人も居ないんだから…神経質過ぎやしないか?」
「傘化けよ、わしらが妖怪と露見するリスクは少ないに越したことはない」
「お前も結局、傘化けって呼んでるじゃねぇか」
くだんがハッとしてコホンと咳をする、何が誤魔化そうとするときの件の癖である。
「わしらは妖怪じゃが、一度人間社会で生きると決めたからには、やはり徹底して正体を隠さねばならん…分かるじゃろ?」
「へいへい」
妖怪。人間の恐怖や憎しみと言った様々な感情を元としてそこに人間が妖怪という形を、長い歴史を通じて人間達も気づか無いうちに妖怪と言う概念を形成していき、それが現実に形を持って顕現したことで妖怪は生きる事が出来ているのだ。
昔から人間と妖怪は切っても切れ無い関係であった…はずだった。
今や、妖怪達は人間の姿に化け人間社会に溶け込んで生きていて、かつての関係は残っていなかった。
「で、くだんよ、何か話でもあるんだろ?」
「いかにも。して、どちらから話すか」
「二つもあんのか…じゃあ、重大な方からで」
「分かった…実はな、わしのその未来を予知をする能力が弱まってきたのだ」
くだんは人間の顔を持った牛の妖怪として知られており、現れると災害が起こると言われていて不吉な妖怪として恐れられていたり、実は予知能力を有していて人間に未来の危機を知らせるために姿を現していると言う話もある。
「予知能力の衰え?それがどうかしたのか」
「そうか、馬鹿には事の重大さが分からんか」
「何を!」
そう言ってくだんに拳を振りかざすもことごとく避けられてしまう。
「なんだてめぇ!予知できてるじゃねぇか!」
「全く出来ないわけではない、昔は数十年先までわかったが…今じゃ一年先が限界じゃ…しかも」
そう言うとくだんは懐から薬の入った瓶を取り出し、中の薬品を二粒つまむとそのまま口に放り込みボリボリと食べだした。
「こうして使いすぎると、頭痛薬でも飲まんと頭が痛くなってしゃあない」
その様子を見て傘化けは得意な顔をして言った。
「はっ、そう言う粒上の薬は水と一緒に飲み込むんだよ、わかったか世間知らず」
「そうか、わしもまだまだだな」
そういいながら、また数粒取り出しバリバリと食べる。
その様子を見て傘化けは注意するのを諦めしぶしぶと、くだんの話を聞くことにした。
「で予知能力が衰えてどうしたって?」
「そうじゃった、馬鹿と話して忘れるとこじゃった」
「なんとでも言え…で、お前の予知能力が衰えたことと、お前の話ってのはどう関係してるんだ?」
「鋭いな、馬鹿からアホに昇格といったところか」
「いちいちうるせぇ!」
殴りかかるもまた避けられる。
「全く、冷やかしなら帰ってくれ」
「すまんすまん、ふざけすぎた…でだな」
くだんの顔つきがより鋭くなる、その顔は真剣そのものだがどこか寂しそうな顔をしている。
それを受け、傘化けもただならない様子を感じ、話を聞くことにする。
「あー傘化けよ、お主は付喪神の仲間じゃろ」
「まぁ、そうだな」
傘が何十年も大切にされることで傘に魂が宿り妖怪となったとされている。
おおかた、付喪神とルーツは同じだが、傘化けと言う独立した存在でもある。
「…昨日、琴の付喪神が消えた」
「なに?」
思ってもみなかった内容で驚くと、くだんはその驚いた顔をまじまじと見た後、続けて語る。
「わしら妖怪は人間に忘れられれば消えてしまう…それは知ってるな」
「おう」
妖怪は人間のイメージや記憶を依り代に生きている、その人間達から忘れ去られてしまえば妖怪は消えてしまうのだ。
「実はわしも消えるんじゃないかという予感がしてな、実際に予知したわけじゃないが…まぁ、その消える予感ってのは、わしの予知能力の衰え、こいつが急に、なんの前触れもなくわしに訪れた…嫌な感じがするのだ」
表情一つ変えず淡々と語るくだんは、どこか諦めたような顔をしていた。
「だとしても、お前は人間界じゃそこそこ名の売れてる方だろ?忘れられるなんて…」
「今の人間はわしら妖怪を娯楽の対象として見ている」
「ど、どういうことだ」
「人間のわしらに対するイメージが変わり、わしらのあり方や姿というものが変化していてわしらわ新しい物に取って代わられようとしている…かつての恐怖や尊敬の対象にはなっておらんのじゃ」
「つ、つまり?」
「今までのわしではなく新しいくだんが生まれようとしている」
「消えないなら良いんじゃないか」
「新しいわしはわしではないのじゃ、このわしの意思は消え新しいものになる…そんなものはわにとっちゃほぼ消えてるのと変わらん、それにもしそうでないにしろ新しいわしのイメージが強くなればわし本来のイメージは忘れられ消えてしまうかも知れん」
深刻な話に東谷は少し考えこむ。そして、何が気の利いたことを言ってやろうと口を開く。
「お前、付喪神が消えちまって少しナイーブってやつになってんだ。ちょいと予知ができないからって別にそんなふうに考えるこたぁ…」
「…そうだとよいがな」
そして、二人は空を見上げる。
清々しいほどの空にはいつの間にか雲が立ち込んできていて、二人を影で覆おうとしていた。
「面白い品を仕入れたんだよ、見てくかい?」
「気遣ってくれるか…わが友よ」
くだんはそう言うと、下を向いてしまった。
「で、もう一つの話も辛い話か?…話すのが辛いなら無理するなって」
「…確かに、辛い話じゃ」
「そうか…まぁ、この際だとことん付き合うぜ!久しぶりにちょいと飲むかい?」
「お前にはわしが消えるかもと言う話を聞いてもらって助かった、少し落ち着いた気がするよ…つまりお前に恩が出来た、そんな立場で言うのは忍びないのだが…あぁ、先にこっちから言えばよかった」
「なんでい、なんでも言ってみ」
手を胸に当てて腰を反る、自信に満ち溢れたポーズを取り、くだんに自分を信頼するよう無言で促す。
しばらくすると、くだんは申し訳無さそうにぽつりぽつりと語り出した。
「昔からお前には何かと世話になったな、ほんとに」
くだんはそう言うとこちらに向き直り向き、冷や汗をかきながら語った。
「…じ、実はわしな、ここに来る前、何となくお主の予知をしてみたのだ…内容はその…」
「内容は?」
「お、お前さんの店が…つ、潰れる…いや、その、物理的にな」
「え?」
「あと、その予知を聞いた時早く伝えねばと、よく聞かずに飛び出してもうてな、いつ、どうやって起こるを聞きそびれちまった…まぁ、今日ではないはずじゃ」
くだんがそう言うと、後で轟音がした。
何かが後ろにある俺の家にすげぇ勢いでぶつかったみてぇな音だった。
つい振り返ってしまったが直ぐに後悔することになる。
「お、俺の店が!?」
「なんと、今日じゃったか!?」
「ふざけんな役立たず!しかも辛い話って…俺にとってかよ!もっと早く言え!」
「重大な方から話せと言ったのはお主じゃ」
「俺の危機を伝えに来たんじゃないのかぁ!何しに来たんだお前!」
二階建ての家が、一階よりも低くぺしゃんこにされ。何もしなくても悲鳴が上がる床は、再び喋ることはなく、それが逆に家主にこの家が倒壊したという事実を伝えていた。
築何十年の傘化けの愛していた家は者の一瞬で破壊されその歴史の幕を閉じた。
「俺の店が…」
この惨状を観察して、傘化けは気づく。
砂煙の中で何がが動いている、影が見える。
「着地点を誤ったかな…もっと立派な人間の家を狙ったつもりだが…ボロ倉庫に来ちまった」
砂煙の中から声がした。
「な、なんだお前」
状況がうまく理解出来ず、くだんに助けを求めるようにして目をやると申し訳無さそうにこちらを見つめ返すだけ。
せっかく予知しても話してくれんのでは役に立たんではないかと、心で思っても声に出ない。
目線は再び砂煙の中の何かに向く。
「あ…人間」
目があった。
砂煙の中からその姿が露わになってくる。
頭に鋭い角を持ち、その周りを緑色の体毛で覆われていて、体表はゴツゴツでブルーベリーを潰してこしだした汁のような色をしていた。
顔の正面には大きな鼻がついており二本の細長いひげが砂煙の影響をもろともせず独立して動いていた。
そして今、そいつは二つの大きな目でギョロリとこちらを見つめていた。
その顔はよく見ると馬のようでも牛のようとも思える見た目をしており、とてもこの世のものとは思えない相貌…まさに、妖怪であった。
そしてもう一つ重要な特徴があった。
「こ、この妖怪。首から下が何にもねぇぞ!」
「傘化けよ!そいつはおそらく踊り首だ!首だけの妖怪で人の恨みや愛憎により死にきれなかった落武者の妖怪じゃ!」
「ブルルル!人間のくせに俺に詳しいとはいいじゃねぇか!お前みたいなのが持っといてくれると助かるんだがなぁ」
「やいてめぇ!俺の店をどう弁償するつもりだ!」
「黙れ人間!俺ら妖怪の恐ろしさ、たっぷり味あわせてやらぁ!」
そ言うと踊り首は口から火を吹いた、なんとかぎりぎり回避出来たが、着ていた服の裾は犠牲になってしまった。
「なにしやがる!おいくだん!何か、他に予知見てないのかぁ!」
「見ていない!潰しに来たやつが踊り首だというのも今ちゃんとこうして見て初めて知った!予知ではお前の店が壊されると言うのしか分からなかった!」
「じゃあもっかい予知して、危機を打破する方法を教えろ!」
「すまん…頭痛薬が切れた…」
踊り首は暴れ続けており、説得は無理そうな様子であった。
「このままじゃ、ここら辺全部焼け野原になっちまうぞ…くだん!」
「やむを得んか…倒して落ち着かせるしかないぞ、傘化け」
「おうよ!あいつに一発、ぶち込んでやりたかったとこだ!」
そう言うと傘化けは懐から一枚の布を取り出す。
「あぁ?人間風情が何したって無駄よ!」
こちらに向かって踊り首は炎を吹く、傘化けの手にある布に向かって。
「降参の白旗のつもりか!そいつもろとも燃えてもらうぜ!」
しかし、布はその炎を避け真っ直ぐ踊り首に飛んでいった。
「奴の目を狙え!視界を奪うんだ!」
「なんだと、この力…貴様も妖怪か!」
「気づくのが遅いわ!ホントの妖怪の恐ろしさってのを見せちゃるわ!」
炎を避け、布が踊り首の顔に巻き付く。
「こんな布切れ、燃やして…」
「踊り首よ!その布を燃やせばお主自身も燃えるぞ!わしが予知せんでも分かる!」
「へ!お前もくだんみたく、力が衰えてんだな?この炎も今朝飲んだ白湯よか冷たいぜ!」
「生意気なやつらめ…ふん!」
顔に炎をまとい布を焼き切る。
「この布を燃やすのなど、マッチ程度の火力で十分…な!」
「よーしお前ら、壊された恨みつらみを思いっきし発散してやれ!」
傘化け、その能力は物に魂を宿らせ付喪神にすることができる。
その能力を使い骨董屋とともに破壊された品々が明確な恨みを持ち、踊り首を取り囲んでいた。
「こんなガラクタ、も、燃やしてや…」
そう言った途端、踊り首は動きを止める。
「傘化け、様子が変じゃ」
すると、踊り首から煙が出る。
「やべぇ!燃やされる!」
しかし、踊り首はそのまま全身が煙となって消えだした。
「も、もうかよ!まだだ!まだ消えられねぇんだよ!」
「くだん…これは?」
「これは…」
「百鬼夜行をするまではよぉ!」
そう言い残すと、踊り首は跡形もなく消えてしまった。
「何だったんだ、いったいよ…」
「傘化け、お主は見るのは初めてか…人に忘れられ、消えてしまう…これが妖怪の死だ」
青く澄んだ空の下に、一つの嵐が二人の元に吹き込み、瞬く間に過ぎ去っていった。
空の青さは失われ、既に空は夕日の紅に支配されようとしていた。
「妖怪の死…だって?」
傘化けはただその場に立ちすくんでいた、あまりにもあっけない妖怪の死と言う目の前の事実に。
しかし、そんな傘化けの意を介さずに、くだんは喋りだす。
「しかし…派手にやられたのう、お主の店」
それを聞き傘化けは思い出したように騒ぎ出す。
「そうじゃねぇか!どうすんだよ、俺の店!」
傘化けは我を忘れており人間の変化を解いて、元の妖怪の姿に戻ってしまっていた。
そんなこたぁ傘化けを遠目で見守っていたくだんが突然頭を抱えだした。
「やい!くだん!もっと早く言えば壊されなかったかも知れんだろ、なんで早く言わなかった!」
「予知の精度が下がっているのか…今日とは思わんかった…イタタ」
「だ、大丈夫か、くだん?」
「まずいな…おい、傘化け…騒ぎを聞きつけた人間が大勢来るぞ!今しがた、予知が来た…痛ッ!」
「今度はほんとか?」
「自分で見ようとする予知はだめじゃが、危機察知による予知はまだまだ健在じゃ…やっぱり、頭は痛くなるがな」
「こいつも立派な危機だろうが!クソォォ…覚えてろよ!お前が全部悪いんだからな、踊り首!次会ったら弁償だからな!」
そうして、二人はその場を後にした。
そこには風のそよぐ、心地の良い音だけが聞こえていた。
次第にパトカーのサイレンが聞こえて来るようになり…その頃には既に二人の妖怪はその場にはいなかった。
彼ら自身も、何が自分達の身に起きているのか分かってはいない。
本当に消えてしまうのか?消えたらどうなってしまうのだ?何故あいつは傘化けの店を破壊したのだ?
今は、分からない事だらけだが今回一つのだけ分かったことは…二人の頭と心に刻まれた一人の妖怪が死にゆく様から分かるのは。
二人に残された時間はあまり多くはないと言うことであった。
翌日の朝。くだんのすむアパートに泊めてもらった傘化けは、昨日起きたことについてをもう一度考えていた。
あいつは最初、俺達の事を人間だと思ってやがっていた…人間に何か恨みがあったのか?
思考を巡らせ、唸っているとくだんがひょっこりやってきた。
「わしのベットの具合はどうじゃ?」
「おお、くだん…悪いな、客人なのにベッド使っちまって…」
「こうなったのもわしのせいじゃ、次のお前の家が見つかるまでもてなしてやるわい」
「助かるぜ」
「だから礼はよい…それと」
くだんはキリッと向き直って言った。
「わしはくだんではなく、東雲じゃと言っておろう、これから部屋を探すと言うのに…そういう己の正体に繋がるようなうかつな発言は控えろ、東谷」
変な所で真面目なくだんを見て、いつもの調子が戻ってきたなと感じ、傘化け…東谷は安心感を覚えていた。
「とにかく東谷…昨日のことを考えても仕方ない、お主はこれからの人間社会での生活のことをかんがえるのじゃ」
「そうだ!くだん…し、東雲!俺はどうしたらいいんだ」
「うむ…まぁ、とにかくいい機会じゃ、今度は空き家に住み着くのではなく、わしのようにちゃんとした家を借りるなりなんなり用意しろ」
「な、なんで」
東雲はまた険しい顔になる。
「わしらはもう妖怪としては生きていくのは難しい…遅かれ早かれ、踊り首のようになるじゃろう」
そう語る東雲の手は震えていた。
「わしは怖いのじゃ、死んで地獄に行くなら良いが、忘れられ完全に消えてしまうくらいならば、人として生き、人として死んだほうがましじゃ」
…沈黙、しばらくその沈黙が続き、耐えられなくなった東雲が喋りだす。
「すまんな、なにか茶でも入れよう…お前は休んどってくれ、そうだお前は緑茶で良いか?」
「あ、あぁ…」
東雲が寝室から去り、それを見送った東谷はまた少し考え込む。
確かに、忘れられちまうってのは怖え…だからって妖怪の形を捨て人間として生きるっていうのは、果たしてそれは本当の自分なのだろうか。
人間として生きれば、完全に妖怪としての俺は消えちまう。
…それも怖え。
俺の妖怪の時の記憶や意識は、人間になってもちゃんと残るのか?
完全に人間になっちまったら…その形が定着しちまって、新しい俺が生まれて。
ほんとの俺は魂ごとすっかり、消えちまうんじゃないか?
人として生きるにしろ、妖怪として生きるにしろ自分のままでいられる確証はない。
だが、人間として生きる道はまだ希望があり、妖怪として生きる道はもはや消滅しか残されてないように思える。
「そういや」
くだんが以前、自分が消滅する予感を、自身の能力の衰えで感じたと言っていた事を思い出した。
「昨日、踊り首と戦った時…俺の付喪神ちゃん達のキレが、どことなく無かったような…最近、妖力も落ちてきたし」
そこまで考えた東谷だったが、自身の両手で頬を叩き喝を入れた。
「くよくよ考えるのは柄じゃねぇ!俺は男だ!不可能はねぇ!」
全身の毛を逆立て、拳を強く握り天に掲げる。
「元気だの、全く…ほれ茶じゃ」
「ありがとよ…あちッ」
「さっきは勝手なことを言ったが、お主が人として生きようが、妖怪としていきようが、わしは止めない」
「…良いのか?お前が、前にこうして人として生きる道を教えてくれたんじゃないのかよ」
「以前のわしがお前も消えてしまうのでは、と心配で進言したのだ、思えば考えすぎだったかも知れん…だが」
「お前はお前だ、好きに生きるのがよい」
そう言う東雲の顔は、見たこともない様な笑顔だった。
「くだん…」
「それにお主の居ない世界はわしも嫌じゃ、お主がどちらの道を選ぼうとわしもついていくことにする!」
くだんはそう言うと、すこし目を逸らした。
「な、なんだか歯がゆいの…」
「くだん…」
「だから、東雲じゃって…って、お主泣いているのか?」
東谷の目からは大粒の涙が溢れていた。
「お前の覚悟はよく分かった、ともに最後の時まで生きようではないか!」
「うむ」
東谷は東雲に手を差し伸ばす、東雲は間を置かずしっかりと握る。
「だが、どっちの道を行くかってのは、もう少し考えさせてくれ…一週間で答えを出す」
「分かった、大切なことじゃからよく考えよ」
「ありがとな」
互いの友情を確かめあった後、東雲は懐から何がが書かれた紙を取り出す。
「そうじゃ、東谷よ、さっき計算したのじゃが…ほれ」
「なんだこれ……なんじゃば!」
そこに書かれていたのは家賃、光熱費と言った生活費が込み込みの請求書だった。
「住むんじゃから当然じゃろ、一週間と言うからこれよりさらに値が張るぞ…だが、泊まる相手がただならぬお前じゃ、特別価格にしてやろう!これくらいでどうじゃ」
数字の桁が一つの減っただけで、とても東谷に払える額ではない。
「は、払えねぇよ!」
「分かっとる、お前の稼ぎはたかが知れてるからな!これからみっちり人間社会で働いてもらうぞ!」
東雲に対する信頼が音を立てて崩れていく。
よく考えれば、こいつがもっと早く踊り首のことを話していれば今回の踊り首に、一本取られることはなかったはず…やっぱ、こいつといるともしかしてろくなことがない?疫病神かこいつ?
これからの生活に一抹の不安が芽吹く東谷であったが、対照的にこれからの東谷との生活を心の底から楽しみにしている様子の東雲。
(くだんのことじゃ、悪気は無いのだろうが。)
(誰かと共に過ごせる日が来るとは…楽しくなりそうじゃ!)
時間は限られている。
それでもそんな時間を最後の時まで楽しもうと、二人は決意を固めるのであった。
「ん?」
「ど、どうした、くだん」
「なにか、嫌な予感がする…」
「予知か?」
「恐らくな…き、来たぞ!」
「なんて?」
「近い未来、恐ろしい災が人間達に降りかかるであろう」
「恐ろしい災?いつ、どこで、誰が?」
「分からん、それだけだ…あと」
「あと?」
「頭痛薬を取ってくる」
……
…
「踊り首め、どうなっている」
街角にある光の届かない裏路地は、妖怪達の溜まり場となっていた。
「もう、消えちまったんじゃないかい?」
「クククッ…踊り首、勝手なことをしてるからバチでもあたったんだろ…」
「少し調べるか、狂骨、邪魅、行くぞ!」
怪しい三つの影が、今、動き出そうとしていた。
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